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96 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!11】

 ユリたちが市場に到着すると、いろいろな出店が様々な商品を並べていて、数多くの客で賑わっていた。客層は、地元の客と宿泊客が半々といったところだろうか。

「昨日はあんまりお店が出てませんでしたけど、今日は随分と盛況なんですね」

 ユリは、前日に碌な店が開いていなかったことを思い浮かべ、誰へともなく訊ねると、リーダーのウルフが欠伸(あくび)を噛み殺しながら、その問いに答えた。

「ふ~ふぁあ……、ここの市場は基本的に朝のものだからな。

 売り物にもよるが、傷みやすいものは昼まで持たないし、店番以外に本職が別にあって、昼からそっちの仕事に行っちまう奴もいる。

 だから、夕方になっても店開けてるところは少ないのさ」

「う~~ん、そういうことは昨日、私が市場に行くって言ったときに教えて欲しかったです」

「あたし、言わなかったっけ?」

「マリエラさんは『行くだけ無駄』って言っただけで、朝にした方がいいなんて一言も言ってくれませんでした」

「……、あー、当たり前すぎて言い忘れてたかもね」

「まあ、もう済んだことだからいいですけど、他の人たちだって、マリエラさんとの会話を聞いてたんだし……って、あれっ?

 そういえば、ジェイクさんは?」

 ユリは、今になってジェイクの不在に気づいた。普段の彼は影が薄く、会話にも参加してこないので、不在であることに全く気づいていなかった。

「ジェイクなら、一足先に市場に行ったわよ。

 ま、いつもの情報収集ってやつよね」

「はぁ」

 ユリの返事は気の抜けたものだった。普段は極端に無口なジェイクが、酒場や市場での情報収集能力に長けているということを、ユリはこれまでに何度も教えられてはいたが、未だにその実感が湧かなかったからだ。

 ジェイクの姿を探して全員で市場を物色しながら彷徨(うろつ)いていると、とある出店の店主と話をしているジェイクの背中が見えた。彼に近づいたときには既に話が終わっていたらしく、彼は店主に手を振って別れを告げていた。

「ジェイク!」

 マリエラが声を掛けると、こちらに気がついたジェイクが振り向いて、手を上げて応える。

「おう!」


 聞けば、ジェイクはあの出店の設営を手伝っていたらしい。その合間に、どこに何の店があるのか、どこが良心的な店かといった話や、様子のおかしな連中を見かけなかったかとか、魔物(モンスター)が増えて流通に滞りが出ていないかといった情報を訊き出していたという。

 そして、ジェイクの案内で、地元民を相手にした、お手頃価格のファストフードの店に寄り、サンドイッチでもホットドッグでもハンバーガーでもない、ナンのようなもので肉を挟んだよく分からないものを買って朝食を済ませる。

「夕べの串焼きは出さないの?

 もしかして、夜中に一人で全部食べちゃった?」

 そう訊いてきたのはクレアだ。いつの間にか、クレアとアルバートがユリの脇に来ていて、ユリたちと同じものを食べていた。アルバートがいるので、話し方が少女モードになっている。

「ドラゴンが跨いで通る娘じゃあるまいし、私はそんな大食いじゃありませんよ。第一、昨日の夜は私が身動き一つできずに寝ていたことは、クレアさんが一番良く知ってるじゃないですか」

「じゃあ、まだあるのね?」

「食べたいんですか?

 だったら後で出してあげますけど、ここじゃだめですよ。こんなところで出したら万引きか何かと間違えられちゃいますからね」

 クレアが恨めしそうな顔をしているが、店の前で異空間からいきなり商品を出せば、それは店にあったものと誤認されるのは必定だった。


    *    *    *


 その小部屋には、大人の上半身が通るくらいの大きさの窓がある他には、小さな丸テーブルと椅子しか置かれていなかった。

 ただ、その窓枠に花模様の鉄製の面格子がはめ込まれていることが、その部屋の有り様を物語っている。この世界には、まだ平面ガラスの窓というものがない。庶民の家の窓に取り付けられているのは、板戸か鎧戸がほとんどであった。鉄製の面格子は、賊の侵入を防ぐか、家人の逃亡を防ぐために取り付けられる。それを花模様にするのは、金回りのいい屋敷に限られる。

 そして今、その部屋のテーブルを囲んで、三人の男が話をしている。


「なぜ未だに始末できんのだ」

「あの連中に実力があることは、最初から分かっていたのだ。

 だからこそ、最初から王軍の必勝兵器を使ったのだ。それなのに、それを退けられてしまった。しかも、やつらが苦戦した結果ならともかく、連中が馬車を降りることも無く、あっさりと退治されてしまったのだぞ。

 次に、念のために用意していた暗殺団を送り込んだが、これも失敗した。こっちも瞬殺だ。この時点で、計画は破綻していたのだ。

 その後は、連中の食料に毒を盛ったこともあるが、それも失敗。

 崖崩れ起こしても無事通過。

 そんなものに、どうしろというのだ。

 指令を送って、結果を確認するのに三日かかるのに、対応できるわけがないだろうが」

「無駄に労力を費やすより、この街に入ったところで処置した方がいいだろうな。その方が臨機応変に対処できる」

「ならば、人や魔獣を用意するなど、ここで討ち取る準備を進めることだな」

「では教会の……」

 

