85 精霊騒動【休養日には異世界人とお茶を6】
今のアルバートの反応からするに、彼にはユリが元いた世界の知識があることは間違いない。ただ、それの意味するところが、転生者なのか転移者なのか、あるいは異世界人の『地球のテレビ放送を視聴できるスキルで無双します』とかいう変わり種なのか、本人に詳しく訊いてみないことには何とも言えない。
そもそも、そんな奴がいると分かっている所にダルシンがユリを送り込むだろうか? ダルシンは神ではないから、知らなかったという可能性は無きにしも非ず。だが、知っていてやらかした可能性は十分にある。
(さて、どうしようか……)
放置するわけにはいかないので、この後の応対をどうしようかとユリが迷っていると、黙り込んでしまったユリにミラが声を掛けてきた。
「ユリさん、もしかしてアルバートさんとお知り合いでしたぁ?」
「あ~、いえ、知り合いではないんですが、出身地が同じかもしれないっていうか、その……」
ユリが言い淀んでいると、クレアが口を挟んで来た。
「こやつ(アルバート)のオーラは普通の奴とは結構違うが、おぬしのオーラは更に輪をかけて違うからな。こやつは色々と知っておるだけじゃ。おぬしとは違う。まあ、余計なことを知っとることについては、おぬしの言葉で言うなら『同じ穴の狢』じゃな」
「狢って何ですか。よりにもよって狢って。馬鹿にしてるんですか!」
「狢というのは、おぬしらの国での狸や穴熊の総称じゃな。
その二つは見た目が似てないことも無いのじゃが、かなり違う種族を一緒に扱うのは、どちらも得体のしれない日陰の生き物という考えが根底にあるのじゃろう」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくって、狸に例えられるのが不愉快だと言ってるんです。しかも日陰者って……。
だいだい、なんでクレアさんが日本人にしか通用しない言葉を使ってるんですか!?
あと、また老人言葉になってますよ。おやつ抜きになっても知りませんからね」
「うっ……、ごほんっ。
覗き魔みたいに言わないでよ。
あたしにとっては、人は素っ裸で歩き回ってるのと変わらないの。普段、アルバートが頭の中を丸見えにしてるから、それを見て学んだのよ」
「はぁ~~。
クレアさんって恋人の部屋に盗聴器を仕掛けるのを愛だとか言っちゃう人みたいですね。今のクレアさんは精霊界の代表みたいな存在なんですから、もう少しそのことを自覚しようとか思わないんですかね」
「あんたたちが素っ裸で挑発するようなことを思考の世界でやってるのよ。あたしが見たくて見てるわけじゃないの。見たくもない薄汚いものを見せられる、こっちの身にもなってみて欲しいところよ。
あんたも最初あたしを見たときに、自分の膝にのせて頭を撫でまわすことを考えてたでしょ。この変態。
なんなら今からでもやらせたげましょうか?」
「子猫みたいに軽くて可愛ければそうしたかったところですけど、現実のクレアさんは、膝に乗せると石抱きの拷問みたいになって膝が潰れるので結構です。
まぁいいです。
私とアルバートさんの故郷の話は置いといて、今はクレアさんの話です」
そこでひと呼吸おいて、本題の話を始めようかと思ったものの、実際に口に出たのは別の言葉だった。
「そういえば、あの、ちょっと思い出したことがあって。
本題の前に、つかぬことをお伺いしますが、お二人で北のダンジョンに行かれたことはありますか?」
「……」
「北ですか?」
クレアがそっぽを向いているのでアルバートが代わって答えた。
「ええ。東の街から、ずっと北に行った辺境伯領にあるダンジョンです」
「いや、俺たちは南の森から王都に来たばかりなんで、まだ北には行ってないですよ」
「そうですか。最近、北のダンジョンでレイジー・オウルっていう強盗まがいの二十人の碌でもないパーティーが、男女二人のパーティーに討伐されたって聞いてたので、先程のクレアさんの戦いぶりを見て、もしかしたらお二人のことかと思ったんですが、違いましたか」
「ふ~ん。そんな奴らがいたのか。
儂が先に、そ奴等を叩きのめしてみたかったのぅ」
そっぽを向いていたクレアがユリの話に喰いついて来たようだ。
「なんて言うか、クレアさんたちなら実際に出来てしまいそうなところが怖いですね」
「そんな容易いこと、儂なら出来るに決まっとるじゃろうが。何を恐れることがあるというのじゃ」
「クレア。また爺臭くなってきてますよ」
