105 精霊騒動【崩落した街4】
ユリたち三人が街の中心地に着いた頃、ウルフたち待機組は、街道から外れた空き地に停めた乗合馬車を日除けにするようにして集まり、周辺を警戒しつつ休息をとっていた。その近くでは、八頭の馬たちがのんびりと街道脇の雑草を食んでいる。四頭立て馬車なのに馬が八頭もいるのは、馬車の事故現場から逃げ出した馬たちのうち、大半が街の方に駆けていったが、四頭がこちら側に来て合流したからだ。事故を起こした馬車の御者や乗客も、同じように分かれていたが、こっちに来た者たちは、この後どうしようかとおどおどとするばかりだったので、ウルフが自分たちと行動を共にするようにと誘っていた。そして今は、切通しから拾い集めた熾火を乗客たちと一緒に囲んで、ユリが置いていった串焼肉を各自が炙って温め直しているところだ。
そこでマリエラが、肉が中々温まらないことに苛つきながら、待ち草臥れたように言う。
「あれから大分経つけど、あの子たち、大丈夫なのかな?」
どうやら、ユリたちへの心配と、串焼肉の温め直しへの思いがシンクロしていたようだ。
「だいたい、あの子には召喚獣がいるんだから、少しは報告の手紙でも寄こしたらいいのに、いったい何やってんのよ。
まさか、それすら出来ない状態ってことは無いわよね。
あの子、防御力と戦闘力だけは人一倍あるんだけど、結構抜けてるとこがあるのが難点よね。それも大穴で空いてんの。
本当に、大丈夫かしら」
マリエラは、まるで遊びに行ったまま門限になっても帰ってこない幼子を心配する母親のように、ユリのことを心配していた。
「マリエラさん。
ユリさんにはクレアも付いて行ってますから、大丈夫ですよ」
そういって宥めたのはアルバートだ。
「アルバートさんこそ、クレアちゃんのこと心配じゃないんですか」
「ははは、マリエラさんだって、クレアが戦っているところは見てたでしょ。
あれは『ちゃん』付けするような、柔な子じゃありませんよ。
それに万が一、ボディが壊されるようなことがあっても、死ぬことはありません」
「あぁぁぁ、そうなると調査班は三人揃って警戒心が皆無ってことになるじゃないの。……益々心配だわ」
殺しても死なないような二人は身を守る必要性を感じてなさそうだし、ミラについては普段からの付き合いで、彼女が人間の悪意に無頓着ということをマリエラは良く知っていた。
「ユリのことより、こっちの心配をした方がいいだろうな」
地面に座り込んでいたウルフはそう言って、すぐ脇に突き立った五十センチほどの長さの杭に手を掛けて言う。
「食い物と水は、あいつが置いていった収納バッグとやらで数日は持つだろうが、魔物の襲撃は避けられないからな」
そこは、聖獣の大蛇が石化し、さらに風化して出来た巨大な土塁の外側であって、外敵に晒された場所であるから、ウルフがそう注意喚起するのも当然だった。
「こういう事態じゃ、人間も襲ってきますよ」
そう指摘するのはアルバートだ。
「ここに水と食料があると分かった連中が、分けて貰おうとするのではなくて、奪って独り占めしようとするでしょうからね」
「ええっ? そこまでする?」
「するだろうさ」
そう言って、ウルフがアルバートの意見を肯定する。
「実際、もう来てやがる」
マリエラが慌てて周囲を見回すと、いつの間にか自分たちを数人の男と様々な魔物が遠巻きにしていた。近づいてくる者たちを見ると、人間の方は馬車を失って街に行っていた連中のようだ。馬車に積み込まれていたものらしき斧や鉈を手にしているが、魔物と対峙しているのではなく、明らかにこちらを狙っていた。ただ、魔物を従えているわけではなくて、偶々襲うタイミングが重なってしまったようだ。
人も魔物も、狩りをするときには、気配を消して声ひとつ立てることが無い。人間の方は魔物に気付いてないのかもしれない。魔物の方は、フルフたちと十把一絡げに獲物と考えているのだろう。ウルフはといえば、敵を間合いに引き込むために気付かないふりをしていたのだった。
「魔物の方は俺が始末する。
ジェイクとマリエラは人間を頼む。
ユリから預かったこの虹殲剣じゃ、人間も真っ二つだからな」
そう言ってウルフが立ち上がって、地面に突き立った杭をスルッと引き抜くと、それは刀身だけでも身長ほどの長さがあり、刀身が虹色に煌めく半透明の不思議な剣だった。その剣には鞘が無く、今までずっと地面に突き立てていたのだ。
「虹殲剣?
