86 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!1】
「たっだいま~」
クレアたちとの会話を何とか切り上げたユリは、二人と分かれてミラと共に宿に帰ってくるなり、食堂にいたマリエラたちに上機嫌で挨拶した。すると、他の宿泊客の注目を集める中でマリエラが呆れた声で返事をした。
「あんたは相変わらず元気ね。
教会に行って、何かいいことでもあった?」
「はい! 教会には結局行けなかったし、怪異にも出会ってないです!」
「はあっ? 怪異って何? 何でそれで喜んでるのよ」
「その代わりに美少女精霊人形さんと異端魔法使いさんに出会って、二人とお友達になったんですよ! その二人はクレアさんとアルバートさんって言うんですけど……(ふがもがっ)」
「ちょっと、黙りなさい!
あんたに迂闊に訊いちゃった私も悪かったけど、そういう報告は身内しかいないところでやりなさい!」
ユリの発言の危険性を察知したマリエラが、両手でユリの口を塞いでいた。
「それで、さっきの話だが、どういうことなんだ?」
聴いて来たのはリーダーのウルフだ。全員でいつもの部屋に集まって、事情聴取するらしい。
「どうって言われても、さっき言ったみたいに、美少女精霊人形のクレアさんと異端魔法使いのアルバートさんの二人と、お友達になったんですよ」
「「「……」」」
沈黙が続いた後、マリエラが発言する。
「ユリ。精霊人形だの、異端魔法使いだのって、あんたの話は、あんたが言った『怪異』そのものにしか聞こえないんだけど。
ねえ、ミラ。これって、どういうことなの?
ミラも一緒に行ってたんだから、何か知ってるんでしょ?」
「そうですねぇ、クレアさんっていうのは陶磁製人形に憑依して少女の姿になった精霊さんでぇ、アルバートさんは彼女の制作者で、ちょっと変わった魔法を使う人ですかねぇ。クレアさんの身体には沢山の精霊さんが宿っていてぇ、先日のデーモンスレーヤーさんみたいな存在なんですけどぅ、見た目は普通の少女でお話も出来るんですよぅ」
「クレアさんは普通の少女じゃなくって、『超絶美少女』ですけどね。小柄なんですけど、すっごく重くって、肉弾戦で悪党をミンチにするんです。カンフー使いみたいな技を使うんで、ジェイクさんと模擬戦したらいい勝負になるかもしれません。もしもあの娘にライダーキックされたら、トゥーラさんみたいに胴体に穴が空くに違いありません。まあ、あの重さでライダージャンプできるかどうか疑問ではありますけど」
「待って、待って。ユリに説明されると、余計に分からなくなるから、あんたはちょっと黙ってて」
「え~~っ。話させてくださいよ~」
「とにかく、ミラから話を訊き終わるまで、あんたは待ってなさい」
マリエラはミラの話し方が若干苦手ではあったが、それでも場を荒らすユリの話よりはずっとマシと考えたようだ。
「は~~い」
不貞腐れるユリをよそにして、マリエラとウルフが時間をかけてミラからの事情聴取をする。ミラの話す言葉は、粘ついて糸を引くように、ねっとりもったりしていたが、その内容は要点から外れないし、訊く側に考える時間が与えられるので分かりやすかった。そして、聴取を終えると、全員が暫く押し黙ったままとなった。そこでユリが補足説明をしようと口を開きかけたところで、ウルフが言った。
「じつは今日、俺たちはハンターギルド経由で王宮からの指名依頼を受けた。ユリも一緒だ」
「突然、何ですか?」
話の流れが分からず、ユリが質問すると、ウルフが話を続ける。
「依頼内容は、南の森の鐘熊虫のサンプリング調査なんだが……」
「ベルベット・バグズ? 黄金虫の仲間ですか?」
「違う。ベルベアバグズだ」
「ベルベア? カウベルみたいなベアベルじゃなくって?
そういえば、牛の首に付けるのがカウベルなのに、ベアベルは人に付けるんですよね。何か、名前の付け方を間違ってますよね。まあ、それは置いといて。
いったい何なんですか?
その早口言葉みたいなベルベアバグズってのは」
「ああ、鐘熊ってのは、見た目が太った熊のような魔物で、体表が青銅色の金属光沢があって、教会の鐘のような大音量の鳴き声を上げる奴だ。そして鐘熊虫は、普段はその鐘熊の体毛に潜り込んでいる虫だな。ただし、こいつも魔物で、他の奴らから自分たちが棲み処にしているベルベアを守る働きをするんだ」
「魔物の共生ですか。しかしまた、なんだって、そんなものの調査が必要なんですか?
必要だったとしても、私たちがやる意味が分かりませんよ。
森全体の生態調査なんて、少人数で出来ることじゃないですよね?
薬草採取みたいに、専門家じゃないと出来ないんじゃないんですか?
