89 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!4】
スランムソマトースらしき魔物の死体の山を前にして、ウルフたちがうだうだと議論を続けていたら、待ち草臥れたミラが割って入ってきた。
「はぁい、みなさぁん、そこまでにしましょうねぇ。
いつまでもこんな所で議論していても意味ないですよぅ。
さっさと魔物の死体を片付けて、先に進みましょうねぇ」
ミラが冷たい視線で締めてきたので、全員その言葉に従うことにした。誰も口に出して言ったことはないが、ミラを怒らせてはならないというのが、ラッシュ・フォースを知る人々の暗黙の了解であった。事情を知らないクレアまでが若干怯えたような顔をしていたのは、察するところがあったのかもしれない。
「それはいいけど、これって燃えるの?」
マリエラが疑問に思ったのは、目の前の魔物たちの死体を覆っている金属光沢のある皮膚だった。金属製の鎧と同等の強度なら燃やすのは難しそうだ。
「確かに燃えにくそうですけど、血と骨と肉さえ残らなければ、殻は燃え残ったっていいんじゃないですか?
リーダーはどう思います?」
ユリがそう言ったのは、血と肉は他の魔物を呼び寄せるから、骨はスケルトンになる恐れがあるから、それぞれ焼き尽くすのが倣いだが、鎧のような皮膚は気にしないでいいのではないか、ということだ。
「俺も、こいつらを見るのは初めてだからなー。
焼け残ったものは土に埋めておくだけでもいいような気もするが、可能なら焼き尽くしたいところだな」
ウルフがそう言ったところで、アルバートが名乗りを上げる。
「俺がやりましょうか?
魔改造したアシッドスライムがあるんで……」
「「「結構です!」」」
「スライムを使うのはやめておこうか」
「うむ」
ユリたち女性陣が即座に拒絶したのは、スライムストームで死の恐怖を味わった生々しい記憶が残っているからだ。とくにユリとミラは、アルバートの悍ましい見た目の治癒魔法を目にしているので、碌なことにならない気がしたのだ。
「焼くのは私がやります」
そう言って立候補したのはユリだった。あまり目立ちたくはなかったのだが、嫌なものを見せられるよりはマシだと考えたのだ。
「ユリ。やり過ぎちゃ駄目よ」
「街道ごと燃やし尽くさないでくださいねぇ」
「ちゃんと手加減しろよ」
「うむ」
「お手並み拝見ね」
最後の発言はクレアだ。
「みんな失礼ですね。ちゃんとやれますよ」
そう言って街道脇に穴を掘ると、ウルフとジェイクに死体を街道から押し出して穴に落としてもらう。そんなことをしないで、アイテムボックスに放り込んだ方が簡単なのだが、その存在は秘密にしているので、見ず知らずの大勢が見ている前でやるわけにはいかなかった。
「クレアさんは手伝ってくれないんですか?」
「あのさ、こんなか弱い少女に何をさせようって言うのよ」
クレアの言葉に、クレアの本性を知らない者たちが頷いている。
「クレアさんなら、掌底一発で押し出せるんでしょ?」
ユリが反論すると、今度はアルバートが頷く。
「無理よ。生きてる時ならともかく、邪気の抜けた死体じゃ無理」
「どういう理屈ですか」
そうは言ったが、クレアの言うことは分からないでもなかった。
(王城に出現したデーモン・スレイヤーも、邪気を帯びたものとしか接触できないようなこと言ってたもんね)
クレアの力にも似たような性質があるのかもしれない。そんな風に考えていると……。
「騙されないでください。こいつは殴ろうと思えば、たとえ相手が無垢な子供であっても平気で殴れますからね」
「巫山戯たことを吐かすな!」
(そりゃ怒るわよね。クレアさん、そんな酷いことしそうにないもの……)
「餓鬼どものどこが無垢なものか。あいつらは盗むは覗くは壊すは殺すはで、善悪の判断ができていないから悪事の遣り放題ではないか」
どうやら、クレアが怒った点が全然違ったようだ。