ユリが言ってたのと違わない?」
そう言って、マリエラはユリが言っていた言葉を思い出していた。
そのときの遣り取りはこうだ。
「リーダーには、私がとっておきの魔法で作った拘りの逸品、この『次元剣介』くんを預けときます。
これはですね、見た目が美しいだけじゃない。軽くて頑丈で、とってもとってもよく切れる剣なんですよ。
人間相手なら、金属製の兜や鎧はもちろん、鋼鉄の剣だってすぱすぱ切っちゃいますからね。フルプレートアーマーの戦士で膾が造れちゃいます。それに、どんなに高温の熱でも、何なら核融合炉に突っ込んでも溶けることはないし、電気を通さないから落雷で感電する心配もありません。
あえて欠点を言うなら、とっても軽くって棍棒代わりに相手を殴ったり出来ないのと、錆白兵ぐらいに剣筋がいい人じゃないと、真っ直ぐに振れないことですね」
「鞘が無いようだが?」
「私が使う分には必要なかったんですよ。っていうか、私だと鞘から抜けないので鞘は作ってません。でも、それだと危ないので、普段はこうやって地面に突き刺しておいてください」
そう言って、ユリが虹色の剣を地面に垂直に突き立てると、豆腐に箸を刺したときのように、何の抵抗もなく、すぅーーっと地面に入って行き、地面に突き出た柄の部分が杭のようになっていたのだった。
ユリの話に『かくゆうごうろ』とか『さびはくへい』とか、ときどき意味不明な言葉が混じるのはいつものことだから気にしない。
そんなマリエラの回想を否定するようにウルフが言う。
「確かにユリの奴は変なことを言ってたな。
だがな、ケンスケだかタコスケだか知らんが、俺が命を預ける剣を、そんな恰好悪い名前で呼べるかよ!
これは誰が何と言っても虹殲剣だ!」
「いいんじゃないですか?
それが日本刀だったら『虹丸』にしたいところですけどね」
どうやらウルフとアルバートには厨二病の素養があるようだ。
「勝手にすれば?」
マリエラからすれば、剣の呼び名なんてどうでもよくて、そもそも消耗品の剣を号で呼ぶ意味が分からなかった。
「まずはあいつからだ!」
ウルフが駆け寄った先にいたのは二頭の地獄焔羊。全高四メートルほどの羊の姿をした、高温の焔を纏った魔物。ブレイヴ・ソードのハンスが切りつけた大剣を、その焔によって一瞬で溶かし去った魔物だ。
現在、時刻は夕方近くになっており、青白い焔を纏った地獄焔羊は周囲を煌々と、松明よりも明るく照らしている。その光に寄って来た蛾や甲虫が、次々と焔に焼かれて音もたてずに次々と白い煙と化していた。
二頭は、人間のウルフなんぞ恐れる必要のない道端の草のようにしか思っていないらしく、のっしのっしと歩いてきて、前歯の無い口を開いて頭を近づけてきた。その臭い鼻息が掛かりそうになった瞬間、ウルフは二頭いる地獄焔羊の間を、その身体から吹きだす焔をぎりぎり避けるように走り抜け、全身を回転させながら虹殲剣を横薙ぎに振るう。振るった瞬間に「キュインッ!」という金属音がしたと思ったら、そのすぐ後に、上下に分かれた二頭の地獄焔羊が無言で倒れ伏していた。胴体を肺ごと真っ二つにしたのだから当然だろう。その切断面から噴き出した血潮が、自らの焔に焼かれて白い灰になって空中に舞っていく。
「へっ! 全く手応えがねぇぜ」
