87 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!2】
「ちょっと、クレアさん!
それってどういうことなんですか!?」
自分が行くと悪いことが起きる予感がすると言われたユリが、馬車の中にいるクレアに向かって、膨れっ面で文句を言う。そう言いたくなる気持ちも分からないではないが、イオトカ君がらみで周囲の人々に散々不幸を撒き散らしてきたというのに、彼女は今以て自覚が足りていなかった。それに、その悪口ともとれる言葉は、普通の人が語った戯言ではない。大きな森ひとつ分の精霊を宿した精霊人形の言葉なのだ。神の言葉でこそ無いが、十分に信憑性のある言葉と言えるだろう。そしてユリもまた、それが分かっているからこそ、否定したいのだった。
「だいたい、精霊さんには自我が無いとか言ってませんでしたっけ?
それが何で、そんな告げ口みたいなことが出来るって言うんですか!」
「あれっ?
あの子たちに自我はないけど、感情はあるって言ってなかったっけ?
それに、告げ口したわけじゃないの。たまたま風に乗ってあたしのいる所まで流されてきたあの子たちが、何か嫌な予感がするっていう不安な感情をぶつけてきたのよ。きっとあんたが、精霊たちが怖がるようなことを、これまで沢山、この街でしてきたんでしょうね。精霊っていうのはね、人が死のうと生きようと、そんなことには全然興味が無いし、あなたたちから見たら神経が図太いんじゃないかって言われるぐらい、大抵のことには驚いたり怖がったりしないものなのよ。それなのに、あの子たちが怯えるって、あんたよっぽど酷いことしたのね」
「あらあら、ユリさんってば、そんなことしてたんですかぁ?」
クレアのジト目の発言に続いて、すぐ後ろからミラの声がしたので振り返ってみれば、いつの間にかラッシュ・フォースの四人が様子を見に来ていた。ユリが声を荒らげたので、周囲の乗客たちも目を向けて聞き耳を立てていることに気づいて、ユリは慌てて訂正する。
「ミラさん、違います! 誤解です! これは冤罪です!
ちょっと、クレアさん!
みんなの前で変なこと言わないでくださいよ!」
「なんだユリ、おまえの知り合いか?」
「あっ、はい、リーダー。
この二人が、昨日話したクレアさんとアルバートさんです」
「ほう。
俺はラッシュ・フォースのリーダー、ウルフだ。
こっちがミラにジェイク、そしてマリエラ。
昨日はユリとミラが世話になったと聞いている。五人でこの南方行きの馬車の護衛を務めるんで、一緒の道中よろしく頼む」
「ああ、いえ、こちらこそユリさんとミラさんに高級店でご馳走になって感謝してます。
俺はアルバート、こっちがクレアです。どうぞよろしく」
「へぇーー。普通に可愛らしい美少女じゃないの」
「マリエラさん、見た目に騙されちゃ駄目ですよ。
埴輪顔のまま大魔神になって暴れるような子なんですから」
「あんたが何に例えてるのか全然分かんないんだけど、本当にこの娘がジェイクと遣り合えるっていうの?
美人顔はともかく、この身体で?」
「ちょっ、本人の前で言わないでくださいよ!」
「ふぅーん、あたしがその男とね。
悪党以外とは争ったことがないけど、面白そうじゃないの」
「クレア。面倒ごとは控えなさいと、いつも言ってるでしょう」
「つまんない男ねぇ。
べつに殺し合いするとは言ってないんだからいいじゃないの」
「毎度々々、死んでいないのが不思議な状態の怪我人を量産しておいて何言ってんですか」
「うるさいわねぇ。相手が根っからの善人なら、あたしには殴れないんだから、べつにいいじゃないの」
「クレア! 君はそう言いますけどね、人間っていうのは……」
「お客さん!」
クレアとアルバートが言い合いを始めそうになったところで、御者のドーソンの声が割り込んだ。御者台から振り返って、ユリたちの方を睨んでいる。
「これから出発しようってのに、馬車の中での揉め事は困りますよ。たとえ痴話喧嘩でも、揉めたときは途中で降りてもらいますからね!」
実際のところ、長距離の乗合馬車の狭いキャビンでは、他の乗客が語る噂話に聞き耳を立てる者が多かったが、そこでの痴話喧嘩は、他の客にとっては迷惑以外の何物でもなかった。酷いときは男側に付く客と女側に付く客に分かれて、馬車の上で取っ組み合いの喧嘩にまで発展することさえある。だからドーソンは、そういった火種は早いうちに刈り取るようにしているのだ。
「それじゃ、そろそろ出発します!
