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脱 出

1-034

 

――脱 出――

 

「それじゃ用意はいい?」

「お前の方こそいいか?まず装備を取り返してから乗り物を奪う。」

 予定ではリフリの方が駐車場にいてケアルに拉致された事にして車を奪う段取りだ。

 

 駐車場に向かう途中で体育の授業で体育館にいる竜の子供達と合流して拉致する。

 年長の子供には計画を知らせてあるそうである、それは信じるしかない。

 地図と方位は既に二人の頭の中に入っている。

 地図の掌握はその猟師の生死に関わるので脳筋のケアルといえどもすべて頭の中である。

 

 無論ミゲルのナビゲートがなければ戦闘を行いながらの移動は難しい、だが戦力のバックアップは期待できないのであるから自分の事は自分で守ってもらう事になる。

 ケアルは指示どおり扉の真ん中辺に手を当てる。

 

 手の部分から衝撃波を発することが出来るのがケアルの能力である。

 魔獣の頭に手を当てることにより衝撃を脳に送って武器を使わずに倒す事が出来る。

 無論射程の有る魔法があればその方が安全ではあるがこの能力をケアルは気に入っていた。

 遠方から攻撃して魔獣を倒すより接近して頭に衝撃波を打ち込むほうが男らしいと考えていたからだ。

 頭に衝撃波を打ち込むより首筋に槍を突き通す方が安全で楽であると言う言葉には耳を貸さない脳筋なのである。

 

「行くぞ!」

 ズンッと腹に響く音がする。

 扉の真ん中辺に穴が空き手で引っ張ると扉が開く。

 二人はたたたたっと音を立てずに走り始める。

 

 こういう走り方も警備隊で習うのだが天性の能力を持つ猫耳族には到底及ばない。

 それでも人間としては考えられないほどの速度と静けさで廊下を走る。

 途中で何人かの人間に出会うがケアルが当身を当ておとなしくさせる。

 程なく目的の部屋に付くとガルディが扉を開けて待っていた。

 目隠しを取った素顔を見るのは初めてだがそれなりの美人の様だ。

 

「すまねえな。こんな事に巻き込んじまって。」

「いいのよ、それより竜の子供達の事をお願いするわ。」

 部屋の中に滑り込み手早く装備をつけていく二人である。

 幸い防具も刃物も一緒のケースに入っており、探す手間が省けけた。

 

「ミゲル!そっちは。」

「もう終わったわよ、ケアルの方こそ大変でしょう。」

 ケアルは各種防具の他に武器を体に取り付けなくてはならないからだ。

「へっ、装具の装着も訓練のうちさ。」

 その時大きな非常ベルの音が鳴り響いた。

 

「ふん、倒してきた連中が見つかったな。それじゃ行くぜ。」

 ケアルが次の目的地である体育館に向かおうとする、車では何度も行っている場所だが走って行くのは初めてだ。

「待って、お願い最後にその耳を触らせて。」

「「へっ?」」

 ガルディはミゲルに抱きつくと愛おしげにその耳を撫でた。

 

「ああ~ん思った通りもふもふだわ~っ。」

 ミゲルは口をへの字に曲げたまましばらくモフられるに任せる。

 ケアルが何とも言えない顔をしていた。

「素敵よ~、こんなの初めて~っ。」

 一人盛り上がるガルディである。

 埒が明かないと思ったケアルが後ろから頭に衝撃波を浴びせる。

 ガルディはズルズルと床に崩れ降ちる。

 

「わりいな、あんま時間がねえみたいだし。」

「この人私の耳を触って何をしたかったのかしら?」

「よくわかんねえけど耳の手触りが良かったんじゃねえのか?」

 とにかく二人は次の目的地である体育館に向かって疾走する。

 

『捕獲中の獣人が脱走した模様、素手であるが非常に危険。一般人は部屋から出ないように、警備のものは2級武装の上で所定の警備位置に集合のこと。』

 建物の中に警告の放送が流れる。

 