ウルフはそう言うと、次の獲物として、黒光りした超絶硬甲虫の群れに向かう。超絶硬甲虫は、見た目が三十センチほどの大きさの黒い甲虫の魔物。ファンタジー小説でアダマンタイトと呼ばれるような超硬鋼金属の殻に包まれていて、剣で切ったり斧で叩き割ったりすることが不可能で、通常は火魔法でしか倒すことができないとされている。ウルフはその常識を無視して超硬甲虫の群れに走り寄ると、迷わず剣をキュインッ、キュインッと地面すれすれの高さで振るい続ける。十回振ったときには、五十体いた超硬甲虫が全て、ゴムの切れたカスタネットのようになって、地面に転がっていた。
「ふひょひょひょひょ」
舞い上がったウルフの口から、未だかつて発したことのない声が漏れる。
そうなるのも無理はない。長いハンター生活の中で、剣で倒せない魔物が出る度に、魔術師に見せ場を掻っ攫われてきたのだ。それを剣で倒せる喜びと言ったら、他に勝るものがなかった。
そのウルフの前に、今度は三頭のサンダーフォックスが姿を現した。
それは雷を纏った大狐の魔物。ばちばちと音を立てて雷が全身を走っている。ウルフは、ユリがブレイヴ・ソードと共にダンジョンに入ったときに遭遇し、ゼノビアが魔法で水を掛けて退治する様子を、柱の陰から見ていた覚えがある。それ以前にも遭遇したことがあるが、そのときは別のパーティーの名も知らぬ前衛が剣で切りつけて感電し、雷撃により瞬間的に体液が沸騰したことによって、内臓を口から噴き出して死ぬのを目撃している。だから、これまでウルフが倒したことは一度もない。今だって、冷静であったなら、ユリの言葉を真に受けるなんてことはしなかったはずだ。だが、今のウルフの手元には虹殲剣があり、冷静さを失っていた。
「くふふふふふふ」
湧き出る笑いを抑えきれずに、ウルフが舞うようにして、雷の鎧に向かって虹殲剣を三閃した。
キュインキュインキュインッ!
その直後、体内の発電器官を傷でもつけたのだろうか、バチバチバチバチッという電線がショートしたような音を立てて、三体のサンダーフォックスは地面に倒れ伏していた。
彼は運がいい。もしも、直前の戦いの相手がスライムで、刀身に粘着性のある体液が付着していたとしら、刀身自体が電気を通さなくても感電していただろう。
「がははははははは」
勝ち誇ったように大声で笑い出すウルフ。それを見ていた御者のドーソンが、マリエラに耳打ちする。
「姉さんよー、あの旦那、大丈夫かい?
なんか、おかしくなっちまってねえか?
次はこっちを襲ってきたりしねーよな?」
「ああ、魔剣に魅入られて、辻斬りに転職したとでも思った?
あの剣はそんな危ないもんじゃないから大丈夫よ。あー、いや、凶器としては凄く危ないんだけど、呪いが掛かってるってわけじゃないから。
ちょっと舞い上がってるけど、そのうち飽きたら戻ってくるでしょ」
ちなみに、ジェイクとマリエラは、とっくに襲ってきた男たちを退治し終わっていた。相手が振り下ろす斧や鉈を、ジェイクが搔い潜って、順番に優しく殴りつけるだけで、相手は気絶して倒れていたのだった。その間マリエラは呪文を唱えて防護障壁(強い力で壊れるやつ)を張って、馬車の乗客を守っていたが、それは魔物から守るためのもので、人間相手のものではなかった。必要なら攻撃魔法で援護することも考えていたが、相手が弱すぎて、その必要は全く無かったのだった。
「それで、この私のストレスは、どこで発散させたらいいのよ!」
現在、話半ばで大変心苦しいのですが、来週から長期休暇の夏休みを取らせていただきます。
次回は9月2日から再開の予定です。
再開できるのか? できるといいな~。
みなさま、よい夏をお過ごしください!! (^^)/




