‐Ⅶ.悪の総統は相当な悪‐ 8
ヨキは前方の敵を睨み据えると、満ち足りた顔で、誰へともなく告げる。
「船出の準備は整った」
黒刀を鞘に戻し、両手で逆手持ちにすると一息に地面へ突き立てた。
「蛇蝎封縛鞘、全解放。魔法陣を展開しろ」
ヨキの呼び声に、すぐさま彼の頭の中で声が応じる。
《エラー。ガジェットを開始できません。発着座標の情報と動力が不足しているため最も基本的なウィジェットも充分機能しないおそれがあります》
「どちらも揃っている。構わず展開しろ」
《受諾。発進シークエンスを開始します》
ヨキの着るインバネスコートが、凪いだ世界で風を孕んで揺れていた。その風に紛れて、有機的なフォルムの鞘がほどけるようにして粒子状に溶け出す。これまでのような黒い波や靄の形態とは違い、それは『闇色に輝く光子』となって降りそそぐと、大地に黒い亀裂が入るようにして幾何学模様を刻んでいった。
機械的な音声が、自発的に声を発する。
《思えば、あなたとの旅は苦難の連続でした》
「……気付いていたか」
《ええ、あたなのことなら大抵のことは。ただの人間には出過ぎた口でしょうか》
ヨキは声に出さず、端的に「いや」とだけ否定して答えた。
《これより全てのリソースを費やしてあなたの船出を支援します》
「ああ。この体は、私が旅立てば自然と貴公のもとに還るから心配するな。だが我らが王の民、貴公に預ける勝手をどうか許してほしい。量子化情報を取り出せるその時まで頼んだぞ」
《どうぞお気遣いなくなんなりと。よい旅を》
気づけば足元には、直径にして百メートルはある巨大な紋様が黒く浮かび上がっていた。
「ちょっとアンタ、何するつもりなの!?」
セラフは、計り知れない何かとてつもないことが起こる予感に食って掛かる。セラフだけではない、四人の少女はヨキの周囲に立ち、非難がましい目を注いでいた。だがそれは、得体のしれない焦りや恐怖に駆られてのことだった。
「クッ、セラフ後ろだ!」
「えっ? しまっ──」
至近距離に突如として空間を割って現れた巨大な肉塊。そいつは姿を現しきる前に、ドラム缶のような腕を振るってセラフを殴り飛ばした。
「セラフ!?」
仲間たちが悲痛な叫びを上げるが、彼女はすぐさま空中で体勢を整えて追撃に備える。敵へ向き直ると、そいつは首を刎ね飛ばされて地面に倒れ込むところだった。ヨキが手にしていた黒刀を投げつけたのだ。余計なお世話、そう言おうとしたセラフだったが、スーツユニットの耐久値残量の警告が耳の奥で鳴り響いて口をつぐむ。
続いてシャオリンの周囲に現れた敵も、彼女はすぐさま自分で対処して薙ぎ払う。とっさにテトラも飛び道具を呼び出していたが、あまりの反射の速さにあっけにとられていた。
「はあっ、はあっ」
「だ、大丈夫ですの?」
「う、うん。びっくりしすぎて引っ込んだ」
謎の報告を交えてくるシャオリンだったが、表情を見る限りジョークのつもりはなさそうだ。早鐘を打つ心臓を手で押さえて周囲を警戒している。
「そう、引っ込んでしまったんですの……」
「なんでちょっと残念そうなんだよっ」
シャオリンは耳ざとく聞き返して半眼を向けるが、次の瞬間、目を大きく見開いた。
テトラが、右目と鼻から出血していたのだ。そして体を大きくふらつかせ、崩れるように両膝をつく。
「あ、あらっ? 思わずオーバーフローしてしまいましたわね」
「何やってんだよ! 負荷がかかってるのに武器なんて呼び出すから!」
シャオリンはそう言いながらも、自分を助けようとしてくれたことに負い目を感じていた。駆け寄ってしゃがみ込むものの、どうしていいか分からずにあたふたとうろたえるばかりだ。