「いちいち五月蠅い奴だな。
アタシガサキニ、ソイツラヲタタキノメシテミタカッタナ。
アタシナラデキルニキマッテルデショ。アタリマエジャナイ。
こういうのでよいか?」
「乱暴な物言いのうえに棒読みですが、まあいいでしょう。これからも言葉遣いには気を付けてくださいね」
「覚えていたらそうしよう」
「外部の精霊と記憶を共有したら、無限に覚えていられそうな気がしますけどね。忘れたら精霊は物忘れが酷いという噂を世間に流しますよ」
「ふふっ、拡散されたマトリクス記憶を狙い撃ちで消去できることが、いかに人知を超える技かも分からん愚民の噂など知ったことか」
「あの~」
放っておくと口喧嘩がエスカレートして永遠に終わらない気がしたユリが割って入った。
「そろそろ本題に入りたいんですが、よろしいですか?」
「だったら最初からそうすればよかったのよ。
脇道に反れたのは、あんたでしょ」
「はいはい、悪うござんした。
では本題ですが、精霊って何なんですか?」
「……、随分と漠然とした問いね。
今更何と言われてもねー。なんと言えばいいんだか……」
「ご自分のことじゃないですか。何を悩むことがあるんですか」
「そうは言ってもねー、あんただって人とは何かと聞かれても困るでしょ。
もう少し具体的に是非を問われれば答え易いんだけどね」
「具体的にですか。
でしたら、え~っと、え~っと、そうだ!
では伺いますが、精霊って霊や魂とは別物なんですよね?」
「はあっ!?
言うに事欠いて、あんなもんと一緒にするでない!
全く別ものじゃ!」
「そうなんですか。日本語だと『精霊流し』は人の霊魂を対象にしてるから、じつは一緒だったりするのかなって。でも西洋の “sprite” や “spirit” は精気とか生命力の意味が強いから、どうなのかなって思ったんですけど」
「そのどれでもないわね。
今のあたしのように、ひとつに集積されると自我を持つようになるんだけど、空中に揺蕩っているときのあたしらは、全体でひとつの、意志を持たない生命体みたいなもんだからね」
「じゃあ、人間が使う精霊術は、どういう仕組みなんですか?
人が精霊の力を奪って目的を実現してるんですか?
それとも、精霊が術者の希望を叶えているんですか?」
「微妙に違うけど、あえて言うなら、あたしらが人の面白そうな行為に加担して望みを叶えてやってるってとこね」
「クレアさんを見てると精霊にははっきりとした意思があるように見えますけど、善悪の判断とか、拒絶とかしないんですか?」
「明確な意思を持つのは、あたしのように多くの精霊が集まったときぐらいで、大気中に漂っているときには、感情はあるけど、特に意思とか持ってないからね。それに、あたしらには、人の決めた善悪なんか知ったこっちゃないの」
「もしかして、ミラさんがクレアさんにお願いしたら、面倒な詠唱を唱えなくてもやってくれたりします?」
「なんであたしが、そんな面倒なことしなくちゃいけないの。
するわけないでしょ」
「え? なんでなんです?
面倒なのはこのあたりの精霊さんたちもいっしょでしょ?」
* * *
ちょうどその頃、ラッシュ・フォースのリーダーであるウルフは、例によってハンターギルドに呼び出され、執務室で机を挟んでギルド長のデイドロールと対峙していた。相手はギガンテス・トロールの如き巨体で、相手の顔を見るのにかなり見上げることになるが、ウルフは椅子にだらしなく仰向けに寝そべるようにして顔を合わせている。
「それで? 休暇中の俺たちに今度は何の用なんだよ」
「休暇中ね。こっちは未だにお前らの仕事の後始末してるってのに、いい気なもんだな」
「よく言うよ。こっちがギルドの不始末の尻ぬぐいしたんじゃねぇか。
こっちは依頼元の第三王女殿下から労いのお言葉をいただいてるんだ。
あんたに文句言われる筋合いはないね」
「ほう、気に入られたってか。
今回は、その王宮御用達のお前らに王宮からの指名依頼だ」
その言葉に反応し、ウルフが起き上がって言う。
「おいおい、勘弁してくれよ。そんなもん、絶対に面倒な仕事じゃねえか」
「だろうな。依頼内容はここに書かれたとおりだ」
そう言って、デイドロールが依頼書を見せてきた。口で説明しない時点で、一言で言えないような、面倒で厄介な案件であることが丸分かりであった。ウルフが嫌そうな顔でその依頼書を受け取り、ざっと内容に目を通して言う。
「南の森の鐘熊虫のサンプリング調査だと?
