93 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!8】
「アルバートさん?
え~っと、それってどういうことなんですか?」
自分は疑問を呈しただけで、断言したわけでもないのに否定されたということで、ユリは少し不機嫌そうに問い質した。すると、アルバートは、ユリが他の乗客に対する防音をしているとはいえ、二人以外には分かるはずもないことを話し始めた。
「そうですねぇ、ユリさんが想定しているのって、たぶん、日本で江戸時代に造られた宿場町ですよね。東海道五十三次が有名ですが、江戸時代は他の街道でも沢山作られていて、そういった町は今でも残ってますからね。あって当たり前のように思うのも無理はありません。
でもですね、不思議かもしれませんが、ああいった宿場町は、じつを言うと、日本以外には存在しないんです。遥か昔、古代のローマ帝国には既に、クルスス・プブリクスと呼ばれる国営伝馬制度がありましたけど、それは帝国の役人たちの為のもので一般人は使えなかったし、その後廃止されています。
じゃあ、なんで日本以外に無いかっていうと、簡単に言うと、天下泰平が続かないからなんですよ。
日本にしたって、伝馬のための仕組みは古くからあったんですが、宿場町として整備されるようになったのは、主に江戸時代になってからのことです。日本が天下統一されて、平和で安定した時代が始まってからなんです。
それに対して、この国はどうでしょうか?
この国の大きな街は、中世のヨーロッパに点在した街みたいに、城壁で囲まれた城郭都市になってるでしょ?
これはね、昔からずっと戦をし続けている国の有り様なんです。常にどこかと戦をしている。他国の軍隊や魔物の群れから、いつ攻め込まれても不思議ではない世界。
ここは平和ではないんですよ。この国の王都の城郭の外には町や畑が広がってましたど、あれは、この国では極めて例外的なことなんです。だって、王都以外では、城郭の外に住んだり寝泊りしたりするのは、危険で命懸けのことなんですから。
この国で宿場町をつくるとしたら、それは城郭都市にしなければなりません。でも、そんなものを、半日で行けるような短い距離でいくつも作れないじゃないですか。無理なんですよ。
それに宿場町は、外国の軍隊が攻めてきたときに、敵の進軍の助けになっちゃいますからね。攻めて来られる心配のない場所にしか作れないんです。
そしてコスト・パフォーマンスの問題もあります。この街道に宿場町を整備したとして、果たして何人が利用するでしょうか。
ユリさんは、この街道で馬車に乗っているときに、一日に何人の旅人と擦れ違ったか覚えてますか?
十人? 五十人?
俺にも正確な数字は分かりませんが、百人いるかいないかでしたよね。上りと下りが同数として、この街道の通過者は一日あたりニ百人程度なんです。
江戸時代の東海道では、一日平均三千人ぐらいの人が通っていて、多いときは一万人に達したと言われています。それだけの利用者がいるから宿場町は成り立っていたんです。
この街道みたいに、通過者が少なくてはだめなんですよ。
この国もいつか、長く平和な時代が続いて、物流や人流が増えていくことがあるでしょう。そうなったら、宿場町のようなものも出来てくるでしょうけど、街道で魔物が闊歩している間は無理でしょうね」
「ふ~ん、なんとなく分かりました」
ユリはそう言ったが、一緒に聞いていたウルフやマリエラやミラには、話に出てきた固有名詞が何なのか全然分かっていない。だが普段のユリの言動に慣れていたので、特に詮索することも無く、アルバートがユリと同郷なのだろうかと考えた程度だった。ユリのことは深く考えたら負けとでも思っていたのかもしれない。
「それにしても、随分とお詳しいんですね。
アルバートさんって、歴史学者の生まれ変わりとかですか?」
「ははっ、違いますよ。そういう知識もあるってだけです」
正体不明なアルバートには、もっといろいろと訊きたいことがあったが、さすがに大勢の前では憚られた。下手に訊けば、自分の秘密も暴かれかねないからだ。とりあえず今は、向こうが話したいことだけ語らせておくこととしよう。そう考えたユリであった。
* * *
その後、時折姿を見せる魔物や獣を退治しながら無駄話を続けて数時間、やがて王都と南の街との中心点に位置する城郭都市、『テペラ』の城壁が見えてきた。王都の南にあるが、ここが南の街と呼ばれないのは、南の街より後に出来た街だから……ではない。ある意味、南端ではない中途半端な場所にあるからなのだが、王都と南の街を繋ぐだけでなく、その街から東西にも街道が出ていて、中継地の代表のような街であったためだ。
そこは、規模としては『東の街』よりやや小さめの城郭都市であった。
「今夜は屋内で寝られそうね」
「マリエラさん、ここって宿があるんですか?」
「宿っていうか、王都のハンターギルドと商業ギルドの出張所があって、そこに泊ることが出来るわ。あたしたちが王都で拠点にしていた宿の、三等室の大広間みたいな部屋で雑魚寝することになるけどね。ユリは嫌かもしれないけど、夜露に濡れることもないし、魔物の襲撃を警戒しないで寝られるんだから、それだけで十分よ。
ユリは雑魚寝が嫌とか言わないわよね?」
「えっ? まあ、フェリーとかで知らない人たちと一緒に雑魚寝したこともありますし、大丈夫ですよ」
警戒任務もないので、何なら一人でこっそり携帯小屋のベッドで寝てもいいかなと考えていたりもする。
「ところで、ここって、普通の宿屋はないんですか?」
「宿屋もあるにはあるけど、あたしたち平民には縁の無い、貴族や金持ち向けの宿だけね」
「ふ~ん。宿場町じゃないと、そんなもんなんですね。
それで、夜の護衛任務ってどうするんです?」
「城郭都市内は護衛の対象外だから、次の出発まで、あたしたちは自由行動よ。もちろん護衛任務に支障がでるようなことは駄目だけどね」
「ここには市場とかはあるんですかね?」
「買い物をしたいの?
