90 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!5】
ユリたちが座席に戻って馬車が再び走り出すと、同乗していた年寄りの乗客の一人が声を掛けてきた。
「よう、姉ちゃんたち凄えんだな。おりゃあ、これまであちこち旅してきて、いろんな魔物を見てきたし、ハンターの兄さんたちが魔物を退治するのも何度も見てきたけどよ、さっきみたいな魔物は見るのも初めてだし、あんなぶっ倒し方見るのも初めてだ。ましてや、あんな火葬風景、ぶっ魂消だよ。大したもんだ」
見たところ、身奇麗にした人の好さそうな初老のお爺さんだ。地方出身の商人か何かなのだろうか、どうも、身なりと違って口の利き方は少々粗雑なようだ。その男に対して、クレアが興味深そうな目を向けて微笑んでいて、アルバートがクレアの言葉遣いに悪影響があるから近づかないでくれといった顔をしているのが分かる。
「別に大したことないですよ」
問いかけられた質問には、ユリが少し警戒して、素っ気なく答えた。人の好さそうな相手に対して警戒していたのは、以前、王都の街で変に訛った男と出会ったときに、自動翻訳なのに訛ることの異常を感じ取っていたからだ。
「ところでさっきよ、あんたら化けもんの殻の欠片集めてたろ。あれ街で売るんか?」
「売れるようなら売ろうかと思ってますね」
「ああいうのはよ、何か変な呪いが刻んであったりして、馬車で移動してるときに、他の魔物が飛び出してきたりしねえんかな」
「別に何も書いてなかったんじゃないかな~。
マリエラさん、何か気づきました?」
「さあ? 焼却前にひと通り見たけど、少なくとも表側には呪文も魔方陣も何もなかったと思うわよ」
「というわけで、大丈夫です!」
「そうか、いや、後ろからいきなり食われたりしなけりゃいいんだ。
邪魔したな。兄ちゃんも姉ちゃんも、この後も護衛よろしく頼むな」
そういうと、爺さんは手を振りながら自分の席に戻って、窓の外の景色を眺め始めた。
* * *
その日の夕方近くになって、王城ではエレノーラの部下のシリモンチェの下に伝令が訪れていた。シリモンチェは、その内容を吟味し、すぐに必要な指示を出したうえで、エレノーラに、ユリたちが六頭のスランムソマトースに襲撃され、それを撃退したことを伝えてきた。
「それで、全員無事なのですね。どのように撃退したのですか?」
「はい、乗員にも馬車にも何の損傷もありません。
撃退は呆気ないほど簡単に。いや、撃退したと言いましたが、同乗していた手の者によると、スランムソマトースたちが目に見えない岩壁に激突して自滅したということで、戦闘にすらなっていません」
「ふふっ、それならユリさんの魔法ですね。
頼もしくも容赦ないのが相変わらずです。
それにしても、襲ったのが国王軍の中でも限られた部隊にしかいないはずのスランムソマトースですか。どこの部隊のものが使われたのか判明してますか?」
「残念ながらまだ。
彼らがスランムソマトースの外殻を焼却したときに原型を留めずに砕けてしまって、そのミスリルの残骸も彼らが持って行ってしまったため、外殻に刻印された通し番号を確認できなかったということです」
「まあ、外殻を持っていかれてしまいましたか。
ミスリルとはいえ、六頭分だとかなり重そうですけどね。
馬車にそんな余裕があるとも思えませんが、どうやったのでしょう」
「あの者は、レッド・グレイヴの自滅騒動のときに、異空間に置かれた小屋と繋ぐ魔道具を使っているので、今回もそれを使ったと思われます」
「ああ、そういえば私専用の謁見の間を壊したときにも、似たようなものを使っていましたね」
「スランムソマトースの出どころについては、現在、各部隊の所有数が減っていないかを調べさせているところです。また、外殻を次の街で売り払うかもしれないので、そちらにも調査の者を送っています。ただ……」
