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80 精霊騒動【休養日には異世界人とお茶を1】



 クレアは黙って椅子に腰かけてテーブルに向かっていた。こうしているときのクレアは、誰が見ても華奢で清楚で可憐な美少女だ。

 彼女は、(かぐわ)しい紅茶を満たした(ゴブレット)を手に取ると、それに静かに口をつけていた。この世界には人間の差別意識を根底とした『マナー』などという野暮なルールは無かったが、それにもかかわらず彼女は全く音を立てていない。その姿は気品のある令嬢そのものであった。

 しかし、ユリとミラは知っている。その認識が何もかも間違っているということを。彼女の行動も喋る言葉も全て見聞きしてしまった後なので、それは隠しようのない事実だった。


「ところで、クレアさんって、活動的なときと静かにしているときとで、落差が激しいですよね」

 ユリが誰にともなく訊ねると、見た目だけは普通の青年のアルバートが反応した。

「やっぱりそう思いますよね。クレアの素行の悪さについては、俺が何を何度言っても聞き入れてくれないんで、ユリさんたちからも、おかしいことはおかしいって、はっきり言ってやってください」

 クレアの保護者を自認するアルバートがユリたちにそう訴えたが、クレアはアルバートの発言を無視してユリの問いかけに答える。

「そうか? 何も変わらんと思うが」

「こうして見ると、王女殿下のような気品があるように見えてしまいます。

 でも王女殿下は、他人(ひと)にやらせることはあるかもしれませんが、自分であんな乱暴なことをしたりはしませんからね。

 クレアさんは、どこでそんな上品な偽装パターンを覚えてきたんです?」

 ユリの問いに、クレアは呆れ顔で答える。

(わし)はずっと森にいたんじゃ。森の中に決まっとるじゃろ。

 他にどこがあるというんじゃ。

 あと、おぬしは間違っておるぞ。

 この国の王女が乱暴なことをせぬなどと、なぜそう思う?」


    *    *    *


 話は少し遡る。


 それは、長かった勇者討伐の仕事が終わり、王都の宿で何日かのんびりと暮らして落ち着きを取り戻した頃のことだった。ユリがラッシュ・フォースのみんなと一緒に宿の食堂で食事していたときの、ある会話が引き金となって、その一連の出来事は始まった。


「ねぇ、ミラさん」

 ユリが、食事を口に運ぶミラをじっと見つめていたかと思うと、前触れも無く声を掛けた。何事かと他の三人が目を向ける中で、ミラは口の中のものを喉に流し込むと、一息ついて返事をする。

「はい、なんでしょうか?」

 すると、ユリが立て板に水を流すかの如く、続けざまに質問を投げかけた。

「じつは私、ず~っと気になってることがあるんですよ。

 ミラさんが使ってる、治癒魔法や浄化魔法のことなんですけど、あれって精霊を呼び出して実現する精霊術ですよね?

 それとも精霊魔法って言った方がいいんですかね?

 ミラさんは以前、攻撃魔法もあるようなことを言ってたと思うんですけど、精霊術や精霊魔法って、具体的にどんなものがあるんですか?

 それ以前に、そもそも精霊って何なんですか?

 ミラさんには精霊が見えているんですよね?

 私には全然見えないんですけど。

 どんな姿なんですか? 可愛らしいんですか? 神々しいんですか?

 ミラさんの詠唱では精霊と語り合ってるようにも見えますけど、普段からお話とかしてるんですか?」


 ユリがそんな質問をしたのには訳がある。

 ユリは通常魔法はチートで好き勝手に使え、さらにこの世界では知られていない次元魔法が使えたが、ミラが使うような精霊術や精霊魔法が全く使えなかった。

 その理由にはいくつか心当たりがある。

 まず、この世界に来る前にダルシンから精霊魔法について、ユリは何ひとつ教えられていなかった。この世界で神のような存在である精霊に、ダルシンが嫉妬でもしていたのかもしれないし、あるいはもっと本格的に昔から仲が悪かったのかもしれない。もしそうなら、精霊たちがユリからダルシンの気配を感じて反抗しているのかもしれない。

