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79 環境改善活動【衣食住の食2】

 そういうわけで、ユリが家庭菜園を始めることになった。しかし、そういう前向きな考えは普通なら褒めるべきことだろうが、彼女の場合は、はっきり言って、かなり無謀な考えであった。

 本格的な農業ならともかく、家庭菜園のどこが無謀なのかって?

 そう、それが文字通り普通の『家庭菜園』であったのなら、何の問題も無かったのだ。しかし、ユリの家庭菜園は常軌を逸していた。


    *    *    *


 そもそも、ユリはこの地に根を生やすつもりなんか全く考えていない。だから、本格的な農業は当然のこと、畑を持って家庭菜園をしようとは、普通だったら考えないはずだ。しかし普通ではないユリは、それを実現するにあたって、収納バッグを使うことを考えてしまった。最近のユリは、仮設簡易水洗トイレを携帯小屋に設置して持ち歩いている。それどころか、いずれは一軒家を持ち歩こうとまで考えている。ユリは、家庭菜園でも、それと同じことをしようというのだ。

 じつは、ユリのアイテムボックスには、時間軸に関して三つの種類がある。

  ・時間停止

  ・通常の時間進行

  ・時間加速

 収納バッグはアイテムボックスを応用したものなので、同様の設定ができる。蓋を開いている間は外界の時間進行であるが、蓋を閉じている間は、設定した時間進行となる。

 ユリは、収納バッグ内で時間加速すれば、簡単に野菜が収穫できるのではないかと考えたのだ。種を撒いてから収穫まで半年かかるような野菜でも、収納バッグを使えば一瞬で収穫できるのではないか。桃栗三年、柿八年というが、それだって一瞬で収穫可能になるはずだと、そう考えたわけだ。

 それは、農家の苦労を全く分かっていない、とてつもなく愚かなものだったが、ユリはあまり深く考えもせずにアイテムボックス内での家庭菜園を始めてしまった。客観的に見て、それを家庭菜園と言って良いものかどうか甚だ疑問はあるが、ユリ本人は家庭菜園のつもりでいた。


 まず最初は、小規模な実験から始める。

 収納バッグの携帯小屋を新たにひとつ用意する。中に水を張った盥をならべ、その中に生育の早い葉物野菜の種を植えたプランターや植木鉢を置く。次に人工照明を二十四時間周期で明滅するように設定して収納バッグの蓋をする。そして中の時間が一週間進んだ頃を見計らって蓋を開いて盥に水を足す、というのを繰り返せばいい。

 そう考えて、携帯小屋や人工照明や盥や植木鉢を用意したところで気がついた。

「種って、どこで売ってるんだっけ?」

 ラッシュ・フォースの四人に訊いて回っても、皆が知らないという。

 

 というわけで、小間物屋に行って訊いてみた。

「おじさん。葉物野菜の種ってあります?」

「おう、嬢ちゃん生きとったか。あの後、ブレイヴ・ソードのいけ好かない兄ちゃんが来て、その後あの兄ちゃんの首が晒しものになったって聞いたから、あんたにはもう会えんかと思っとったよ」

「ちゃんと生きてますよ。それより種が欲しいんですけど」

「ん~、すまんが野菜の種は扱っとらんの。市場で野菜売ってる奴にでも訊いたらどうだ?」

「そうですか。じゃ、そうします。おじさんも元気でね!」


 そうして市場に行って、屋台で野菜を売っているオバちゃんに訊いてみた。

「すみません。このほうれん草の種って、売ってもらえませんか?」

「はあ? 見た通り、うちは野菜売ってるんだ。種なんて売るわけないだろ」

「でも種から育ててるんですよね?」

「全部使っちまったよ。あと四か月くらいしたら種が採れるけど、それまで待つかい?」

「もうちょっと早く手に入りませんか?」

「じゃあ薬剤師ギルドに行ってみたらどうだい。あたしらも最初の種はあそこから買ってるから」

「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます。

 あっ、折角だから、この根がついたままのほうれん草を一束ください」

「まいど!」


 そうして来たのが因縁のある薬剤師ギルド。受付に行って挨拶する。

「こんにちは~。ほうれん草の種くださ~い」

「はあ? いきなり何? 採取依頼?」

「いえ、こちらで種を売ってるって聞いて来たもんで」

「採取依頼は誰からでも受け付けるけど、種が採れる季節は決まってるから、手に入るのは何か月か先だね。それと、在庫の種は薬剤師のギルド証が無い奴には売らないよ」

「え~~っ、そんな~~。なんなら、グレビタミアとかメルキリアを採ってきますけど、それと引き換えってのは?」

「何言ってんの。無資格者の採取したものは、うちでは扱わないよ。

 さっさと帰んな!」


 たらい回しにされた挙句、結局、種は手に入らなかった。もっと地方に行ったなら別だろうが、王都周辺では農地はあっても家庭菜園を営む者はいないのだから当然だろう。


「困りました。う~~ん……、あっ、そうだ!」

 ユリは初心を思い出した。無いのなら作ればいいのだと。

 既に準備済みの植木鉢に、根のついたほうれん草を植えて水を遣り、受け皿の盥に水を張って、収納バッグの蓋をする。そして中の時間が一週間進んだ頃を見計らって蓋を開いて盥に水を足す。というのを十ニ回繰り返した。中の時間で八十四日。ユリにとっては、実験開始から三十分も経っていない。

 そうして採取した種を新たな鉢に撒いて、同じことを六回繰り返す。


「わお。ちゃんと出来てるじゃない。

 これなら砂漠やダンジョンの中でも新鮮な野菜が食べられるわね。

 味のほうはどうかなぁ~」


 ほうれん草を一株抜き取って、その葉を齧ってみる。


「う~ん。かなり蘞味(えぐみ)が強いわね。

 肥料が悪かったのかな?

