94 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!9】
「ありゃりゃ、誰かと思えばアルバートさんじゃないですか」
「はい、俺です」
「なんであんたがここにいるのよ」
クレアが叩かれた頭に手を当てて、膨れっ面で言う。
頭を叩かれたとて、痛い思いをしたのはアルバートの方で、クレアは痛みも感じなかったはずだが、これは一種のポーズなのだろう。
「ええっと、私たちの話、どの辺りから聞いてました?」
「クレアが『変な奴じゃろ』って言ったところです」
「あ~、最後の一言ですか」
(そういうのは『最初から全部』って答えるのがお約束ってもんじゃないの?
だいたい、会話の全文なんて自分でも覚えてないんだから、二人で何を話してたんだって訊かれても困るんだし……)
そんな風にユリが頭の中でうじうじ考えていることも知らず、アルバートが話を続ける。
「はい。お二人が何を話してたかは知りませんが、クレアの話し言葉が乱れていたことだけははっきりと分かりました。
話の内容は推して知るべしです。
どうせ俺の悪口か何かでしょう」
「あはははは」
クレアがそっぽを向いているので、ユリは笑って誤魔化すしかなかった。
(でも、この三人だと、何の遠慮も無く話せるのは楽ね……)
これまでの言動でいつ遠慮したことがあったのか疑わしい限りではあるが、かなり気が楽になっていることは確かだった。
「あっ、そうだ」
ユリは大事なことを思い出し、キョロキョロと辺りを見回して、自分たちの他に人目が無いことを確認すると、それでもなお、内緒話するようにアルバートに耳打ちする。
「あの、ちょっと、他の人には秘密で、アルバートさんに訊きたいことがあるんですけど、ちょっといいですか?」
「俺に訊きたいこと?
チュービフェックス・キュアを覚えたいとか?」
「違いますっ!!」
ユリは大声で否定した。
「そうですか、それは残念。
何でみんなチュービフェックス・キュアを嫌がるんでしょうね。普通の治癒魔法じゃ不可能な、死体の修復だって出来るのに。
以前、魔物に襲われて顔を切り裂かれたお嬢さんを治療したときも、彼女の父親が激怒して、もう少しで殺されるところだったんですよね」
「そりゃそうでしょうね。
あ、いや、今はそんな話をしたいんじゃなくて……」
ユリは改めて質問する。
「はっきり訊きます。アルバートさんって、転生者なんですか?
見た感じ顔や雰囲気は西洋人だけど、現代の日本のこと色々知ってるみたいだし、……違うんですか?」
「違いますよ」
即答だった。
何の躊躇もなく否定され、話の大前提が崩れ去ってしまったが、ユリは未練がましく話を続けた。
「……、いや、でも、アルバートさんは、昭和とか平成とか令和とか、この世界には無い単語を知っていましたよね?」
「知ってるだけですよ。ユリさんだって、伝記とか読んで、いろんな人のエピソードを知ってるでしょ?
でも、知ってるだけで、そういう人たちの転生者じゃないでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
「偉人伝を読んだり聴いたりした人の中には、『自分はアメリカの初代大統領のジョージ・ワシントンの生まれ変わりだ』とか言い出しちゃう人もいますけどね。
しかも伝記に書かれた『子供の頃に巫山戯て桜の木を切って、そのあと自分がやったと告白して、正直者だと褒められた』という逸話を真に受けて、それを自慢しちゃうとか。でも、あの逸話は作り話だから、本当に生まれ変わりなら、そんな記憶を持っているはずがないんですよね。
この国でも『儂は先代の国王の生まれ変わりじゃ!』とか言い出した爺さんがいたんだけど、『爺さん、あんた、先代の国王陛下が逝去されたときに、四十だったろうが』って指摘されて『先々代じゃったかの?』とか呆けまくってなかったら首を刎ねられてたところだったんですよね。
日本のファンタジーだと、他人の記憶を引き継いだからって、自分がその人の転生だって思っちゃうのがよくあるみたいですけど、あれってどうなんですかね。自分の妄想かもしれないとか、全く考えないんでしょうか?
さすがに、この世界が一瞬前に神様が全部作ったとか言い出したら、それはそれでどうかと思いますけど、自分の記憶を全く疑いもしない馬鹿を主人公に据える作家も、それを平然と受け入れる読者もどうかしてますよ。
そう思いませんか?」
「ちょっと、私に同意を求めないでくださいよ。
そんな、大勢の作家や読者を敵に回すようなこと言って、SNSで炎上したり、夜道で後ろから刺されたりしても知りませんよ」
「この世界には、その作家も読者もいないから、その心配は杞憂ですよ」
「そういうアルバートさんこそ、自分の記憶が前世の記憶ではないと、なぜ言い切れるんです?
判断つかないじゃないですか」
「それはですねぇ……」
アルバートは、驚愕の秘密をユリに語った。
* * *
「ユリさんは『ジョー90』って知ってます?」
「何ですか? それ」
「サンダーバードは?
