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88 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!3】

 ユリたちが揃って空を見上げると、そこでは鷲の姿をしたドロンチョが、旋回しながら甲高い声で、けたたましく鳴き続けている。

「キィーッキーッキーッ(魔物(モンスター)スランムソマトースの群れ発見!!)

 キィーッキーッキーッ(六頭が馬車を追跡中!)」

「えええっ!? 早い! 早いですよ!

 まだ王都を出発したばかりの雑談タイムじゃないですか!

 いくら何でも早過ぎますよ!」

「ちょっと、ユリ!

 あの鳴き声って、あんたの召喚獣の警戒音でしょ!?

 何って言ってるの!?」

 一緒に空を見上げていたマリエラが、異変に気づいて、すぐさまユリを問い詰めた。以前マリエラがあの鳴き声を聞いたのは、東の街から王都に向かうときにに魔物(モンスター)発見を知らせてきたときだった。だから、あの召喚獣が警戒状態であるということは分かっているが、具体的に何を言ってるかが分からない。しかし、召喚主のユリなら理解していることも知っていたので、それを訊いてきたのだ。だが、それに答えたのはユリではなかった。

「スランムソマトースって魔物(モンスター)が向かって来てるってさ」

 その返事をしたのはクレアだった。

「「「魔物(モンスター)!?」」」

 クレアの言葉に、ミラとマリエラ、そしてアルバートが反応する。

「ふ~ん、あんた、あんなものまで持ってたんだ」

 クレアは、にやにやと笑いながら、ユリの新たな一面を知ったことを喜んでいるようだ。

「ええっ!?

 クレアさん、あの子の言ってることが解るんですか!?」

 ユリにはドロンチョが普通に言葉を話しているようにしか聞こえていないので、普段は周囲がドロンチョの言葉を解っていないことが分からないのだが、かつてのマリエラたちの振舞いから、ドロンジョの話し声は自動翻訳のおかげで自分にだけ聞こえているということを理解していた。だからこそ、クレアがドロンチョの鳴き声を理解しているのが意外だった。

「そりゃわかるわよ。あたしと同じで、作り物の身体を生態に偽装してるんだもの」

「ちょっと待ってください。あの子はクレアさんみたいな精霊人形じゃありませんよ。おかしいじゃないですか。

 あっ!

 さては、ドロンチョちゃんの声を聞いた私の頭の中で又聞きしましたね!

 あれほど、他人(ひと)の心を覗き見するのはダメだと……」

「待って待って。あんたの心なんて覗いてないわよ。駄々洩れの声は聞こえてるけど、あんたの独り言は頭が痛くなるから、できるだけ聞かないようにしてるし。あたしが、あの人形の様なものの声なら解るんだから、それでいいじゃない」

「え~~っ、それって本当ですかぁ~~?」

「ユリ! 今はそんなこと話してる場合じゃないでしょ!

 今すぐ、魔物(モンスター)の状況を説明して!」

 緊急事態の最中に脇道に逸れ始めたユリを叱り飛ばしたマリエラが、窓から身を乗り出して前方を確認するが、街道沿いにとくに目立った様子はない。

「マリエラさん、そっちじゃありません! 後ろです!」

「後ろ!?」

 後方には、ぎりぎり目視可能な遠方から、銀色の鎧を身に纏ったイノシシのような魔物(モンスター)の群れが走ってきていた。隠れるつもりもないのか、かなりの騒音を立てて走っているようだが、馬車の騒音に掻き消されて聞こえていない。そもそも、ユリたちの周囲には防音結界が張られている。

 ユリが車内の防音結界を解除し、マリエラが振り向くのとほほ同時に、後方を警戒していたリーダーのウルフが叫んだ。

「敵襲だ! ジェイク! 馬車を止めるな! スピードを上げろ!

 ユリは防御結界を! ミラとマリエラは攻撃準備!」

 その声が届いたのか、馬車が若干加速する。とは言っても、乗合馬車の速度は極めて遅いので、早歩き(時速五キロ)からジョギング(時速八キロ)に変わった程度だ。対して追手の魔物(モンスター)たちの速度は時速八十キロぐらいある。このままでは、ミラとマリエラの詠唱が終わる前に、声も立てずに後ろに迫って来た魔物(モンスター)たちに追いつかれてしまうだろう。

 そう考えたユリは、ウルフが今にも馬車から飛び降りようと身を乗り出したところで、指示された通り防御結界を張った。

 ただし、自分たちにではなく、街道上で、追いかけて来ている魔物(モンスター)たちを囲うように。

 そして、その直後。


 ががんっ!!

 ぐわしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃん!!


 巨大な鉄球をビルに打ち付けたような轟音に続いて、金属の構造物が潰れるような音が連続して聞こえてきた。

 ユリが張った防御結界は、地下の岩盤に固定された不動の結界だ。鉄壁の守り。透明で目には見えないが、極めて硬くて頑丈な岩山のような壁。追いかけて来ていた魔物(モンスター)たちは、その壁に次々と頭を打ち付け、全速力で岩壁に激突した自動車のように、自身の運動量と運動エネルギーで次々と潰れていった。


「あ~~、ジェイク。馬車を()めてくれ」

 ウルフが呆れ顔で御者台に声を掛けた。

 ユリはといえば、死体の山が築かれたのを見届けると、街道に張った防御結界を解除していた。

 馬車が止まると、ウルフが馬車を降りて、警戒しながら死体の山を見に行く。ユリたちも、状況を確認しにリーダーの跡を追った。


「へ~ぇっ、あんたって結構えげつない魔法を使うのね」

 ユリたちに付いてきていたクレアが、現場を見て非難めいた言い方をするのでユリが反論する。

「そんな人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。攻撃魔法で街道を壊しちゃうと、その後の原状復旧がもの凄く面倒なことになるんですよ。だから、攻撃はしないで、魔物(モンスター)さんたちに自滅してもらったんじゃないですか」