市場はあるけど、ここでしか買えないものなんて売ってないし、売ってても馬鹿高いから行っても無駄よ」
「そんなの行ってみないと分からないじゃないですか」
「別にユリを止める気はないから、好きにするといいわ」
城門を潜ったところで乗客全員が馬車を降りて、入街手続きをして、一時解散となった。ユリは、ラッシュ・フォースと一緒にハンターギルドの出張所に行き、宿泊手続きを済ませると、リーダーのウルフに許可を貰って、一人で市場に向かった。するとなぜか、クレアが子鴨のように付いてきている。
「アルバートさんと一緒じゃなくていいんですか?」
「あやつは何かと五月蠅いからな。王都に行くときにもこの街に寄ったけど、市場には行かせてくれなかったからの」
「後で怒られても知りませんよ」
市場に行ってみると、時間帯が悪かったのだろうか、数件の店が開いているだけで、客の姿もほとんどなかった。開いていた店も、住民相手に生活雑貨を売る店や、売れ残りの生野菜を売る店があるだけで、旅人を相手にしたものが見当たらない。
「土産物屋もないの?」
「客がおらんからの。
他の連中は夕飯食って寝る準備を始めてるじゃろうが。
あそこの店主も、家に帰って飯食って寝ることしか考えとらん。
……ふむふむ。隣が土産物屋じゃが、先に家に帰ったらしいの。
売り物があれば、自分も土産物屋でボロ儲けしたいとか抜かしておるの。
明日、出発前に来てみたらどうじゃ?」
「また心の覗き見したんですか。
まあ、そういうことなら出直しますか。
まったく、店が開いてないから客が来ないんじゃないですか。
そんなんだから負の連鎖が起きるんですよ」
ユリは、夕食がオプションになったバスツアーに参加したときのことを思い出していた。就職して間もない頃のことだ。そういうのは普通、ホテルや旅館の決まりきった料理の代わりに、地元の料理屋でその土地らしい食事ができるようにしたものなのだが、そのとき泊ったホテルの周囲には一面の畑が広がるばかりで、食事ができる場所はどこにもなかったのだ。しかも予約の無い夕食は用意できないとか言われ、その日はホテルの売店で買った菓子で腹を満たしたのだった。
(紛らわしいことするんじゃないわよ!)
今更だが、そのときのことを思い出して腹を立てるユリであった。
「観光地でもない、ただの通り道で土産を買いたがる奴はおらんじゃろ。ここも似たようなもんじゃ。
ああ、それでも、森を通り抜ける馬車の中で、あるはずもない飯屋に寄りたいと抜かす奴はおったの。おぬしもその類か?」
「失礼な。それに、ここに飯屋は無いみたいですけど、串焼きの屋台なら出てますよ」
「ほぅ。折角じゃ。ひとつ馳走してたもれ」
「何で私がクレアさんに奢らないといけないんですか」
「代わりに、小僧の秘密をひとつ教えてやるぞ」
「小僧って、アルバートさんのことですか?
そんな卑怯な取引はしませんよ。
それと、クレアさん。また言葉遣いが変になってきてますよ」
「小僧の前ではちゃんとするから問題ない」
結局、串焼きを買って帰ることになった。十五本残っていたうちの十四本だ。ユリは売れ残りを全部買う心算だったのだが、クレアが「この店主が売れ残りを一本食いたがっておる」と耳打ちしてきたので、一本残したのだった。普通なら嫌な客なのだろうが、店主が嬉しそうにしていたので、クレアの言った通りだったのだろう。
買った串焼きの一本をクレアに渡し、残りをアイテムボックスに入れて帰ることにした。
「小僧のことじゃがな、あやつの知識は半端ないぞ。
役に立たんものが多いがな。まるで図書館じゃ」
クレアがそう語ったのは、ユリとの約束があったからでもあるが、その後ニヤニヤと嗤っているのは、ユリを混乱させて楽しんでいるからなのだろう。
「アルバートさんって、勉強家なんですか?」
クレアの態度を怪しみつつも、折角なので訊いてみる。
「そうでもないな。
そのくせ教会の禁書庫にもないような知識まで有しておる」
ユリは、アルバートには転生者の疑いが濃厚であることを思い出し、生前に勉強家だったのだろうかと考えてみたが、どうもしっくりとこない。ユリがいた時代のことを知っていそうではあったが、あっちには魔法はなかったからだ。
「変な奴じゃろ?」
くっくっくっと笑いながらクレアが話していたら、その頭が背後からパカーンッと引っ叩かれた。
「ユリさんに変なことを教えるんじゃありません!」
痛かったのだろうか、右手をぷらぷら振りながらクレアを叱りつけるアルバートがそこにいた。




