92 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!7】
「邪気入魂……って、何?」
これまで聞いたことのない単語にマリエラが反応した。彼女は、もともと魔法を極めることに熱心ではあったが、ユリと出会ってからは未知の魔法の知識を集めることに余念がなかった。そのマリエラの問いに、アルバートが答える。
「俺はやったことないんですけどね、精霊術の応用で、邪気を集めて対象に押し込める魔法のことですよ」
アルバートは近くにあった石を左手で拾って、右手で石に気合でも込めるような手つきを示してそう答えた。
(アルバートさん、精霊人形は作ってましたけどね)
クレアに視線を向けながら、ユリはそう心の中でツッコミを入れずにはいられなかった。
「何それ、そんなの聞いたこと無いわよ」
マリエラは知らないという。
「邪気入魂は、太古に失われた魔法ですからね。マリエラさんが知らないのも当然です。それにこれは、本来は宝石とか人形に対して施す秘術なんです。人に使っていい術じゃない。だから完全に禁呪なんです。
でも、禁を犯して人に施した例もあるって聞いたことがあります」
アルバートの言った邪気入魂の『入魂』とは、本来は仏像に魂を宿らせる儀式のことをいう。漢字では『魂を入れる』と書くが、それは外から持ってきた魂を入れるのではなく、その実態は仏像に新たな命を宿らせるのに近いと言われている。その違いにどれほどの意味があるのか不明だが、料理の世界で出汁や調味料による味付けより、素材の味を引き出す方が価値があるものとされるのと、似たような心持ちなのだろう。
そういうわけなので、『邪気入魂』という言葉は、極めて不謹慎で罰当たり、仏教を敵に回すような用語であった。
「待て待て待て待て。精霊術の応用だと?
それはつまり、司祭崩れか、でなけりゃ、下手すりゃ教会そのものが事件の背後にいるってことじゃねえか」
ウルフが焦ったようにアルバートの話を遮り、核心となる容疑者の名前を上げた。
ユリも最近知ったことだが、少なくともこの国では、精霊術を使うのは教会関係者に限られていた。ミラもハンターになる前は司祭をやっていて、今も教会の養護施設に出入りしている。
かつての中世ヨーロッパの宗教が国家の力を凌駕していたことに比べれば、この国の宗教の力はそれほど強くはない。とはいえ、そんなものを敵に回したとなれば、日中でも街中を安心して歩けなくなるくらいには問題であった。
「ミラ、おまえはどう思う?」
「そうですねぇ、王国が出来るよりも遙かに大昔にぃ、そういう術があったという噂なら聞いたことがありますけどぅ、その方法を書いた魔導書も見たことありませんしぃ、教会にいる普通の司祭には無理なんじゃないでしょうかぁ」
「それって、教会の禁書庫ならその魔導書が残ってる可能性があって、そこに入れる人間が関係してるってことじゃないの?」
「普通の司祭には無理でも、教会の上層部ならありうるってことか」
「そうは言ってもぅ、どこの禁書庫にそれがあったのか分かりませんからぁ、教皇様や司教様の知らない所で閲覧されたかもしれませんねぇ」
「あるいは、とっくの昔にブレイヴ・ソードのような連中に盗まれていたとか。それに、どこかの遺跡やダンジョンから出てきたのかもしれませんよね。その場合、教会は関係ない……そうですよね、ミラさん?」
ユリはこの国の教会がどう思われようと知ったことではないが、ミラの立場が悪くなるのは避けたかったので、擁護するような話をした。
「確かに、今の情報だけでは何も言えんな」
夜が明けると、村長が再び姿を現したので、ウルフは盗賊たちの身柄を村長に預け、手紙を渡した。
「盗賊の身柄は村に置いたまま、この手紙を王都のハンターギルドのギルド長に届けてくれ。そうすれば、王都から警吏の人間がきて、盗賊の身柄を引き取ってくれます。報奨金は村長に渡すように書いてあるから、それを盗賊たちの食費と監視の手間賃にしてくれ。余った金は好きに使ってくれていい」
そう言って後のことを任せると、早々に次の中継地に向かって出発した。
ユリとマリエラが聞いた、村人たちが襲撃を見て見ぬふりをする予定だったことについては、盗賊から見返りの金を受け取っていたわけでもなく、共犯の証拠もなかった。しかもクレアが「互いに関わらないという口約束があっただけね」と言っていたので、今回は不問にすることにした。
* * *
襲撃事件の翌日、第三王女殿下のエレノーラの部下であるシリモンチェの下に再び伝令が訪れていた。そしてシリモンチェは、ユリたちが盗賊に襲撃され、それを撃退したことをエレノーラに伝えた。
「無事に撃退できたのは何よりですが、襲撃の理由が不明というのは、どういうことなのですか?」
「盗賊を取り押さえたその場でラッシュ・フォースが尋問したのですが、盗賊達は、自分たちがどういった経緯で襲ったのか覚えてないし、誰かから唆されたのかどうかも分からないと答えたというのです。また、出動した警吏でも改めて拷問に掛けましたが、同じ結論だったということで。
ラッシュ・フォースの者たちは、何か禁呪の魔法が使われたのではないかと考えているということでした」
「禁呪ですか。だとしたら厄介ですね」