 そしてもうひとつの理由。

 ユリには精霊が認識できない。魔法で五感を強化しても精霊が見えないし、その気配を感じ取ることもできない。ミラには呼吸するように出来ていることが、ユリにはできなかった。ユリは、小説(ラノベ)の知識でいろいろな種類の精霊を知っていた。純粋な森の精気だったり、日本のケサランパサランのような存在だったり、ナノマシンのような存在だったり、ナノマシンそのものだったり、あるいは、掌に乗るような小さな妖精だったりもする。その正しい姿を知覚出来なければ相手を理解できない。理解しない相手に、起こしたい事象を依頼しようがないのだ。

 そして肝心な最大の理由。

 ユリには、ミラの歌うような詠唱の呪文と言うか歌詞というか、その歌声の美しさは分かるのだが、あくまでも楽器の音に感動するような感じで、その言っている詠唱の言葉が全く理解できないのだ。通常の魔法については、理解できていなくても、同じ詠唱を口に出せば魔法が発動するなんて物語もよくあるが、ユリにとっての精霊魔法の詠唱は楽器の音だった。楽器の音は、口に出しようがない。世の中には、楽器の音を真似るアカペラの技法があり、ときに楽器よりも美しいアンサンブルを奏でたりもするが、それは楽器の音に似ているだけで、楽器そのものの音ではない。そして、ミラの詠唱は、アカペラのパーカッションではなく、主旋律を奏でるものだった。

 そして、ミラの詠唱を理解できない理由は、すでに分かっている。

 ダルシンに授けられた自動翻訳は、会話は翻訳するが、翻訳すると意味を失う言葉はスルーするからだ。だからミラの詠唱は翻訳されず、何を言ってるのかユリには理解することができない。つまり、自動翻訳をやめて、自力で言葉を覚えないといけないということだ。しかし自動翻訳を止める手段が無い。それがユリの言語学習を不可能にしていた。


 そして、そんなユリの質問にミラが答えた。

「精霊術を使って実現した魔法が精霊魔法ですからぁ、呼び方は精霊術でも精霊魔法でも、どっちでもいいんですよぅ。

 種類としては、まぁいろいろとありますねぇ。

 ユリさんが言ったようにぃ、前にも言った気がしますがぁ、攻撃魔法はひと通りありますよぅ。ただ、わたくしは使いませんねぇ。いざってときに詠唱に時間が掛かるっていうのもあるんですけどぅ、攻撃魔法は精霊たちが嫌がるんですよねぇ。はっきりと言葉で言ってくるわけじゃないんですけどぅ、攻撃魔法を試したりするとぅ、なんか嫌がってるのが伝わってくるんですよねぇ。精霊さんには人の(ことわり)が通じないのでぇ、戦闘が嫌いとかそういう理由じゃないらしいんですけどぅ、嫌がることはやらせたくないですからねぇ。

 他には生成魔法や精錬魔法を使う人なら見たことがありますねぇ。

 精霊さんが何者かっていうのはぁ、難しい問題ですねぇ。

 あと、精霊さんの姿でしたっけ?

 わたくしには、精錬さんの気配が感じられるだけでぇ、はっきりとした姿までは見えてないんですよねぇ。

 それに、精霊さんとの会話みたいな遣り取りはないですねぇ。あくまでも感じ取るだけですねぇ。

 詠唱するときは、こちらから精霊さんに語り掛けるんですが返事とかありませんしぃ、あちらから一方的に何か言ってくることはあるんですが、ちょっと待ってって言っても聞いてくれないんですよねぇ。

 だから、精霊さんとの遣り取りは勝手な思い込みじゃないかって言う人もいるんですけどぅ、教会でわたくしにそう言ってきた司教様は、精霊さんに髪の毛に火を点けられてましたからねぇ。それなりに通じてはいるみたいですよぅ。

 ユリさんが詳しく知りたいのでしたらぁ、わたくしの話を聞くよりぃ、教科書を読んだ方が早いですねぇ。これから一緒にまいりましょうかぁ」


 そんな()()()()とした、あるいは()()()()とした二人の会話があって、ユリは食後にミラに連れ出された。


(ミラさんと二人だけの外出。久しぶりの『初めて』ね)