「ただ?」
「軍部で公式に所有していたものでない可能性もあります」
「横流しですか」
「あるいは別に作られたか、横流しされた個体の子孫の可能性も。手下が直接確認したわけではありませんが、魔物の死体を焼く前に、何も書かれていなかったらしいです」
「それが確かなら管理対象外の個体ということになりますね。
犯人捜しは容易ではないということですか。困ったものです。
報告の内容は分かりました。ご苦労さまでした。
今後も監視の継続と報告をお願いします」
「御意」
* * *
エレノーラたちが、そういう会話をしていたのと同じ頃、ユリたちは最初の中継地に到着した。
江戸時代の日本の街道だと、歩いていける距離ごとに宿場町があったものだが、西洋には宿場町という文化がない。そして中世ヨーロッパ風の文化のこの国にも宿場町は無かった。中継地までは、短いときは馬車で半日かけてぎりぎり辿り着くかどうかの距離。場合によっては三日かかるときもある。そうなると、途中で野営や野宿をすることが避けられない。
あのような襲撃事件の後なので、安全な中継地で休めることは幸いだった。
「それにしても、結構しっかりとした作りですね~」
危険な獣や魔物が出やすいということなのだろうか、雑な作りながらも、周囲を高い土壁に囲まれた村だった。土壁と言っても、単なる土塁ではなく、石を積み上げた壁に、足掛かりをなくすための土を塗って表面を滑らかにしたものなので、かなり頑丈なものだ。
ユリたちは通行料を払って中に入る。ちなみに、日本の宿場町と違って、寄らずに通り抜けるということができない。態々脇道を塞いで、通行料を収入源としているらしい。
残念ながら、ここに宿泊施設はない。ただ、草地の広場は使わせてもらえたので、そこでテントを広げて野宿することとなった。こういった場合、食事は各自で用意したものを食べるものだが、ユリは他の乗客たちの食事も用意した。香辛料をまぶした焼き立ての串焼きとか、熱々の具沢山のスープとかを隠し持っていたが、他の乗客たちに見られながら自分たちだけでそれを食すのは忍び難く、かといってそれを食べずに不味い食事で我慢するのも嫌だったからだ。
寝るときはテントの中で地面に布を敷いて、そのまま横になる。ユリは専用の携帯小屋の中に、トイレや風呂やベッドの他に、コンロや食器棚など、一軒家にあるようなものをほぼ全て取り揃えてあったが、さすがにここでそれを使うわけにはいかない。トイレだけは、他人から見られない木陰で入り口を開いて、自分で使う他、マリエラとミラにも使わせていたが、ベッドは隠れて使うわけにはいかなかったのだ。それに、土壁に囲まれているとはいえ、護衛という立場なので、警戒を怠るわけにはいかない。順番を決めて、ウルフから順に夜番に立つので、携帯小屋の中に引き籠っていられないのだ。
「仕方ないわね~」
旅の間くらいは我慢しようと思うユリであった。
「ねえ、ユリ、ユリ、ちょっと起きて。ねえ、起きてったら」
ユリがぐっすりと寝入っていると、深夜にマリエラが、ユリの肩を揺すりながら小声で呼び掛けてきた。
「ふぇ~? マリエラさぁん、交代ですか~?」
寝ぼけ眼でユリが答える。
「交代はまだだけど、あんたのトイレに行きたいの。ちょっと付き合って」
「ふぁあ~、子供じゃないんだから、トイレぐらい一人で行けばいいじゃないですか~」
「あんたが一緒じゃなきゃ、あんたのトイレは使えないじゃないの」
「……、あ~、そういえばそうでしたね~」
本当のことを言えば、携帯小屋はユリでなくても開くことが出来る。ただ、ユリの収納バッグには、今は他に色々と仕込んであるので、丸ごと貸し出すと、間違ってデストピアの携帯農場にマリエラが落っこちたりしかねない。それだと不味いので、普段は自分にしか扱えないかのように振る舞っているのだ。