 曲がり角を曲がった所で警備兵と接触する。

 兵士は棒のようなものでケアルに殴りかかる。

 殴りかかる棒よりも早くケアルの腕は相手の攻撃を交わし頭に衝撃波を見舞う。

 

「ケアル!後ろ!」

 振り向いたケアルに対して拳銃を向ける兵の姿が見える。

 その兵に対してミゲルのドロップキックを見舞う、しかし足の方は当たらずに尻の方が命中する。

 尻と壁に挟まれた兵士は悶絶して崩れ落ちる。

 

「見事!おめえちゃんと当たるようになったじゃねえか!」

「うるさい!」

 ミゲルは真っ赤になって怒鳴った。

 

 その頃競技場では竜の子供達もこの放送を聞いていた。

「よし、みんな族が来るかもしれない、その隅っこの方に退避していろ。」

 警備の兵士が子供達とエルメラスを競技場の隅の方に集めるとその銃を抜いて身構える。

 

「安心してな、族は俺たちが退治してやるかなな。」

 若い兵はニコッと笑って竜たちを見る。

 長男のダンタロスは兵士人見つからないように隠し持っていたゼリーを皆にそっと渡す、SQ細胞の入ったゼリーである。

 

「みんなすぐに飲むんだ、これが必要になる。」

「どうして?」

 ロロが不思議そうな顔をする。

「いいから飲むんだ、後で説明してやる。」

 兄の真剣な口調から聞いてはいけないことだと直感した子供達は揃ってゼリーを飲み下した。

 

 兵士達は銃を構え周囲を警戒している、子供達が何をしているのかなどということには気づいていない。

 ドンッと音がして扉の一枚が破られると徐々に扉が開き始める、兵士たちは一斉に銃をそちらに向ける。

 

「「わん、わん♪」」

 突然数頭のロボット犬が一斉に飛び込んできた。

「な、なに?」

 一瞬あっけに取られた兵士達だったが犬が歯を剥き出してこちらに走ってくるのを見て恐怖に駆られる。

 慌てて銃を撃つが犬たちは軽やかにそれを交わして兵士たちに噛み付いた。

「うわああ~~~っ!」

「ぎゃあああ~~~っ!」

 あちこちで悲鳴が上がり兵士たちが感電して気を失う。

 静かになった所で扉からゆっくりとケアルが出てきた。

 

「ふっ、扉の前の警備を犬に任せるんじゃねえよ。」

 ケアルがその犬歯を剥き出してニヤリと笑う。

「あなたがケアルさんなのね。」

「おう!俺が警備部隊期待の新星と呼ばれている………。」

「竜神族の子供達ですね、全員揃っていますか?」

 ケアルの啖呵をミゲルが途中でぶった切って話を進める、今は時間が惜しい。

 

 ぶった切られたケアルはふてくされて床を蹴飛ばしていた。

 

「はい、揃っています。しかしこの体育館はすぐに包囲されます。」

「なあに俺たちには心強い味方がいるから心配すんなよ。」

「わん♪」

 ケアルが頭を撫でてやると尻尾を振る。

 何故がミゲルが露骨に渋い顔をしていた。

 

「いいか?これからお前たちを連れてここから逃げる、そして外の世界に行くんだ。」

 ケアルが竜の子供達に向かって叫んだ。

 この言葉に子供達が一斉に引くが一番大きな竜の子がみんなに向かい合って説得をする。

 

「僕たちはもうここでは生きていく場所が無いんだ、僕たちが成長すると身長が10メートルを超す、そんな怪物がこの人間の世界で何をして生きていくことが出来ると思うんだ?」

「だ、だけど僕たちを育ててくれた先生は?他の親切にしてくれた人達はどうなるの?」

 小さい竜が不安そうな顔をしてエルメラスにしがみついてくる。

 