 その時だった。


 ずずずずずずずずずずずずずずずず……。


 小部屋を揺らす地響きが終わることなく長々と続く。

 男たちは立ち上がり、敵を待ち受けるように周囲を警戒していると、地響きが始まってから三十秒ほど後のこと。


 ごごごごごごごごごごごごごごごご……。


 耳元で石臼を回したような轟音が、窓から大音量で鳴り響いた。


「「「な……何事だ!?」」」


    *    *    *


「結局、盗賊の襲撃があった後は、とくに何もなかったですね~」

 ユリがそんなことを言ったのは、いよいよ南の街への到着を翌日に迎えることとなった夜のことだった。野宿のためにテントを広げる作業にも慣れてきていて、全員がてきぱきと作業している。

「そうねえ、ユリが道中お腹壊す人が出るといけないって言うもんだから、出発前にミラに浄化魔法を掛けてもらうようにしたから、傷んだ食材でお腹壊す人も出てないし。順調すぎて、逆に不安になちゃうわよね」

「おいおい、俺たちのすぐ後ろで崖崩れがあっただろうが」

「えーっ、でも、被害は無かったじゃないの。あたしらのせいじゃないから放っておいても良かったのに、街道の修復するのに時間とられたのが被害って言えなくもないけど」

(あ~、そんなこともあったな~。あのときは、崖が崩れてきたのを、馬車が行き過ぎるまで防護障壁で押さえてたんだっけ……)


 その後、テントの設営作業を済ませて手際よく寝床に入ると、何か違和感があった。

「あれっ?」

 つい声を上げてしまったが、立っているときには気づかなかった、遠くからの微かな地響きが背中に伝わって来ていたのだ。ずっと響いているので地震とは違う。魔物(モンスター)の集団が走っているのとも違う。

 ユリが周囲を見回すと、ほんの微かな感覚なので気にせずに寝てしまった乗客たちもいたが、ラッシュ・フォースの仲間たちや乗客の何人かは同じような思いをしたらしく、身体を起こして辺りの気配を探っていた。

「近くに川か瀧でもあるんでしょうか?」

 ユリは、観光地で川の近くの宿に泊まったときに、川底の段差で渦巻く水の「どどどどどどどど」という音が一晩中鳴り響いていたために寝不足になったことがあった。

(あのときは耳に聞こえる音だけで、地響きは無かったような気がするけど……)


「この街道は何度も使ってるけど、これまでここで、こんな地響きの経験は無かったわね。

 ねぇウルフ、この近くに川なんてあった?」

「小川はあるが、地響きを立てるような川はないな。

 それに、ずっと同じ調子で続いているから、魔物(モンスター)のスタンピードの音とも違う」

「どうする? ウルフ。

 今夜は全員起きて警戒する?」

「いや、いつも通り輪番でいいだろう。

 ただ、いつ叩き起こされてもいいようにしておけ」

「「了解!」」

「了解ですぅ」

「うむ」


 結局、朝になっても地響きは続いていたが、特別なことは何も起きなかった。

「結局、何なのかしらねぇ」

「なに、行ってみれば分るだろうさ」

 軽く考えていいことでないだろうが、仕事で来ている以上、今は先に進むしかない。ユリたちは軽く朝食を済ませて馬車に乗り込み、いつも以上に緊張して警戒に当たることになった。


 その後、何度か魔物(モンスター)が現れたが、新米ハンターでも対処できそうな雑魚ばかりだった。このままいけば、南の街には問題なく到着できるだろう。

 そうして、昼食の休憩のために馬車を()めると、ウルフが地面に降り立って、周囲の様子を警戒して見回した後、地面に耳を付けて様子を探ると、怪訝そうな顔を上げて言った。

「おい、地響きが消えているぞ」

「えっ? まじ!?」

「そうなんですか?」

「ふむ」

 ユリも草むらで寝そべってみるが、確かに地響きはしていない。

「原因がこっちじゃなかったんですかね?」

「王都側だっていうのか?

 違うな、この辺りの鳥の声がしない。

 生き物たちが警戒しているんだ」

「あのぅ」

 ユリの疑問にウルフが答えようとすると、ミラが遮るように言った。

「どうした」

「この辺りのことなんですけどぅ、精霊さんたちの存在がぁ、ものすごく薄くなっていますぅ」

「えっ!? クレアさん、そうなんですか?」

 ユリは脇に来ていたクレアに確認する。

「そうね、確かにみんなどこかに行っちゃったみたいね」

「それって……」

 そうユリが話し掛けたとき、マリエラが話に割り込んできた。

「ちょっと、ミラ。

 それって、ミラが精霊を使った魔法が使えないってこと!?」

「そうですねぇ。わたくしの治癒魔法が使えそうにないので、みなさん怪我しないでくださいねぇ」

「戦闘になるかもしれないのに、それはまずいな」

「あのう、俺のチュービフェックス(イトミミズ)キュア(治療)なら、精霊がいなくても使えますから、心配いりませんよ」

「ぜーったいに怪我しないわよ!」

「わたくしも怪我はしないですぅ」

 アルバートは親切心から言ったのだが、マリエラとミラは彼の治療を受けるのは絶対に嫌だった。

(私の治癒魔法も精霊使わないんだけど、言わない方がいいのかな……)


 ユリは、クレアに小声で耳打ちする。

『この辺りの精霊が薄くなってるのって、クレアさんが森の精霊を丸ごと集めちゃったからじゃないんですか?』

『集めたのはアルバートの仕業で、あたしじゃないわよ。

 それに、精霊の薄い地には、近隣から精霊が流れ込んでくるって、前に話したでしょ』

『元に戻ったかどうかは確認してないとも言ってましたよ』

『そうだけど、元に戻った後で揃って家出したのかもしれないでしょ』

(結局、原因不明ってことよね……)


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