「ユリ。あんたは間違ってないわ。あんなのと真正面から戦う必要なんて、どこにもないんだから。

 それでもね、これは、その()の言うとおり、えげつないわ」

 ぐっちゃぐちゃに潰れた死体の山を前にして、マリエラからも言われてしまった。なにより、魔物(モンスター)の死体が原型を留めていない。魔物(モンスター)とはいえ四足動物の系統なら、ある程度は鼻先の尖った頭の形をしているものだが、死体の顔は平面に潰れて眼球が飛び出し、割れた後頭部からは血と脳漿が噴き出していて、胴体も縦方向に潰れて、腹が破裂して中身をぶち撒け、辺りにどす黒い糞尿混じりの大きな血溜まりを形成していた。かなりの悪臭も漂っている。驚いたことに、遠目に金属製の鎧に見えたものは、金属光沢のある魔物(モンスター)の皮膚だった。

「そんな、私だって考え無しにやったわけじゃないんですよ。

 板状の防護障壁を相手の進行方向と平行に十センチ間隔で並べて、大根のツマを作るためのピラーやスライサーみたいに使う方法とかもあったんですけど、それだとスライスした死体の山になるんで、もっと酷いことになるんですから。こっちの方法なら自重で潰れるだけですからね。ただ、相手の体重が重くって、勢いよく正面衝突してくれないといけないんで、それを見極めたうえで使ったんですからね」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけどなー。

 まあいいわ。そんなことより、この魔物(モンスター)って何?

 さっき、その()が『スラなんとか』って、舌を噛みそうな名前を言ってたけど、ユリは知ってるの?」

「ええっと……何でしょうね?」

 ドロンチョのAIは知っていたのかもしれないが、ユリは知らなかった。

 全身がかなり潰れて原型を留めておらず、判別しにくくなってはいるが、どことなく石頭猪(ハーデイーボア)に似ていなくもない。それを大型化して金属製の鎧を着せたような姿。ただし、その鎧は皮膚で、鎧が覆うのは前面と背面のみ。体重は一頭あたり八百キロくらいはありそうだ。

「そういえば、コロシアムの闘技場に現れた正体不明の魔物(モンスター)に似てなくもないですね」

 ユリが思い浮かべたのは、グリプトドンの親戚のような魔物(モンスター)だった。

「スランムソマトース。

 かつて攻城戦用特攻武器として人の手で作られた魔物(モンスター)だ」

 そう教えてくれたのはリーダーのウルフだった。

「えっ!? 魔物(モンスター)って作れるんですか?」

「かつてはな。とっくの昔に技術が失われたので、今は作られていない。軍部が極秘に飼育し続けているという噂だけはあったが、その実態は公表されてないから俺でもわからん。しかし、これが実在するってことは、あのときの魔物(モンスター)はこれの実験体だった可能性もあるな」

「それって、新たに魔物(モンスター)の製作をしてるってことですよね?」

「その可能性があるってだけだ。

 それはともかく、問題なのは、こいつらが王都の側から来たってことだ。

 野生のスランムソマトースは存在しない。そして、それを保有しているのは国王軍だけだ」

「国王軍ですか? 王国軍じゃなくて?」

「ああ、この王国の軍ではなく、国王の軍。その役割は、主として国王に反旗を翻した領主を討伐することだ。そんな軍が保有している魔物(モンスター)が使われたということは、国王軍の関係者が俺たちの抹殺を謀った考えざるを得ない」

「え~っ、本当ですか~?

 それって変じゃないですか。国王軍しか持ってない魔物(モンスター)なんか使ったら、すぐにバレるじゃないですか。そんなもの使いますかね~?」

「人間相手の攻城戦なら、かつては無敵の城壁破りと言われていたやつだからな」

「城門じゃなくて城壁?」

「ああ、城壁だ」

「この脚で城壁を登れますか?」

 見たところ、山羊とは違い、岩壁を登るのは無理そうな体形と脚をしているので、ユリが疑問に思うのも当然だった。

「登るんじゃない。体当たりして城壁を突き破るんだ。

 城門の周りには敵を迎え撃つ用意があるが、城門から離れた城壁の守りは、それほど強固じゃないからな。攻める側からすれば、城壁の好きな所に穴を開けられる方が都合がいいんだ。

 ただ、スランムソマトースを使ったとするなら、少しだけ腑に落ちない点がある」

「腑に落ちないって、何がです?」

「スランムソマトースは特攻兵器だと言っただろ。城壁破りをするときは、こいつらに体当たりさせるだけじゃなくて、爆裂魔法を仕込んだ魔殻を持たせるものなんだ。だが、爆発は起きなかった。不発だったのかと思って探してみたが、どこにも魔殻は落ちていない。最初から魔殻を持たせていなかったんだ」

「あたしたちを見くびって、手を抜いたとか?」

「それはどうかな。

 俺たちの中に防護障壁を使える魔法使いがいると知っていたからこそ、スランムソマトースで障壁をぶち破ろうとしたはずなんだ。闘技場で派手にやったことは大勢が見ている。それなのに手加減するとは思えん。

 あるいは、国王軍とは別の奴らの仕業と考えられなくもないが、そういう風に疑いを逸らそうとしたのかもしれん」

「要するに、リーダーはまだ、犯人が誰なのか、絞り込めないってことですね」

「ウルフってば、偉そうに講釈垂れたくせに、恰好つかないわね」

「うるせえ」


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