91 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!6】
結局のところ、盗賊達に襲撃されてから討伐完了までに五分も掛からなかった。それは、ときどきクレアが「ずこーんっ!」「どこーんっ!」といった轟音を立てることが無ければ、寝ていた村人が起きてくることもなかったくらい、静かで呆気ない戦闘だった。
「何なんですか、連中のあの体たらくは。
普通、戦闘シーンの描写には二万字くらい掛けるものなんですよ。それが、あんな呆気なく終わったら、私の冒険譚に書けるのは数十行がいいとこじゃないですか。折角の戦闘シーンだっていうのに、全然盛り上がりませんよ。
まったく、あの人たちは盗賊役としての自覚がなってませんよ。
もうちょっと、こう、何って言うか、乗客や村の子供を人質をとるとか、何か卑怯な駆け引きを持ち掛けて、こっちが困難を打開する見せ場を作ってくれたってよさそうなもんじゃないですか!?」
五分ほどで終了した戦闘に、ユリが身振り手振りを交えて興奮した様子で不平を漏らすと、その演説を聞かされたマリエラが呆れて言う。
「相変わらずだけど、あたしにはユリが何を言ってるのか全然わかんないわ。
それに、あんたがダンジョンで使ったみたいな落とし穴でも仕掛けとけば、それだけで済んだんじゃないの?
村の人には近寄らないように言っておけばよかったんだし」
「そっ……それはさ、ほら、いくら注意したって好奇心旺盛な村の子供が落ちるかもしれないし、おしっこしに夜中に起きてきた人が落ちたりするかもしれないじゃないですか。ねっ?」
ユリは、そんなこと考えもしなかったのだが、もし思いついていたとしても、言い訳した通りやらなかった可能性が高い。
「ほら、翅のあるGとかが落ちたときに、翔んで出て来ちゃったら嫌じゃないですか。だから絶対に生きて出て来れないような仕掛けにするんだから、人間なら確実に死んじゃうじゃいますよね。それで村の子供が死んだりしたら大変なことになるし、落ちたのが盗賊だったとしても、それじゃ拷問、じゃなくて尋問もできなくなっちゃうじゃないですか」
「翅のあるGって、グロスケファードのこと?
まあ、もう済んだことだからいいけど、次からは考えておいてね」
「……えぇ」
ユリが青い顔で返事をしたのは、王都のダンジョンでブレイヴ・ソードを追ったときに出会った超巨大ゴキブリのような魔物の姿を思い出してしまったからだ。現代の地球でも、チャバケゴキブリをそのまま大きくしたようなナンベイオオチャバネゴキブリは体長九センチメートルほどあるのだが、古生代に存在したペルミノブッタに至っては体長五十センチメートルに及んだと言われている。VR体験させてくれる会社のなかには、古生代の超巨大ゴキブリに囲まれるコンテンツを提供しているところがあるらしいが、ユリがそれを体験していたなら、やはり気絶していたのだろうか。
「それより、何なのよ、あの娘。
動きはいまいちだったけど、破壊力はジェイクより上じゃないの!?」
「何なのって、アルバートさんとクレアさんのことは、会ったその日に報告しましたよね?
