104 精霊騒動【崩落した街3】
ユリたち三人は、街の中心地に来ていた。そこは背の高い生垣で囲まれていて、開きっぱなしになった大きな門があり、その奥に広大な敷地が見えていた。王都に有った、誰でも入れる中央広場とは違う。地球の野球場のグラウンド十面分以上の広さがあって、広場というには広すぎたからだ。
(街の経済的な中心地だよね、ここ?
新宿御苑とか代々木公園とか皇居東御苑みたいな場所なのかな?
だったら、領主邸の敷地ってこと?)
そんなことを考えながら見回すと、そこには日本の運動会や学園祭で使うような大きな天幕が数多く張られていて、その下で多くの人々が身を寄せ合っているのが見えた。ざっと数えて、二万人ぐらいの被災民がいるように見える。もしかしたら、もっと多いかもしれない。
(ここって難民キャンプなのかな?
……っていうか『難民』とか『被災者』で合ってるよね?)
ユリが疑問に思ったのは、そこにいるのが、着の身着のままというのではなく、被災者にしては、ほぼ全員がしっかりと着込んでいたからだ。どんよりと俯いている者も中にはいるが、多くの人々は明るい笑顔を見せている。また、被災者が地べたではなく、折り畳み椅子らしきものに座っているのも日本の避難所とは違う所だ。寝る場所は見当たらないが、こことは別に用意されているのかもしれない。広場の一角には大鍋が置かれていて、炊き出しのようなこともしているらしい。
日本で発生した大規模災害のたびに、テレビを通じて繰り返し見てきた被災地の風景とは、ここの様子があまりに違うのでユリは驚いていた。
「ねえ、ミラさん。一度戻って、みんな連れてきたほうがいいかな?
ウルフさんたちはともかく、民間人もいるから、ここで被災者の仲間入りさせて貰ったほうがいいんじゃないですか?」
「そうですねぇ。ここに入れてくれるかどうか、訊いてからの方がいいんじゃないでしょうかぁ」
「でも、元々水堀だったところの外側にいつまでもいるのって、危険じゃないですか? 食べ物だって、いつまで持つか分かんないし」
「心配いらん。儂の連れは、あれでなかなかえげつない奴じゃからの。
それに、おぬしがほれ、色々と怪しげなものを渡しとったから、暫らくは大丈夫じゃろ」
クレアにまで諫められては、ユリは納得せざるを得なかった。
「じゃあ、まあ、確認してからっていうことで」
三人でそんな話をして、そういうことならもっと詳しく様子を見ようと、その敷地に足を踏み入れようとしたら、突然、門の陰から盗賊のような見た目の男たちが抜き身の剣を手にして現れ、ユリたちを取り囲むようにして呼び止めた。
「待て。お前ら、この街の者じゃないな。
遊女には見えんが、どこから、何をしに来た!
盗賊だったら只ではおかんぞ!」
そんなことを言われて「はい、盗賊です」と答える奴がいるはずもない。どうやら彼らは警備担当らしいが、ど素人なのだろうか。悪党即成敗のクレアが襲い掛かっていないので悪党ではないのだろうが、ユリは違法奴隷商人の疑いも捨てきれず、念のため、自分たちの周りに見えない防護障壁を張って受け答えすることにした。男が「遊女に見えない」と言ったとき、その視線がユリとクレアに向いていたことは気になったが、拘って傷付くのは自分なので、そこはスルーした。
「王都から来たんですよ。私たちは、王都のハンターギルドのギルドマスターのデカトロールさん……じゃなくって、デストロールさん……でもなくって、私は直接お会いしたことが無いんですけど、見た目がギガンテス・トロールっていう魔物みたいな人で……」
ユリがギルド長の名前を言い淀んでいたら、だんだん相手の男の目が険しくなってきたので、慌てて助けを求めた。
「ええっと、ミラさん! あの人、何って名前でしたっけ?」
「デイドロールさんですよぅ」
「あ、それっ! 私たち、デイドロールさんの依頼で来ました」
(クレアさんは違うけど、まあいっか……)
なお、その依頼を受けたのはハンター・パーティーのラッシュ・フォースであって、ユリ個人ではない。だから、本来ならミラが、その立場上、パーティーリーダーの代役であった。しかし、ミラに任せると会話に時間が掛かるし、ミラが話し出すのを待ってクレアが口を出すともっとややこしいことになるのが目に見えているので、ユリが率先して答えることにしたのだった。ユリが返事をしたときに二人共黙っていたので、ユリは承認されたと判断した。
そして、ユリはそうやって仲間の様子に安心していたのだが、相手の男は納得していなかった。
「嘘をつけ!
あれから二日しか経ってないんだぞ!
救援隊なら喜んで受け入れるが、いくら何でも来るのが早過ぎるだろうが!」
どうやら、街が崩壊したことで駆けつけたとでも思われたようだ。だから、ユリが誤解を解くために補足する。
「あ~、え~っとですね、私たちは街の崩壊のことで来たんじゃなくって、南の森の調査を依頼されて来たんですよ。それが、来てみたら、水堀だった川が無くなってて、しかも街がこんなことになってて、もの凄く驚いてるんです。王都に帰ろうにも、食料と水が手に入らないと帰れませんしね。
まずは、この街のハンターギルドのギルド長に会ってお話をしたいんですけど、お会い出来ますかね?