調査員に随伴するならともかく、それってハンターの仕事なんですか?」
「その手の疑問なら、ギルド長に言ったさ」
立て続けに疑問を呈するユリの話を断ち切るようにウルフが答えた。
「あの熊が言うには、今回の調査は精霊絡みで、あのお姫様がミラとユリに行かせたいんだとさ。俺とジェイクとマリエラは二人の護衛役だ」
「精霊相手なら、ミラさんはともかく、私じゃ役に立てませんよ?」
「ああ、言い方が悪かったな。ユリはミラの護衛役で、そのまた護衛を俺たちがやる。それだけ危ない仕事だから、普通の調査員には出来ないってことだ。俺たちだとザル調査になるが、それで構わないんだとよ」
「う~ん、仕事の内容は分かりましたけど、私とミラさんの今日の出来事と何の関係があるんです。関係があるから、この話を始めたんですよね?」
「ああ、すまん。言えばすぐに分かると思ったんだが、ユリは鐘熊虫を知らなかったんだな」
ウルフが軽く詫びると、ミラが続けて説明する。
「ユリさん。鐘熊虫っていうのはねぇ、精霊の濃いところには姿を見せないんですよぅ。そのサンプリング調査を依頼されたってことは、南の森の精霊の様子がおかしいかもしれないってことなんですよねぇ」
「精霊絡みだからミラさんに要請があったってことですか。
リーダーは、クレアさんたちが原因かもしてないって思ってるんですか?」
「それは分からん。ただ、原因ではなかったとしても、時期的に何か関係している可能性も否定はできない」
「それでどうするんです?」
「明日の朝、南の森に向けて出発する。必要な準備は済ませてあるから、ユリとミラは同行してくれればいい」
* * *
翌日の早朝、ラッシュ・フォースの四人とユリは朝食前に出立し、王都の南門近くにある乗合馬車の乗降場まで歩いて行く。早朝であっても、人通りは結構あり、乗降場にはその人の波を当てにした屋台もいくつか店を開いているので、そのひとつに寄って朝食を済ませた。出発時間まで、まだ時間があったので、ラッシュ・フォースの四人がゆっくりしていると、ユリは独りで屋台を回って串焼きや焼き立てのパンを買い漁った。
やがて時間になると、ウルフが既に予約してあったのだろう馬車まで全員を引き連れて行って、そこにいた御者に声を掛ける。
「やあ、待たせたな。前と同じメンバーなんだが、よろしく頼む」
「おお、嬢ちゃんたちも来たか。護衛はよろしくな」
「あれ? え~っと、え~っと、ああっ!
誰かと思ったら、王都に来た時の乗合馬車で御者をやってたおじさんじゃない」
人の顔を覚えるのが苦手なユリだったので、あと一か月後だったら完全に忘れていたかもしてないが、王都に来たのは最近のことなので、さすがに覚えていたようだ。
「へ~ぇ、東の街と王都の間だけじゃなくって、他にも行くんですね」
「ああ、以前は護衛の必要がない東の街とばかり行き来してたんだが、あっちの街道でも魔物や盗賊が出るようになって、護衛が必要になっちまったからな。どうせ護衛を雇うんなら、実入りのいい遠距離の街道のほうがいいから、そっちに鞍替えしたのさ。ハンターギルドで専任の護衛を雇おうとしてたら、そっちの兄ちゃんが、乗車賃を護衛料で払うって言ってくれたんでね。こっちも助かったよ。
そういえば前は名乗ってなかったな。俺はドーソン。今度は少しばかし長い旅になるからよろしくな。」
それは二人を護衛で雇って、残り三人分の乗車賃とチャラにしようという契約だった。商人の馬車なら盗賊に狙われやすいので、大勢の護衛を雇うこともあるだろうが、見るからにみすぼらしい馬車だと雇うのは精々二人がいいところだ。これから通る南方への街道は、乗客の懐具合に関係なく魔物も出るので護衛が必須ではあるが、十人程度の乗客に五人の護衛を乗せるということはない。なので、ドーソンが東の街から王都に来る街道で魔物や盗賊に次々と遭遇して、やや臆病になっている今、ラッシュ・フォースとユリを只で載せられることは大歓迎であった。
そんな話を聞きながら、ユリは馬車を見て首を傾げる。
「あれ? 馬車が前のと変わってません?」
「ああ、南の街道は坂が少ないのと、客以外に護衛を載せなきゃいけないからな。馬は変わってないが、車体を少し大きくしてある。それと、VIP席には屋根がある。あと、嬢ちゃんにもらった奴も使わせてもらってるよ」
確かに、車体が以前よりも多少マシになっていたが、荷馬車と言われても否定できない代物であることに変わりはない。VIP席と言っても屋根があるだけで、貴族が乗るような座席ではなかった。そのキャビンを覗くと、座席にはユリが提供したクッションというか座布団が置かれていて、すでに何人かの客が乗車していた。そして、その中には見知った顔が二つあった。
「あへ?」
ユリが目を丸くして驚いていると、中から声を掛けられた。
「おう、来おったな。待っとったぞ」
「クレアさんにアルバートさん! 何でまた、ここに?」
ユリが訊ねると、クレアが手招きしてユリの耳元に顔を近づけ、隣にいるアルバートには聞こえる程度の小声で話してきた。
「昨日の晩にね、ハンターギルドの近くにいた精霊たちから、南の森に異変の兆候があって、あんたたちが調べに行くって知らせがあってね。それで一緒に行くことにしたの」
「俺は反対したんですけどね。
折角お金を使って王都まで来たばかりだってのに、また逆戻りなんですから」
クレアの答えを、すぐ脇で聞いていたアルバートが補足する。クレアの喋りは、最初の発言は微妙だったが、どうやら今は少女風にしているようだ。
「まあ、クレアさん。私のこと心配してくれたんですか!?」
「いいえ、違うわ。どっちかっていうと逆ね。
あんたが行くと良くないことが起こるんじゃないかって、精霊たちが心配してたのよ」




