10 紫銀色 その五
何故、第三皇子殿下がここにいるのでしょう?
わたくしったら勉強のし過ぎで、目が可笑しくなったのかしら?嫌だわ、もう。
こしこしと軽く両目を擦り、もう一度隣を見てもやっぱりそこには第三皇子殿下がいらっしゃった。
幻ではない⁉
「………本当に?」
困惑気味に問いかければ、第三皇子殿下は笑みを深くし、口を開いた。
「久し振りだね、ラティーニア嬢。元気そうで良かった」
「………お久し振りですわ。第三皇子殿下」
わたくしには、それだけ返すのが精一杯だった。
「渡す物があり、アンシェシア家を訪ねたら、最近は毎日こちらに通っていると聞いてね。俺もここに興味があったから、見に来たんだ。勉強の邪魔をして、すまない」
「!いいえ!そんな、止めて下さい!ここまで足を運ばせてしまったわたくしが謝れど、貴方様が謝罪する必要はありません」
唐突にここにいる理由と謝罪を言われ、疑問で一杯だったわたくしの頭は更に混乱した。
もう本当に止めて!わたくしの心臓がもたないから!
ここが図書館だということも忘れ叫んでしまったが、直ぐに慌てて口を塞ぐ。
「そうか、ありがとう。今はなにを勉強しているの?」
「あっ、はい。今は歴史について学んでいるところですの。やはり初めに学ぶのは、この国の事かと思いましたので」
わたくしはこの世界、この国で生きていくことに決めたのだから。先ずはこの世界や国がどういう処なのか、知らなけばならない。ここはあまりにも「わたし」が生きていた処とは、違い過ぎるから。
「オーレディアの歴史は長いからね、大変だけど歴史を知れば知る程、この国が愛しく想えるよ」
「それは貴方様のお心ですの?」
「ああ」
力強く頷いた第三皇子殿下のお顔は、オーレディア皇国皇家に生まれたことを誇らしく思っている、その思いがありありと伝わってくるお顔だった。
そのお顔を見て、わたくしは自然と笑顔になった。
「とても素敵ですわ。わたくしもぜひ、その想いを感じてみたいです。頑張って勉強致しますわね」
笑顔のままで第三皇子殿下の目を見つめたまま告げれば、顔を背けられてしまった。
いけない、皇子殿下の目を見つめるなど不躾でしたわ。わたくしはアンシェシアの者ですから、皇子殿下をたぶらかそうとしている、などと噂が立ってしまうわ。そんなことになったら、皇子殿下に失礼すぎるわ。
気を付けなければ。
わたくしは無表情を作り、手に広げていた本に目を落とす。これはこれで失礼な気がするけれど、顔を見るよりましよね。
「………ところで」
「?」
顔を背けたままで黙ってしまったので、怒ってしまられたのかと思い、静かにしていたら小さな声が聞こえた。よく聞き取れなかったので、横を向いたら第三皇子殿下と目が合ってしまい、慌てて視線を彼の胸辺りに向ける。
「ところで、その他人行儀な呼び方ではなく、名前で呼んでくれないか?」
「え?」
またしても唐突な言葉に、瞳を瞬いてしまう。
「俺達は従兄弟同士だろう?なら名前で呼んでほしい。俺も君のことをラティーニアと呼ぶから」
真剣な声音にそろりと視線を上げたら、意思の強い瞳がそこにあった。
「……貴方様がわたくしをそう呼ぶのは一向に構いませんが、わたくしが貴方様を名で呼ぶのは………」
「………駄目か?」
そんなあからさまに悲しそうな顔をしないで下さいまし………
「あまりにも不敬かと」
「俺が良いと言っている」
引く気はないと、第三皇子殿下のお顔は物語っておりますわ………
「…………………ユリウス、様?」
「俺の家族は皆、ユーリと呼ぶ。君にもそう呼んでほしい」
うぅ……名前呼びだけでもハードルが高いのに、愛称なんて……でも、呼ばないと終わらないのでしょうね。
「…………ゆ、ユーリ様………」
ユーリ様の瞳を見つめたまま呼べば、彼は心から嬉しそうにはにかんだように笑った。
わたくしはその笑顔を直視して、驚愕に固まってしまった。
背後に華が咲き乱れる笑顔なんて、「わたし」の愛しい天使以外で初めて見ましたわ。
そのことにも驚いたけれど、何故かその笑顔に奇妙な感覚が心を過ったのです。
何処かで見たことがあるような、そんな感覚。
奇妙な感覚と何故ユーリ様がそんな笑顔を浮かべたのか分からなくて返した笑みに、困惑が滲んでしまったのは、どうか許して下さいませ。
読んで頂いてありがとうございました。