 このとき、ウルフとジェイクはともかく、マリエラも同行していない。ミラが支度しに部屋に戻っている間に、マリエラに一緒に行かないかと訊ねたところ、こんな答えが返ってきていた。

「うーん、ミラって人に教えるのが好きって言うか、説教のときもそうなんだけど、教えだすと止まらないんだよねぇ。前にベッドで横になって、もう寝ようって時にちょっとしたこと聞いたら、そのまま朝まで熱弁されたことがあってね。精霊術の話なら、回復魔法使いながら一週間ぐらい話し続けるかもしれないわね。だから今日はパス」

 それを聞いて少しばかり怖くなったものの、この世界の魔法知識を少しでも増やす必要があるので、頑張って生徒役に徹する決意をした。

 というわけで、今日は二人きりだ。


 しかし『精霊術の教科書を読む』のは簡単なことではないはずだ。そもそもこの世界には、本屋や庶民向けの図書館というものが無いらしい。他国のことは知らないが、少なくとも、この国の王都にはない。ということは、この国のどこにもないということだ。ハンターギルドにも、魔物(モンスター)の図鑑くらいなら置かれているが、大した蔵書はない。最近、第三王女のエレノーラと顔見知りになったので、頼めば王城の書庫にある本を少しぐらいなら見せてもらえるかもしれないが、あちらはユリのことをいろいろと探っている節があるので、あまり積極的に関わり合いたくはない。

 ユリが元いた世界では、西洋文明での書籍販売業は紀元前から存在していたが、本を売る書店が営まれるようになったのは活版印刷が発明されてからのことだった。中世にはまだ活版印刷はなく、手書きや版画で作られた本はとても高価であり、本を所有しているのは貴族や金持ちに限られていた。そして蔵書に関しては、本の所有者から寄付された、あるいは所有者から接収していた修道院が、一番多くの本を所蔵していた。

 中世ヨーロッパに似たこの世界にも活版印刷技術はなく、本は貴族や金持ちの屋敷か修道院の書庫に行かなければならない。しかし、いずれも親しい人間にしか、その蔵書を見せてくれることは無いのだった。


(ミラさんが行くとしたら修道院かな? この世界だと、中世後期を舞台にした『薔薇の名前』に出て来る修道院みたいな所かな? でも、それだと、魔法に関する本は禁書扱いになってたりして……)


「ところでミラさん、私たち、どこへ向かってるんですか?」

「わたくしが王都でお世話になっている教会ですよぅ」

「教会ですか? 教会に書庫ってありましたっけ?」


 教会という言葉は、宗教団体を示す場合と、礼拝施設を示す場合がある。ユリの疑問は、礼拝堂とか聖堂とか呼ばれる建築物を思い浮かべてのことで、実際、書庫を併設している礼拝施設はほとんどなかった。もっとも、ユリはまだ、この世界の教会施設を一度も訪れたことが無いので、その実態は分かっていない。自動翻訳が『教会』と訳しているから、自分の知っている教会と同じだろうと想像しているだけだ。


「書庫じゃなくてぇ、才能のある子供たちが精霊術を使えるようにぃ、いろいろと教育する施設ですよぅ。

 精霊術は精霊魔法とも呼ばれていてぇ、魔法の一種ではあるんですけれどぅ、この国の教会組織では精霊を神の御使いと位置付けていますからぁ、精霊術の研究や術者の養育を行っているんですぅ」


 ユリにとっては初耳だった。たしかに魔法や精霊が実在する世界では、教会の役割がユリの元いた世界と違うのも頷ける。


「教育施設ですか?

 あのー、私、精霊術に興味はありますけれど、使えない魔法を覚えたいとか、まして学校に通いたいわけじゃないんですけど……」

「教室に置いてある教科書を見せてもらうだけですからぁ、別に教室で勉強しなくてもいいんですよぅ」

「はぁ、まぁ、それならいいんですけど。その教科書って魔法の呪文の教科書とは違うんですか?」

「精霊術の教科書はぁ、精霊術の神髄を学ぶものであってぇ、魔導書ではないんですよぅ。

 如何にして精霊たちと心を通じさせるかとかぁ、精霊たちに何が出来るのかとかぁ、そういったことが書かれてるんですよぅ」


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