眠い目をこすりながら木陰に入ると、仮設簡易水洗トイレを設置してある携帯小屋を開いて、マリエラと二人で小屋の中に入って、順番に快適なトイレで用を足す。用が済んで、さあ、それでは戻ろうかと、室内の灯りを消して携帯小屋を出ようと扉を開きかけたときに、扉の近くに人の気配がした。今外に出ると、気付かれてしまうので、マリエラと二人、声も出さずに様子を見ていたら、真っ暗な中で男たちの声が聞こえてきた。
「あの連中か」
「ああ、一人だけ夜番がいるが、あとは寝静まってる」
「村の連中は」
「まだ起きてる奴もいるようだが、なあに、襲う相手は他所もんだ。村に手を出さなけりゃ、俺たちが何をしようと見て見ぬふりさ」
『マリエラさん、野盗かなんかみたいですよ。
しかも村が連中に協力してるみたいです』
『そうね。盗賊たちに餌場を提供する代わりに、村は襲わないって取り決めでもしてるんでしょうね』
『どうします、こっちから襲っちゃいますか?』
『人数が分からないし、まだ盗賊と決まったわけじゃないわ。それに、ウルフだって、とっくに気がついてるでしょ。もう少し様子を見ましょ』
『念のため、防護障壁だけ張っておきます?』
『それもいいけど、襲わせて返り討ちにした方がいいわね。
他の乗客だけ守ることって出来る?』
『ちょっと面倒ですけど、やってみます』
相手に気づかれないように、ひそひそと相談していると、男の一人が、ユリたちに背を向けるようにして暗がりから姿を見せる。ウルフが焚火を付けたままにしているので、シルエットがはっきりと見えている。ユリは、ここから攻撃すれば簡単に倒せそうだと思ったが、マリエラに止められているので自重することにした。
すると男が大声で号令を発した。
「やっちまえ!」
「「「「おおっ!」」」」
ユリたちの更に背後にいた何人かがその声に応じたが、馬車の乗客を囲むように姿を見せた人数は総勢二十人くらい。一斉攻撃なのでそんなことはないと思うが、もしかしたら陽動のつもりだったのかもしれない。もしそうなら、かなりのアホ集団だ。
このとき、ウルフは既にジェイクとミラを起こしていた。マリエラが少し前にユリを起こして用を足しに行ったのは知っている。おそらく今頃は木の陰から様子を窺っているだろうと考え、全員で返り討ちにしようと待ち構えているところに盗賊の一人が飛び込んで来た。すると、ウルフが剣を構えたところで、素早く相手の懐に飛び込んで、正拳突きを叩き込んだ影があった。
ばがぁーーんっ!
雷鳴のような轟音が鳴り響く。相手の男はといえば、胸の防具の心臓の辺りが大きく凹んでいる。そのとき月明かりで見えた姿は十二歳くらいの金髪の美少女、クレアだった。男が顔を真っ青にして倒れこもうとしたところで、次は股間を蹴り上げる。
ぼごんっ!
今度は線路に置かれたドラム缶を列車が衝突して跳ね飛ばしたような音だ。なぜか先程から、美少女が殴ったり蹴ったりしたときに鳴ってはいけない音が聞こえてきている。
「照明つけます!」
ユリはそう言うと、上空と周囲に複数の光の玉を作り出して、辺りを昼のように明るく照らしだした。
「「ぎゃぁー!!」」
おそらく目の前で光源を見てしまったのだろう、姿を見せずに隠れていた盗賊の何人かが悲鳴を上げた。
それを皮切りに、大乱闘が開始された。近接戦闘なので、前に出て戦うのはウルフとジェイクだ。ウルフは剣で、ジェイクは拳で戦っているが、なぜかそこにクレアが混じって、嬉々としてジェイクと競うように大立ち回りを繰り広げている。
ユリが携帯小屋から出て行くと、いきなり背後から切り掛かられたが、「カキンッ」という音を立てただけで、体表に防護障壁を張っているユリに利くわけもない。纏わりつく藪蚊を探すかのようにユリが辺りを見回して、剣を握ったまま目を見開いて固まっている盗賊を見つけると電撃をかます。
「ふぎゃ!」
そう叫んで一瞬で昏倒した盗賊を見下ろすようにしてユリが言う。
「大したことないんですね」