全員馬車に乗り込んでください!
喧嘩は駄目ですよ!
忘れ物はありませんね?」
まだ馬車の外にいたユリたちにそういうと、ドーソンは御者台に上って手綱を握った。
「それではオールード辺境伯領行き、出発します!」
* * *
ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト
王都の城門を出ても、暫くは場外の街が続き、そこまでは石畳の道が続いた。しかし、完全に街の外に出ると、整備はされているものの、道の凹凸は激しくなり、馬車の揺れや騒音も激しくなっていた。
出発した馬車の中で、ユリはクレアとマリエラの間の席を確保していた。膝を突き合わせるような向かい側の席にアルバートとミラがいる。ジェイクはといえば、護衛役としてドーソンと一緒に御者台に座って話をしている。身内だけの時はほとんど無口であるのに、なぜかこういう時の会話は得意らしい。そして、リーダーのウルフは、最後尾の席から後方を警戒している。さらに、乗車前にユリが飛ばしておいたドロンチョが、馬車の上空を旋回しながら警戒に当たっている。
「久しぶりに呼び出したのね」
ユリが頭上のドロンチョの飛ぶ姿を眺めていたら、マリエラが気付いて声を掛けてきた。
「あ、はい。この街道は魔物や盗賊が出るって分かってますし、少しでも早くに見つけた方がいいですからね」
「なんか、ああやって大空を飛んでいるのを見ると、喜んでるように思えちゃうのが不思議よね」
ドロンチョは、表向きはユリの召喚獣ということにしてあるが、実際はダルシンからせしめたAI搭載の鳥型ドローンで、普段はアイテムボックスの異次元空間に収めてある。最近は呼び出す機会がなかったが、今日は久々のお勤めをしてもらっているのだ。ちなみに、ドロンチョはAI搭載とはいえ感情を持たないロボットやアンドロイドの類なので、マリエラが言う『嬉しそう』はただの思い込みだろう。
「嬉しいかどうかどうかは分かりませんがぁ、ちょっと羨ましいですねぇ」
ミラがそう言ったのは、この馬車がもの凄く揺れるからだ。
この馬車の乗り心地はといえば、荷馬車そのものであった前回に比べて、客車として作られているだけ合って多少ましではあった。が、それでもガタゴトガタゴトという激しい振動と騒音は絶えることがない。サスペンション機構が無いので、振動がもろに座席に加わるのだ。座席には前回ユリがドーソンに渡した座布団が置かれていたので、尻のダメージは軽減されているものの、その効果は僅かでしかない。
(ちょっと先の文明だけど、懸架式の馬車のことをエレノーラさんに教えてみようかしら。元の世界で懸架式の馬車の登場が中世末期だったのは、人の移動が少なくて遠距離の乗合馬車が無かったからだと思うのよね。この国みたいに長距離の乗合馬車の利用者が多いなら、そういう技術があっても構わないだろうし、その技術を受け入れる土壌もあるんじゃない?)
もちろん技術者でもないユリに、細かい仕組みの知識は全くなかったが、技術のある者にアイデアのヒントを耳打ちするぐらいならできるだろう。座席の振動を甘受しながら、ユリはそんなことを考えていたが、ふと、出発時に気になったことがあるのを思い出した。
「ねぇ、マリエラさん。ちょっと教えて欲しいんですけど、私たちの行先って『オールード辺境伯領』で合ってるんですか?」
「ん? 合ってるわよ?」
「でも、『南の森』に行きたいんですよね?」
「はぁ~っ、あんたねー。
自分がどこに行くかも分かんないで付いて来たの?