アルバートさんは異端魔法使いで、クレアさんは超絶美少女で小柄だけど、すっごく重くって、カンフー使いみたいな技を使って悪党をミンチにするって。ジェイクさんと模擬戦したらいい勝負になるだろうってことも言いましたよ。みなさん、私の言うことは無視してましたけど」
「その説明を真に受けろってのが無理なのよ」
二人がそんな話をしていると、馬車の乗客たちが起き出して来ていて、戦闘中の轟音に目を覚ました村人たちも広場に集まってきていた。
辺りには、倒された盗賊たちの身体や、その一部が転がっている。気絶しているだけの者もいれば、血を流して死にかけている者もいる。死んだ盗賊も何人かいた。死んだのはウルフとジェイクが相手した者たちだった。一人はウルフが心臓を一突きにし、また一人はウルフの背後から切り掛かろうとしてした男で、ウルフが正面の敵の剣を避けたときに、その剣を頭に受けて唐竹割になったのだった。あとはジェイクに飛び蹴りを噛ましてきた男の足首をジェイクが掴み、ジャイアントスイングして別の盗賊にぶつけたときに、二人同時に頸の骨を折って死んでいた。
その一方で、重機のようなクレアに倒された盗賊たちは、顔が縦に半分に潰れていたり、手足の関節が倍になってぐねぐねしていたりで、体が著しく変形して原形を留めていない。しかし、不思議なことだが、息が出来ずに死にそうになっているものの、全員がまだ辛うじて生きている。クレアが手加減した……わけではなく、最初からそれを意図して破壊した結果なのだろう。
そのような暴虐の限りを尽くした当の本人はといえば、すっきりと気分が晴れたような満足顔をして、頭ごなしに叱るアルバートの言葉を聞き流していた。
「こっ……これは一体、何事ですか!?」
村長らしき老人が広場の惨状を目にすると、ユリたちの下に近寄ってきて、怯えた様子で声を掛けてきた。
護衛対象だった馬車の同乗者たちへも知らせる必要があるので、事情説明はウルフがする。
「ついさっき、盗賊に襲撃されたんで全て返り討ちにした。
いつの間にか入り込んでいたようだな」
夜になって土壁を越えてきたとは限らない。この広場に他の野宿グループはいなかったが、日中は通行料を払えば誰でも中に入れるのだから、旅人を装って入り込んでいた可能性は十分にあった。
(あるいは、村の中に拠点があるとか……)
そうユリは考えたが、どうせウルフたちにも分かっていることで、言えば大騒ぎになるので口にはしない。
「村人たちの中に、この中に見覚えのある顔が……といっても判別不能なのがあるか。潰れてない顔だけでいいから、見覚えがないか見ておいてくれ。
それでだ、ミラ、死にかけてる奴を死なない程度に治して、死体の顔の修復だけできないか?」
「うーん、ユリさんといると直し過ぎちゃうんですよねぇ。
それと、死んだ人の顔は、わたくしには直せませんよぅ」
「それなら俺がやりますよ」
ミラが出来ないと言ったときに、立候補したのはアルバートだった。
「あぁ~、あれをやっちゃうんですか?」
苦虫を潰したような顔でユリが問うと、ミラもまた渋い顔をしている。
「はい、あれです」
「「あれ?」」
何のことか分からないウルフとマリエラが疑問の声を上げる。ジェイクはこういう会話には加わらない。
ユリとアルバートが言った『あれ』とは、血仙蟲のパクりのような、チュービフェックス・キュアとかいうやつだ。治療の後に体内に残らないから、不死人になることはないという。蟲を介した施術であるためか、ユリが近くにいても治し過ぎるということもない。しかし、だからと言って容易に受け入れられるものではなかった。
「お任せしますけど、あれは他人から見えないようにやってくださいね」
その遣り取りを聞いたウルフが訊いてくる。
「なんだ、あいつはミラに出来ないような治癒魔法が使えるのか」
「ミラさんに出来ない、じゃなくて、ミラさんなら出来たとしても敢えてやらない、ですね。かなり好き嫌いの分かれる特殊な自称異端魔法なんですよ。でも、その効果は確かですね。
ミラさんがやらない理由については、アルバートさんの施術の様子をちょっと見てもらえば分かります」