クレアを構成する妖精たちは、森に入り込んだ子供たちが、親が見ていない所で好き放題にする姿を長年に亘って見てきていた。猫が食べるわけでもない獲物を狩るように、子供というものは、罪のない虫や小動物を楽しみで殺す。子供たちは、それを悪いことだと親兄弟から教えられることで、そういう行動が治まって行くが、教える者がいなければ悪党への道を突き進むのだ。
「クレアさん、また言葉遣いが爺臭くなってますよ」
「うっせいわ!」
ともかく、手伝う気がないようなので、ユリがそのことを不服そうに作業中のウルフたちに伝えると、笑って返事があった。
「なに、もう少しだ。俺たちだけで構わんさ」
ウルフがそう言うと、結局ジェイクと二人で顔を真っ赤にして最後までやってしまった。一頭当たり約八百キロの重量なので、やれたことが凄い。
全ての死体を穴に放り込んだところで、人々を遠ざけて、ユリが一歩前に出て宣言する。
「それじゃ、焼却しま~す」
そう言うと、ユリは穴を囲うように裏返しの防御結界を張る。何度もやっていることなので、最近は手慣れてきている。ただし、今日のやつは特別版だ。いつものは天井のない円筒形で、目には見えない無色透明な結界なのだが、今日の結界は完全密閉の球体型。不透明な灰白色の色が付いているので視認でき、地上部分だけ見るとドーム状になっている。これは、次元魔法の球形の結界を二重にして、その隙間に結界のスポンジのようなものを詰めたものだ。
ユリがその中で独自魔法を使ってプラズマを発生させ、摂氏約三千度以上になるように加熱すると、熱こそ漏れ出て来ないが、防御結界のドームが青白く眩しい光を放って輝き、朝日が当たっていなかった街道を炎天下のように照らし始めた。
暫くの間、全員でその輝くドーム眺めていたが、ふと思い出したようにウルフが呟く。
「この明るさは、まるで太陽だな。明るいのはいいが、これで本当に魔物の死体は焼けているのか?
灼熱地獄というのは、もっと赤いものだと思ってたんだがな」
その疑問にどう答えようかとユリが迷っていたら、アルバートが自分の出番だとばかりに解説を始めた。
「太陽は言い過ぎですが、かなりの高温であることは間違いないですよ。
熱放射っていうのは、温度が高いほどエネルギーの大きい、波長の短い光が発生するので、その色は温度が上がると赤から黄色へ、そして白、青へと変わっていくんですよ。最も、硫黄が燃えるときは青白い焔になるので、青白ければ高温というわけではありませんけどね。
この内部の温度は、おそらく三千度から一万度くらいじゃないですかね。
人間だったら骨も残らないでしょう。
相手は魔物とはいえ、その体は、この地上の物質で出来てるんです。物理的な理から大きく外れるということはありません。だから大丈夫。ちゃんと燃えてますよ。
……ところでユリさん、これって最後はどうするんです?
体積一定なら、気体の圧力は絶対温度に比例するので、内部は三十気圧くらいになってますかね。下手に結界を解除すると、核弾頭とまではいかなくても、大型爆弾が炸裂したような被害がでますよね。圧力釜の蒸気抜きのようなことするとしても、結構な上昇気流が発生して雨ぐらい降ってきそうですし」
「あ゛……」
後のことは何も考えていなかった。
(どうしよう。丸ごとアイテムボックスに入れて、一万年くらい時間経過させたら冷えるかな。あぁっ、でもここではみんなが見てるからアイテムボックス使えないんだった……)
「ちょっとユリ! あたし、やり過ぎないでって言ったよね?」
マリエラが今にも怒りだしそうな気配を見せ始めた。このままだと、その両手の拳骨がユリの側頭部を挟んでぐりぐり攻撃を始めそうだ。
「だ、だぁいじょうぶですよ。はっ、はっ、は」
裏返った声で平気を装った返事をしたものの、すぐに何とかしないといけない。いけないのだが、焦るとついつい現実逃避したことを考えてしまう。
(そういえば、顳顬って字は、なんで耳が三つもあるの?
あっちの世界に、そんな妖怪いたっけ?