「みなさん聞いてください。」

 教師のエルメラスが竜の子供達を撫でながら話し始める。

「あなた達はこの世界を囲んでいる壁を超える力が有ると信じて作られました。しかしながらその力は現れなかったのです。残念なことですが政府はあなた達を持て余しているのです。」

「僕たちはいらない子なの?」

 小さな竜の子供達は目に涙をためていた。

 

「そんなこたあねえよ、俺達の世界じゃ竜はみんなから敬われていてな、俺達の街にだって二人の子持ちの夫婦の竜が住んでるんだ。きっとお前たちを大事に育ててくれるさ。」

 ケアルが笑顔で子供達に話しかける。

「もしその竜のお父さん達が僕らをいらないって言ったら?」

「言わねえと思うが、もしその時は街とやしろが全力を上げてお前たちを育てるさ、もちろん人間の通う学校にだって一緒に通うことが出来るんだぜ。」

 

「人間の友達…出来るの?」

 嬉しそうに竜の子供が聞く。

「はい出来ますよ二人の竜の子供達小さい時は学校に通っていたのですよ、それにみなさんの世話をするやしろと言う組織がみなさんを守ってくれます。安心して外の世界に来てください。」

 ミゲルが優しい笑顔で竜の子供達を見る。

 

 この様な説明は男よりも女のほうが説得力がある。竜の子供達は一様に安心したような表情に戻った。

「それじゃみなさんとはここでお別れです。今日まで楽しい日々をありがとう、みなさんも外の世界で元気に過ごしてくださいね。」

 エルメラスの最後は涙声になっていた。

 

 竜の子供達もこれが遊びではなく現実の事なのだと言うことを受け入れ始めて来ているようであった。

 ひとしきり竜の子供達を抱いた後立ち上がるとケアル達に向かって頭を下げる。

「この子達をよろしくお願い致します。」

「ああ、絶対外に連れて逃げて見せるぜ。」

 こんな時のケアルは何故か頼りがいがありそうに見えるから不思議である。

 

「外に出るには転移ポイントと呼ばれる場所が有ってそこに転移を行える人がいるそうです、おそらくエルギオス先生はそこでみなさんを待っていると思います。」

「はい、その情報は伺っております。どのようにして転移を行うのかはわかりませんが、我々をここに連れてきたのと同じ方法でしょう。」

「それともう一つ絶対に人を殺さないでください、人を殺せばそれだけで竜の子供達を処分する口実を与えてしまいますから。」

「わかった、そんなこたあ最初から考えちゃいねえよ。それはコイツラもわかっているみたいだしな。」

「わん♪」

 なぜか嬉しそうに答えるロボット犬。

 

「ケアル、建物の外に人間が集まってきているわ。」

「思ったより行動が早いな、何人だ?」

「たぶん5人。」

 それを聞いてエルメラスが注意を促す。

 

「気をつけてくださいたぶん銃を持っていますから。」

「銃って何だ?」

 ケアル達の世界に銃はない、獣を狩るのであれば魔獣以上の運動能力を持つケアル達に銃の必要は無かったのだ。

「火薬の力で礫を発射する機械ですが片手で使えるくらいの小さな物と長いものの2種類有ります。」

「信号弾のようなものか?」

 信号弾は言ってみれば手持ちの花火の様な物である。

「ずっと小さなものです。」

 脳筋のケアルにはなんだかわからなかったが要は長距離から使える武器らしい、狩人にとっての魔法のような物だと言う概念は理解できた。

 

「まあいいや、アンタはここに残るんだろう。ちびさん達は俺の後ろからついてこい、大きいやつは小さいやつの手を引いて走れ、いいな!」

「「「はいっ。」」」

 ケアルと6頭の犬は出口の脇に体をよせる。

 通路は出口からまっすぐ伸びており、その先はT字型の通路になっている。

 

「通路両脇に二人づつ、それから少し離れてひとり。」

「そういうことらしいからチョット行って片付けて来い。」

「「わん♪」」

 何が嬉しいのか知らないがロボットのくせに尻尾を振って飛び出して行った。

 

 パン!パン!