呆れた。何ていうか、相変わらずよねー。
いいっ? よく聞いて。
あたしたちがこれから向かう南の森っていうのはね、オールード辺境伯領にあるの」
「なんだ、それなら『南の森』行きって言ってくれればいいのに」
「そんな方角の表記が許されるのは、王都のすぐ東にある『東の街』くらいよ。王都の南に、いくつ森があると思ってるのよ」
「はあ。まあ、元々が中華思想的な表現ですしね。北方の国からしたら、この辺りも南の森になっちゃうから、あんまりいい表現でないことは分かってましたけどね。でも、昨日のリーダーの話だと、行先は『南の森』としか言ってなかったじゃないですか」
「それは俗称。王都で働くハンターにとっての『南の森』がオールード辺境伯領の森のことだってだけで、正式名じゃないの。ウルフが王都のギルド長を『熊』って呼んでるようなものよ。みんなそれで誰のことか分かるんだけど、手紙の宛名に『熊様へ』なんて書かないのと一緒よ。だから乗合馬車の行先としては『オールード辺境伯領』という名前を使うの。
分かった?」
「まあ、なんとなく」
納得できないけど理解はした。そんなユリに、くすくすと失笑する他の客たちの声が聞こえてきた。
(あちゃー。騒音が酷いから平気かと思ってたけど、全部聞かれちゃってましたか。じゃぁ、ちょっと内緒話の用意をしましょうね)
心の中でそう言うと、ユリは他の乗客との間に見えない防護障壁を張って、防音処置を施した。これだと前にいるジェイクの声が聞き取りにくいが、大声で呼ばれれば、馬車の外から聞こえてくるから問題ないだろうと考えていた。
「ふーん、それで内緒話って何?」
「ええ、他の人たちに訊かれたくない……って、ちょっと、クレアさん!
また他人の頭の中を覗いたんですか!?」
「聞きたくもないのに聞こえてしまうと、前にも言ったでしょ。
それで、どんな内緒話をしたいのよ」
「クレアさんたちに訊きたいことはいろいろあるんですけどね。どれから訊こうかな。う~~ん、そうだ!
ねえ、クレアさん。精霊さんたちが私たちの遠征を危惧してたって言ってましたけど、どうして精霊さんたちがそんなこと知ってたんです?
誰かの頭の中でも覗いたんですか?」
ユリが問いかけると、クレアが呆れ顔で答えた。
「おまえはそんなことも分かってなかったのか。
あのなぁ、精霊というものはな、大地を満たす空気のようなもので、どこにでもいるものなの。だからあたしが南の森にいたときは、森を通る人や馬車の中の様子も全て知ることができた。そして王都のハンターギルドのギルド長の部屋の中にも精霊たちはいて、ウルフとかいう男とギルド長の会話も、精霊たちの目の前で話されたものなの。だったら知ってて当然でしょ」
「それって、世界は盗聴器で満たされてるってことじゃないですか!
ミラさん、マリエラさん、これは一大事ですよ。ハンターギルドの機密情報がクレアさんたちに筒抜けってことじゃないですか。今後は、精霊さんによる盗聴に対策しないといけませんよ!」
「そうですねぇ。今回はクレアさんがその精霊たちの気持ちを受け取ったわけですけどぅ、クレアさん以外に、そんなこと出来る者はいませんからねぇ。クレアさんも余計なことを話す趣味は無さそうですしぃ、そのままで宜しいのではないですかぁ」
「それに、あのデーモンスレイヤーも、あんたの張った防御結界をすり抜けてたじゃない。あんたの結界で防げないものを、どうこうできるわけないじゃないの」
「あがぁ~」
「納得したようね。
それで?
まだ他にも訊きたいことがあるんでしょ?」
「ああ、ちょっと待ってください。
まだ気持ちの整理がついてないもんで。
す~~、はぁ~~、す~~~~、はぁ~~~~。
あぁ、ちょっと落ち着きました。
そうですね~、次に訊きたいのは……」
そんなときだった。
「キィーッキーッキーッ。
キィーッキーッキーッ」
警戒に当たらせていたドロンチョの叫ぶような鳴き声が頭上から聞こえてきた。