旅客列車じゃなくて、SFのテレビ番組ですけど」
「名前だけなら……、CGアニメですよね?」
「あー、そっちですか。
もともとはスーパーマリオネーションっていう、1960年代に放送された、実写混じりの特撮人形劇なんですけどね。
そのシリーズのひとつに『ジョー90』っていう作品があったんですよ。
その作品ではね、いろいろな分野の、プロフェッショナルな人の知識や経験を、磁器テープを介して別の人に転写するんです。大抵はジョーっていう名前の子供が、その知識や経験を受け取るんですけどね。記憶媒体に幅広の磁気テープを使っていたのは、当時はコンピュータといえば磁気テープっていうイメージがあったからなんでしょうけど、数十年未来の話だとしながら、未来の記憶媒体がちっちゃな半導体チップになるなんて思いもしなかったんですかね。磁気テープが古いっていうんじゃないですよ。現代でもバックアップ媒体としては磁気テープが主流ですからね。
それはともかく、人間の記憶や経験をデータとして他人にコピーするっていうのが、当時の発想としては画期的でした。
私のケースは、それと似たようなものなんですよ。
ちなみに、今披露した知識も、他の人のものです」
ユリはこのとき初めて、マリエラたちがユリの話を聞いた後によく言う「あんたの話は訳が分かんないわよ」という言葉を実感していた。
「え~っと、それがどう関係するんですか?」
「私にはね、ある日を境に、色々な人々の記憶や経験が流れ込んでくるようになったんですよ。
初めて他人の記憶を受けとったときは、その人のファンタジーの知識から、自分は転生者なのかもしれないと思いました。死ぬ直前の記憶が、あまりにも生々しかったですからね。
でもね、その次の日に、さらに別の人の記憶も受け取ってしまったんです。それが過去の人のものなら、前世のそのまた前世の記憶ということもあったでしょう。しかしですね、その記憶は、一人目の友人の記憶だったんです。同じ時を過ごした二人の記憶。転生なら、そんなことは有り得ないですよね。
そして徐々に、受け取る記憶が増えて行きました。その中に、特撮人形劇の知識があって、それこそが自分のケースだろうという判断に至ったのですよ。
自分は転生者ではない。知識だけ受け取ったのだ。そう理解しました。
最近は頻度が減りましたが、その後も、様々な人間の知識が流れ込んで来ています。
ユリさんのいた世界の人だけじゃありません。
こことは違う魔法を使う世界の知識。高度な科学知識。医学の知識。
とにかく様々な知識と経験を得ました。格闘家の技は、俺がひ弱すぎるので、知っているだけで何の役にも立っていませんけど、何なら出産や子育ての経験だってありますよ。中には小説の構想や妄想も混じっていて、受け取った知識が玉石混淆で、そのほとんどが石なのが困ったものなんですけどね」
「……」
ユリが返答に困っていると、クレアがドヤ顔になって話をする。
「どう?
こいつは、とにかく色んなことを知っていて、役に立たない知識が多いのが難点だけど、私が『まるで図書館のよう』だと言った意味が分かった?」
言われたことが分からないわけではないが、ユリはまだ混乱している。
(クレアが爺言葉を避けたのはアルバートがいるからよね?)
そんな関係ないことを考えて、ユリは思考を放棄していた。
* * *
「あ~、あんなこと、みんなには教えられないよね~」
アルバートから「他のみなさんには秘密ですよ」と言われたということもあったが、そうでなくても、ユリは話すつもりがなかった。ラッシュ・フォースの四人に伝えたところで、そもそも理解されるとは思えないし、理解されたらユリの秘密がバレかねないからだ。
ハンターギルドに戻ると、みんなは既に夕食を済ませたらしく、大広間に毛布を広げて寝る準備を始めていた。
ここでは男女の区別なく寝るのだが、慣習として女性は一塊になって寝ることになっているという。宿泊客の中には夫婦連れもいて、夫婦だったら一緒にいたいところだろうが、隣に寝ている男が夜中に恋女房に手を出してくる可能性を考えたら、女性だけで身を守ってもらう方が安心ということだった。
「ここじゃ男が男に襲われるとか、女が女に襲われるとかは無いんですか?」
「そりゃ、あるわよ。でも女を襲う男に比べたら、数はずっと少ないわ」
念のためユリがそう訊いてはみたものの、戒律の厳しい国や時代であっても、そういうことはあったので、大丈夫であることを期待していたわけではない。
「くっくっく。なんたって、あのウルフやジェイクに夜中に腰を擦り付けてきた優男がいたくらいだもんね。二人共、顔を真っ青にしてて見ものだったわ」
マリエラが失笑しながら、とんでもないことを伝えてきた。
「え゛っ!?」
女人禁制の集団で、可愛らしい男子を女に見立てて、むくつけき大男が言い寄るのなら分からないではない。教会とか修道院とか、あるいは昔の仏教の寺院とかで、男色とか衆道と呼ばれる行為は、往々にしてあったことだ。
その逆というのが意外だったのだ。
(……いや、池波正太郎作品でも、髭もじゃの大男が妻役の話があったし、有り得ない話じゃないか……)
ユリたち女性陣は、不安はあるものの、結局他の女性グループと一緒に休むこととなった。
「どうせ防護障壁を張って寝るから、周囲に変な趣味の奴がいても構いませんけどね」
「そんな芸当が出来るのはあんただけよ」
「ところで、クレアさんもこっちなんですね」
「おまえはあたしをどこで寝かせたいのよ」
「人形なんだから荷物置き場とか?」
「おいっ!」
「ここで寝てもいいですけど、くれぐれも、寝返り打って、誰かの体の上に足を乗せたりしないでくださいよね。
潰された人が悲鳴を上げられればまだいいですけど、胸を潰されて声も出せずに窒息死でもされたら、大変なことになるんですからね」
「は~い」