移動に馬車使っても往復するだけで二週間かかるじゃねえか。
しかも森全体の調査とか。勘弁してくれよ。こんなの少人数で出来るわけねえだろうが。それに、俺たちハンターに学術調査みたいなデリケートな仕事が向いてないことは、おまえさんが一番良く知ってるじゃねぇか。
そんなの王宮の調査員にやらせろよ。
なんで俺たちに指名してくんだよ」
「さあな。
そこに書いてあるが、俺が思うに、これは精霊がらみの要件だ。
だからミラを使いたくて、他はその護衛ってことじゃねえのか?
あるいは、ユリも指名されてるから、ユリを行かせたいのかもしれんがな」
「なんでユリなんだよ。あいつは精霊魔法とは縁が無いぞ」
「そんなことは知らんよ。
どうする? 断るのか?」
「一度持ち帰って、相談してから決めさせてもらう」
「そうか。それじゃあ明日、答えを持ってきてくれ」
* * *
「それではお時間のようなんで、今日のお話はこの辺で。
いろいろと教えていただいて、ありがとうございました。
またお声を掛けようかと思うんですが、お二人はどの宿に滞在してます?」
「ええっと……、どこじゃったかな?」
クレアが一瞬考えて、すぐに諦めてアルバートに訊く。
「俺たちは王都の南門から入ったところにある『赤い精霊の宿』って所に泊まってます」
「おぉ、クレアさんにぴったりの場所ですね」
「精霊とは何の関係も無い、罰当たりな名前よ。
しかも、勝手に精霊に色を付けるとは何を考えてるんだか」
「でも今は血に染まった精霊が泊まる宿なんだからいいじゃないですか」
「何を言っておる。血に染まるのは賊どもであって儂ではないわ。ふんっ!
それで黒髪のお主は、どこにおるのじゃ」
「クレアさんって、怒ると爺臭くなるんですね。
私は、ええっと……、あれっ?
ミラさん、私たちが泊まってる宿の名前って知ってます?」
「あらあらまぁ、ユリさんてば、王都に来てもうひと月にもなるのにぃ、ご自分の泊まってる宿の名前も知らなかったんですかぁ?
そんなこと、マリエラに知られたら大目玉ですよぅ?」
「あの、それはひとまず置いといて、宿の名前を……」
「なんじゃ、おぬし、そんなことも知らんのか」
「だって、ほら、旅先で泊まるときに、地名とか宿の名前とか知らなくても全然困らないじゃないすか。この国の人たちだって、経緯度とか銀河座標まで答えられる人なんていないでしょ?」
「何を訳の分かんないことを言ってるのよ」
「クレア。おまえだって覚えていなかったじゃないか。
ユリさんのことばかり責めるのはよしなさい」
「もしかしてユリさんって、この国の名前も知らなかったりしますぅ?」
「あっ……(そういえばダルシンから聞いてなかった)」
「わたくしたちがいる国は『ウラリンボーグ王国』で、泊まっている宿は『ヤッパラパレス』ですよぅ」
「何ですか、その意味不明な名前は。大体、パレスって宮殿とか大邸宅のことじゃないですか。あんな掘っ建て小屋に毛が生えたような宿にそんな大層な名前付けちゃって、それでよく貴族様から怒られないでいられますね」
「自分たちの宿を掘っ建て小屋と呼ぶのはよくないですよぅ。
あそこは厩舎に毛が生えたような宿ですからねぇ」
「ミラさん、それ、言ってることが私とほとんど変わってませんから」
というわけで、漸くクレアとアルバートの紹介話が済んだので、新キャラの裏話を。
じつを言うと、精霊人形のクレアと異端魔法使いのアルバートは、別の未投稿作品のメインキャラだったんですが、そっちを書く暇が無くなって投稿に至らないので、こっちに登場させることにしました。
そしてその未投稿作品なんですが、主役はアルバートだったにも拘わらず、色々と(文字通り)暴れ回るのがクレアの方で、アルバートは主役の座を奪われて「ドクター・スランプ」状態になっていました。
というわけで、こちらで登場する際は最初からクレアがメインゲストになってます。哀れアルバート。主役奪還の日は、果たして来るのだろうか。
いや、そもそもこっちの作品の主役はユリなんだから、ユリがクレアに主役の座を奪われないか、そっちの方が心配です。
ちなみに、今回のサブタイトルは、自称病的魔法科学研究者ならぬマッド・サイエンティストにちなんだものにしました。