 そもそも品種改良されてないから、不味いのも仕方ないのか……。

 あっ、そうだ! 自分で品種改良すればいいんだ!」

 そうやって、無謀な考えが暴走を始めていた。


 暴走したユリは、もっと大規模な家庭菜園を始めることにした。それは結構面倒な作業ではあったが、美味しいものを食べるためなら、多少の苦労は厭わない。いや、それどころか、いくらでも頑張れる。

 ユリはまず、収納バッグの携帯コンテナを更に巨大空間にしたような、携帯農場を用意した。ただし、携帯コンテナと違い、中の物の出し入れは、足を踏み入れることなく行うアイテムボックス方式とする。そうでないと、広大な農地に土を運び入れるだけで百年は掛かってしまう。

 その中には人工重力を設定し、土と水と空気を投入。人工太陽で昼と夜も作った。これだけでも、レタス工場くらいのことは出来る。

 さらに、山と湖を作って、山から川の水を流す。そして、山には木を植え川と湖には魚を放流する。禿山の木は、本来なら、松の木から始めて、広葉樹、針葉樹と変わって行くのだろうが、これは人工の山なので、最初から広葉樹を植えた。そのうちに、みんなでハイキングとかも出来るかもしれない。

 野ウサギくらいは入れておこう。餌になる植物も植えておけば大丈夫だろう。

 平地には畑を作る。畑には腐葉土とミミズも入れておく。

 畑には、実験でも使った葉物野菜を植えておこう。


 そうして始めたアイテムボックスの家庭菜園。まだ時間加速は抑え気味。蓋を閉じて開いたら三十日経っている感じにしておいて、閉じて開いて閉じて開いて閉じて開いて……と、そんなことをして農場の様子を観測する。その後は、ときどき蓋を開けて空気の入れ替えをする程度にしていたのだが、いつの間にか鳥が入り込んで巣を作ってしまった。経過が順調なことを確認したら、様々な野菜の種や種芋を畑に植えて、蓋をして時間加速する。

 さて、収穫期になったから収穫しよう……、そう思って中を覗いたら、魔物こそいないが、野ウサギが増えすぎて畑が全滅していた。野ウサギの繁殖力を侮っていたようだ。ミミズにも変なのが混ざっていたらしく、何匹か木の幹に巻き付いて、アナコンダのように変貌したのがいた。

 山も荒れてきていて、ハイキングの計画も断念。

 手が付けられなくなって、しばらく放置していたら、そこはジャングルのデストピアになってしまった。

 それでも鳥や獣が生きて増えているので、生きものの力は凄いものだ。


 ちょっと(と本人は思っている)失敗したユリであったが、まだ諦めてはいない。生物のサイクルが出来ているのなら、むしろ好都合だと考えていた。少しばかり手直しすれば大丈夫だろう、どこをどう変えようか。そんなことを考え始めていた。


 そんなある日、ひと晩蓋をして翌朝に中を覗いたら、人間の白骨遺体が二体転がっていた。


「…………。

 えっ? 何? どこから湧いて出たの!?

 土にスケルトンの種でも混じってた?」


 この頃は、かなり時間加速していたので、携帯農場の中の時間では、ひと晩で十年経っている。

 一体何があったのかと、魔法の望遠鏡で状況を見ると、どうやらそこで殺し合いをしたらしい。さらに離れたところの樹の枝には、千切れてぶら下がったロープがあり、その下に首を吊ったらしき三体目の白骨遺体もあった。となると、スケルトンではなく、人だったものだろう。

 一体どういうことなのだろうかと、ユリは必死に考えるが、その答えを全く思いつかない。三人の所持品を調べてみたが、身元を示すようなものは何も持っていない。ハンターや商人ならギルド証を所持しているはずなので、それ以外ということか。でなければ犯罪者か。


「あっ、遺書みっけ!」

 それを遺書と言って良いのかどうか分からないが、ユリが見つけたのは、木の幹に彫られた告白文だった。それを要約すると「三人でユリの暗殺に来たが、いきなりこの閉鎖空間に落とされた。食料が足りず、狩った野ウサギを取り合って二人が殺し合いをして同士討ちで死んでしまった。あれから三年。もう生きていく理由もないから死ぬ」ということだった。

 じつをいうと、ユリは気づいていなかったが、昨晩ユリが携帯農場の蓋を開いたまま席を外していた隙に、ユリを殺そうとして部屋に忍び込んで来た暗殺者たちが中に落ちていたのだった。


「ん~、暗殺者さんなら、まぁいっか。

 今後は一般人、とくに近所の悪ガキが入らないように注意しないとね。

 そういえば、人でも動物でも、アイテムボックスの中で死んだら、その魂魄って、どこに行くんだろう?

 勝手に外には出られないよね?

 中で浮遊霊になってるとか?

 っていうか、生めよ増やせよで増えている野ウサギの魂ってどこから来てるの? んんん?」


 考えると怖くなってきたので、ユリは一旦、家庭菜園を封印することにした。


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