「はい。該当するものがないかどうかを現在調べさせていますが、太古に失われた術だと、記録も残っていないかもしれません。
王軍では、口頭だけで伝える秘術もありますが、果たして知っている者がいるかどうか」
「あなたは王軍を疑っているのですか?」
「スランムソマトースのこともありますから、王軍の秘術が使われた可能性は十分にあるかと」
「今回もまた、犯人捜しが困難ということですか。
何か尻尾を出してくれないものですかね」
「そうなれば楽なんですけどね。
あと、もうひとつ、補足で奇妙な報告が上がっているのですが……」
そこまで言って、シリモンチェが言い淀む。
「何を躊躇しているのです?」
「はあ、報告内容が、曖昧と言うか、理解し難いというか、確認を要する内容なので」
「未確認で構わないから、報告してください」
「はい。
事件とは直接関係ないことなのですが、手下の報告によれば、ラッシュ・フォースにユリ殿以外に少女と若い男が同行しているということです。男の方は少女の保護者で魔法使いだということですが、少女の方は、その、拳闘士のようだったと」
「拳闘士のよう? 恰好だけの拳闘士ということですか?」
「いえ、その逆で、恰好だけなら姫殿下のような小柄な美少女だそうで。
それでいて、盗賊退治のときに、ラッシュ・フォースのジェイク殿に負けない力量を示したというのです。あまりにも奇妙なので補足として報告すると伝えてきたのですが、それをどう理解してよいものかと」
「ほほーっ。わたくしのような娘が、熟練の拳闘士並みの働きをしたと。
わたくしもやってみようかしら」
「それは、どうかおやめください」
「冗談ですよ。
報告者は、事実確認はしていないのですか?」
「それが、当人を褒めて話を訊き出そうとしたものの相手にされず、ユリ殿からも警戒されるようになっていて、話をして貰えなかったということです。
未知の襲撃が続いたことで警戒されているだけかもしれませんが、手下の者が何か相手に警戒されるようなドジを踏んだ可能性もあります」
「そうですか。報告の内容は分かりました。ご苦労さまでした。
今後も監視の継続と報告をお願いします」
「御意」
* * *
最初の中継地を出発してから二日、王都を出てからは三日目となった。
ユリたちはその後、人間による襲撃こそなかったものの、獣や魔物はそれなりに現れて、それらを討伐しながら恙なく旅を続けている。そして今日もまた、ジェイクは御者台に、ウルフは馬車の後部座席を陣取っていた。
「マリエラさん、私たちって今、どの辺りなんでしょうね~?」
「そうね……、南の街までの行程の、半分くらいかな」
「へ~っ、ず~っとおんなじ景色が続いてるのに、よく分かりますね」
「景色じゃ分からないわよ。
片道で七日間の行程の三日目だから半分くらいって言っただけ」
「え~~っ、それってこの馬車が鈍足だったら残り七日かもしれないじゃないですかぁ」
「そうよ。それに馬車がもっと立派だったとしても、魔物や盗賊の討伐で余計な時間を使ってるから、残り七日って可能性も十分にあるわね。雨にでもなれば、道が泥濘んで遅くなるだろうし」
「えっ? この辺り、雨って降るんですか?」
「そりゃ降るに決まってるでしょうが。森の木や草がどうやって育ってると思ってんのよ」
「あ~、いや、そういう意味じゃなくって。ここはまだ、ほとんど砂漠だった東の街からそんなに遠くないし、この馬車も屋根のない席があるから……」
「東の街とここじゃ気候が違うのよ。
でも、言われてみれば、山越えもしてないのに気候が変わり過ぎかもね。
気になるんなら、王女殿下にでも訊いてみたら?
あの方は、そういうのに詳しそうだし。
あと、屋根のない席の人は、雨が降ってきたら合羽を着るの。まあ、ウルフやジェイクみたいなのは、雨が降ってもそのまま濡れてるけどね」
「あ~、あのお二人ならそうでしょうね~」
「もともとそういう奴だっていうのもあるけど、護衛中は合羽着て動きが鈍くなるのが嫌だってこともあるみたいね」
「そうそう、護衛っていえば、この街道って、王都を出てからず~っと、獣や魔物からの襲撃が後を絶ちませんよね。これって普通なんですか?」
「最初だけ異常だったけど、あとはだいたいこんなもんね。
あたしはラッシュ・フォースのパーティーに入ってから、この街道を三回往復したけど、いつも似たようなもんだったわよ」
「でも、人が滅多に通らない山道じゃないんですよ。
王都に繋がる街道でそれって、ヤバくないんですか?
それに、途中で何度も野宿しないといけないとか、この道って、本当にちゃんとした街道なんですか?
最初の中継地にしたって、村はあっても、広場を貸してくれただけで宿が無かったですし、問屋場みたいな人足や馬を補充する施設すら無かったし、国の関所でもないのに通行料を徴収されるし、旅人の足を引くばかりで、全然役に立ってなかったじゃないですか。
なんていうか、その、普通は街道だったら平均十ニキロごとに宿場町をつくるとかして、行き交う旅人や商人が楽に移動できるようにするものじゃないんですか?」
「あんたの普通が何なのか知らないけど、そんなの聞いたこと無いわよ」
「あーっと、ユリさん。その認識は間違ってますよ」
そのとき、ユリを諭すように否定したのはアルバートだった。