「「「うぎゃあああ~~っ。」」」

「あれが火薬の爆発音らしいな。」

「人間の悲鳴が5つ聞こえたわ。もう動いていないみたい。」

「生きてるかな?」

「そこまではわからないわよ。」

 相変わらずアバウトな性格のケアルである。

 

「よし、みんなついてこい。」

 ケアルは飛び出すと後から子供達がぞろぞろとついてくる。

「思ったより早いな。」

 後ろから走ってくる子供達を観察しながら前に進む。

 

「正面物陰に二人!」

 ミゲルが叫ぶとブワッとケアルがスピードを上げる。

 目にも止まらぬ速度で犬を追い抜くと物陰に隠れていた兵士に衝撃波を浴びせる。

 相手を殺さずに仕留めるのには結構有効な手段であった。

 

「隊長の『地獄の業火』《ヘル・ファイア》じゃ相手の骨も残らねえからな。」

 物騒な発言をするケアルである。

 いきなり発生した緊急事態に人間たちの対応は恐ろしいほど鈍かった、こんな事態が起きるなどとは思ってもいなかったに違いない、 散発的な小競り合いが有ったものの組織的抵抗を受けずにケアル達は車両格納庫にたどり着く。

 

 そこにはリフリが待ち受けていた。

「みなさんこっちよ~っ。」

「おお、すまねえなコイツがここの連中の馬車なのか?」

 そこに置かれていたのは大型の装甲車である、真っ黒で四角いボディに6つの大きなタイヤが装着されていた。

 

「みんなこれに乗って!」

 しかしそこには10台余りの同じ形の装甲車が並べられていた。

「だけどコイツで逃げてもすぐに残りで追われるだろう。」

「大丈夫よ~、外に出てこのシャッターを壊せばすぐには出られないから~。」

 リフリはスイッチを入れてシャッターを上げる。

 

「あれが配電盤なのよ~、これを出した後あれを壊せばしばらく時間が稼げるわ~。」

 シャッターのすぐ近くに箱が有るこいつを壊せばいいのか。

「あなた達は早くこの馬車に乗って!」

 ミゲルが装甲車に子供達を乗せる。中は狭いが子供達を載せて逃げるのには十分な大きさが有る。

 

「私は~装甲車を外に出すからあなたは車が外に出たらこのボタンを押してシャッターを下げて~、シャッターが下がったら~あの箱を破壊して頂戴。シャッターが降りるまで~箱を壊しちゃ駄目よ~。」

「だけどよう、何だってここには人がいないんだ?」

「あなた達が暴れているからよ~、そこいら中で情報が錯綜して指揮系統がめちゃくちゃになっているみたい~。」

 要するにここの連中はこういった荒事の経験が無いってことらしい、なんとも情けない軍隊が有ったものである。

 

 シャッターが降りたのでケアルは衝撃波を打ち込んで配電盤を破壊する。

 ボンッと音がして配電盤から火を吹くと室内が真っ暗になった。

「お~い、お前たちそこで何やっている~。」

 向こうから走ってくる男たちが見えた。

 ロボット犬が一斉に走っていく。

 

「わん、わん♪」

「ぎゃああああ~~~っ。」

 いくつかの悲鳴が聞こえる。

 一頭だけがケアルの元に残っていたのでその犬に声をかける。

「ここでお別れだ、達者で暮らせよ。」

「わん♪」

 犬は尻尾を振っていたがケアルの後を追っては来なかった。

 

 ケアルは近くのドアから外に出ると装甲車に飛び乗った。

「いいぞ、出発だ!全員いるな!」

「は~い。」

 元気な声が返って来る。

 

 全員を載せた装甲車は勢いよく基地を飛び出した。


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