そもそも御無事でしょうか?」
ユリは、ラッシュ・フォースのリーダーであるウルフが「王都のギルド長は殺しても死なん奴だ」とか言っていたのを思い出しつつ、そんなのは例外中の例外で、ここのギルド長はそんなことないだろうからと、その無事を訊ねた。
男は、他の男たちと顔を合わせて頷きあうと、ユリに言った。
「ギルド長なら無事だ。こっちへ来い」
そう言って、ユリの相手をした男が剣を納めると、先導して天幕のひとつに向かっていった。
(ま、領主に会うのは難しいだろうけど、ギルド長ならギルドの依頼で来たハンターと合わないなんてことないよね)
ユリは、張っていた防護障壁を解除すると、三人で先導する男を追いかけるように付いて行く。そして、ふと後ろを見ると、警備をしていた男がもう一人、跡を付けるように付いて来ていた。
(こんなときに街に来る連中は、貴重な食料を奪いに来た盗賊と同じって思われてるのかな。あるいは、実際にそういうのがいたとか。
だったら、警戒しているのも無理はないか……)
そう勝手な解釈をして、先頭の男にユリが訊く。
「随分と警備が厳しいんですね」
「ああ、今は全員が協力しなきゃいけないときだってのに、暴徒化した馬鹿どもがいるからな。商人の蔵に残っていた貴重な食料も、半分は連中の餌食になったんだ」
「そういうことですか。
私たちが街に入ったときにも襲ってきたのがいましたからね。
ただあれは、徒党を組んでなかったから、暴徒じゃなくて、普段から悪いことしているチンピラみたいでしたけど」
その後の処理については訊かれていないので言わなかったが、あの男はクレアが伸した後、そのまま放置してある。相手も気にしている様子が無かったので、追い払ってそのままとでも思ったのだろう。
それよりも伝えておかなければいけないことがある。
「ところで、ちょっとお願いがあるんですけど、私たちがここに来る途中で見つけたご遺体を何体か回収して、街中の広場に埋葬して仮の墓標を立てておきましたので、そちらで改めて埋葬しなおしてもらえますか?」
「おお、そうか。それは手間を掛けたな」
「ただ、瓦礫の下敷きになっていて、私たちでは処置しきれなかったご遺体もあって、目印を付けてあるので、そのご遺体の対応もお願いします。まあ、通り道で見つかったご遺体だけなので、最終的に街中の瓦礫を掘り上げないと駄目なんでしょうけど」
「ああ、流石に今は人手が足りなくて無理だが、いずれやらせてもらおう」
「それにしても、その~、亡くなった方がいるっていうのに、こう言っては何ですけど、被害の割にご無事だった方が多いんですね。
地震の前に街の住民集会でも開かれてたんですか?」
「ああ、それは地揺れの予兆があったときに、御領主様が街の人間をこの広場に集めてくださったからだ。それが無ければ全滅していただろうな。ただ、家に籠ってた者たちも結構いてな。御領主様は、病人や老人も担いで来いと、お触れを出していたんだが、そう上手くはいかないもんだな。
それに家族全員が無事でも、家や店を失って、この先どうやって生きて行けばいいのか、先の見えない連中も多い。なのに、今はそのケアすらできないでいる。贅沢は出来ないまでも、生きていける見込みがあるなら、暴徒にならずに済む者もいるんだがな。
すまん、話が支離滅裂になってきてるな」
「いえ、ちゃんと伝わってますよ。
それにしても、暴徒が発生してるんですか?
そして暴徒にも情けをかける理由があると?」
「いや、暴徒の大半はろくでなしだ。
ここで炊き出しをしているから、まだ飢える段階じゃない。
今商家を襲ってるのは、災害に便乗して盗みを働いたり、災害を知らずにこの街を訪れて、とにかく手近から手に入れようとしている連中だ。その上、盗まれたことにして食料を隠して、暴利を貪ろうとしている連中までいるから、始末に負えん。人手がいくらあっても足りんのだが、店を失って他にやれることも無いからと自警団に参加してくれる奴もいるのが救いかな」
(あ~、やっぱり、それで私たちを警戒してたんだ……。
それにしても、領主が地震予知してたって、マジですか?
ああ、でも、科学的な観測に基づく予知や予測は無理かもしれないけれど、精霊の知らせとかならあるのかな……。
あっ、そうだ!)
そこでユリは、ミラの方に向き直って言う。
「ねぇミラさん。
ミラさんの浄化魔法で、この街の治安を良くすることって出来ませんかね?」
ユリは、それまで黙って聞き役に徹していたミラに話を振った。それは、ミラが王城で浄化魔法を使ったとき、一時的にではあるが、王城近辺の犯罪を激減させていたからだ。浄化魔法で広範囲に人々に巣食った邪気を払うことが出来れば、この辺りの暴徒も沈静化させ、悪徳商人を改心させられるのではないかと考えたわけだ。
だが、ミラの反応は芳しくなかった。
「うー、そうですねぇ。難しいんじゃないでしょうかぁ。
災害に便乗して悪事を働くような方たちには効果があるかもしれませんがぁ、生きる望みを失った人たちの行動は、邪気を払っても抑えられませんからねぇ。
それに、ここでは精霊の力が足りませんよぅ」
「その娘の言う通りね」
美少女モードのクレアが言った。
「ここにいる精霊だけじゃ、大規模な浄化をするのは無理よ」
「あ~、クレアさんがそう言うなら、そうなんでしょうね~。残念です」
前後にいる男たちは、ユリたちの会話が聞こえていたはずだが、会話に割って入ってくることは無かった。言ってることが荒唐無稽で、おかしな奴等とでも思っていたのかもしれない。
そして、広場の中心部に張られた天幕のひとつに辿り着くと、先頭の男が天幕の下で、金髪を振り乱して事務作業に没頭していた女性に声を掛けた。
「ゲスリンダさん。あんたにお客さんだ」
「えっ? あたしに?」
驚いたことに、南の街のギルド長は若い女性だった。