ウルフとユリがそんな話をしている間に、アルバートがクレアに潰された顔や手足を、自分の体で隠すようにして修復していった。ユリの位置から、アルバートの手元の様子は見えていないが、ときどき「むちゃむちゃっ」とか「くちゃくちゃっ」とかいった、生理的に嫌悪感を催す音が聞こえて来て、ユリは背筋を寒くしていた。ウルフとマリエラは、その様子を覗きにいって、しっかりと目に焼き付けると、「「ううっ……」」と呻くような声を上げて蒼褪めていたので、ユリが言った言葉の意味はしっかりと理解してもらえただろう。
その後、修復の済んだ顔も村人たちに確認してもらったが、知っていると名乗り出る者はいなかった。
(知ってたなんて言うと、共犯扱いされかねないもんね)
直接口に出さなくても、いじめや村八分の対象になって、やがて村を出なければならなくなるだろう。
面通しも終わり、村人たちに手伝ってもらって、盗賊たちを縛り上げると、話の続きは夜が明けてからすることにして、とりあえず全員家に戻ってもらう。そして、隠れて盗み聞きしている子供などがいないことを確認すると、内輪の話を始めた。
「さて、困ったな。こいつらを警吏に付き出すにしても、この村まで来てもらうか、警吏がいる街まで連れて歩かないといかんのか」
ウルフが村人に預けていくという案を出さなかったのは、村人に預けた場合、盗賊全員が死体になることを恐れていたからだ。村人が盗賊に恨みを抱いているなら、彼らが手を出す可能性が高く、そうでなかったとしても、盗賊の仲間が口封じに来る可能性もある。そのとき、村人が命がけで盗賊を守ることはないだろう。
「気にしなくていいんじゃない?
こいつら何も知らないから、口封じなんて、する必要がないもの」
「「「「えっ?」」」」
必要ないと言ったのはクレアだ。
『ちょっと、クレアさん』
ユリが小声で問い質す。
『それって、盗賊全員の心の中を覗いたってことですか?
リーダーが口封じを懸念してるみたいな言い方もしてたし』
『こんな汚れ切ったもの、態々覗き込んだりなんかしないわよ。
勝手に聞こえてしまうって前にも言ったでしょ。
いろいろと手間を省いてあげたんだからいいじゃない』
いつのまにか心を読まれていたウルフはといえば、クレアの読心能力を知らないので、クレアの言葉はスルーしてマリエラに指示を出す。
「マリエラ、いつものように、口の利けそうなやつから訊き出してみてくれ」
「分かったわ。ユリ、あなたも手伝って」
ユリが一緒にいると、魔法の効果が増すということは、最近では当たり前のこととなっている。そしてマリエラの自白魔法で、ユリたちを襲った経緯を訊き出すことになった。しかし、いざ取り調べをしてみて分かったのは、こいつらが確かに盗賊で、王国軍の部隊が盗賊を装っていたわけではないということぐらいだった。なぜユリたちを襲ったのか、誰かから唆されたのかということは、いくら訊いても何の答えも得られなかった。
「どういうことだ?」
「どういうことなんでしょうね~」
「ちょっとウルフ、このおんぼろ馬車に大金を持ってそうな客なんて乗ってないし、目立つ護衛もいたのよ?
馬車を見かけたから、じゃあ今夜襲いに行こうか、なんてありえないでしょ」
(じゃあ今夜襲いに行こうか、ですって?
ちょっと待って、ちょっと待って。
まさかこの人たち、どこかで私とすれ違って、イオトカ君が仕事しちゃったとか言わないわよね? ねえ)
「邪気が濃かったわね」
ユリが冷や汗を流しているときに、ボソッとそう言ったのはクレアだ。
「確かにぃ、アルバートさんが顔の修復してた人達わぁ、不自然なほど邪気が濃かったですねぇ」
ミラもクレアの言葉を肯定する。
「えっ? えぇ~っ!?
ミラさん、それって、この人たちが盗賊で、悪人だからっていうんじゃなく、クレアさんの言う通りだって言うんですか?」
「そうですねぇ。
殺人鬼でも、あれほどじゃないっていうぐらいの濃さですねぇ」
「ちょっと待ってよミラ。益々分からないわよ。
そんな邪気が濃いって、こいつら、魔物の血でも飲んだっていうの?」
「そんなことしたら即死だな」
「じゃあ何で?」
「あのー、それって邪気入魂じゃないでしょうか?」
そう言ったのはアルバートだった。