だいたい、画数の多い字って嫌いなのよね)
ユリは自分の本名、糊鹼龥驪燐のトラウマから、画数の多い字が苦手だった。
ちなみに『顳』に耳が三つあるのは、三つ耳の妖怪ではなくて、それぞれ別の人の耳。『聶』という漢字もあり、大勢が耳を寄せ合っていることを意味する形成文字だと言われている。『囁く』で使われる字だと言われれば、その意味も分かるだろう。
ユリは、冷や汗を掻きながら必死に方策を考える。
(アイテムボックスの中に向かって圧抜きする?
あぁっ、それだと舞い上がってる灰まで出ちゃて中に何も残らなくなるからだめか。ええっと、それじゃぁ……)
そして一つの考えがまとまった。
「もう焼きあがったと思うので、放熱します!
周囲が熱くなるので、離れてください!」
そう言うと、結界に突き刺すように八枚の防御結界を応用した放熱板を取り付けた。
すると、放熱板からもわっと熱気が上がり、上昇気流が発生して放熱板を冷やしていく。
「このぐらいなら、雨が降り出すことはないはず……です」
水を掛けたいところだが、それをすると雲が発生してしまうので我慢する。
やがて、焼き上げたのと同じくらいの時間を掛けて内部を冷却すると、放熱板を外して結界を解除した。
「お焚き上げの完了です!」
「ユリさん。お焚き上げというのは、お札とかお守りを浄火で焼くことで、魔物の焼却に使う言葉じゃありませんよ」
「アルバートさんは、いちいち細かいですね~。そんなんじゃ、彼女ができませんよ」
「今はクレアの世話で手一杯なんだ。放っといてくれ!」
「クレアさんといい、アルバートさんといい、二人とも怒りっぽいんですね」
ユリたちが穴の中を覗くと、白い粉のような灰が一面に敷き詰められていて、握り拳くらいの大きさの銀色の金属の塊が点々と残っていた。
「ほぅ」
ウルフが穴に入って、その金属の塊のひとつを拾ってくる。
「あいつら、こんなものを身に纏ってたんだな」
その塊をアルバートが受け取って素材を鑑定する。
「へぇー、硬くて軽いですね。アルミ合金あたりでしょうか。ユリさんにはミスリルって言った方がわかりやすいかもしれませんが」
「え? ミスリルってアルミ合金なんですか?」
「ファンタジーでは未知の金属ってことになってますけど、そんなものは存在しえないので、現実的にはアルミニウムやマグネシウム、あるいはチタンの合金だろうと言われてますね。ちなみに、黄金色のオリハルコンは真鍮のような銅合金だろうと考えられます」
「夢の無い話はやめてください。
そもそも、それは魔法のない世界の話ですよね?」
「魔法があるから何でもありというわけではないんですよ?
このクレアだって、この世界の理の下で存在してるんです」
「おい。あたしを物扱いするな」
「それはともかく……。
リーダー、これって売れるんですか?」
「そうだな。加工できる奴なら買うかもしれんが、普通の鍛冶屋では扱えないから買わないだろうな。商会に持ち込めば、買ってくれるかもしれん」
加工できない者にとっては単なる道端の石。商会なら売り先の伝手があるから買うだろうということだ。
「それじゃ拾っていきましょうか!!」
ユリがひとり穴に降りて金属の塊を拾い集めてみれば、結構な量があった。マリエラたちは降りてこない。いくら軽い金属とはいえ、普通だったらそんな嵩張る物を旅の途中で拾っていくことなどありえないので、それも当然だろう。しかし、ユリには収納バッグがある。アイテムボックスは未だ秘密にしているが、収納バッグの存在は王女殿下にも知られているので、隠そうとはしていなかった。もちろん、見られて困る物は、その中には入れていない。
ユリは、収納バッグの携帯背負子では入りきらないので、携帯小屋を開いてそこに拾い集めた塊を運び入れた。
その作業が終わると、穴から這い上がって穴を埋める作業をする。道端なので押し固めたりはしない。作業が終わると、そのまま出発した。
「ユリさんって、何かに呪われてるんですか?
出発早々にこれじゃ、前途多難ですね」
アルバートにそんなことを言われても、否定できないユリであった。
(そりゃイオトカ君とかがいるけど、呪いとは違うわよ!)




