‐Ⅶ.悪の総統は相当な悪‐ 7
八面六臂の大活躍をするヨキとセラフとは対照的に、それに背を向けたシャオリンは、結界に爪を立てながらすがりつくようにして怨嗟の声を上げていた。目をぐるぐるさせ、脂汗をだらだら垂らしながら必死に我慢して赤くなっているが、声を聞く限りはそうとうな修羅場であることは間違いなさそうだ。
「ハァハァ……出して……ボクをここから出してよぅ」
彼女にとってはそうとうな修羅場なのだろう。うろんな目つきからは希望の光が失われている。
哀愁の漂うその背中を遠巻きに見るテトラとエメラルドが切なそうだ。
「出して出してって、出したいのはシャオリンのほうですわよね」
「っ! テ、テトラちゃん下品よっ」
明らかに笑いをこらえているエメラルドもそれなりに失礼だったが、悪の総統よりもよほどイメージ戦略を大切にしているアイドルに向かっては許されない放言だった。だが、もしカメラクルーが居合わせたなら今のシャオリンはかっこうの被写体だったことは間違いない。
「わたくしのギャグ係が取られましたわね」
「……残念そうなのはソコなのね」
くだらないことを口にしてはいるが、テトラは前人未到の領域へ踏み入るため、その身の全てを物理領域として演算機能に回している。その負担は外から見えないはずなのに、呼吸や表情が明らかに衰弱しており、消耗の激しさが手に取るように分かった。エメラルドも申し訳ていどの障壁で自身とテトラを守っているものの、攻撃に転じるどころか維持するだけで精一杯のようだ。
長くは持ちそうにない。ヨキは臍を噛みながら、出来る限り敵を引きつけ、斬り捨てた。
「そっち行ったわよ、シャオリン!」
セラフの鋭い呼び声に、シャオリンは──
「……レオニード」
ぼそっと呟いて、肩越しにステッキを振るうのみ。星と月をモチーフにしたそのステッキを投げやりにスイングさせるだけで、瞬間、その軌跡が光の矢となって目にも留まらぬ速さで敵を貫いた。同じ要領でステッキを何度も上下させると、そのたびに無慈悲な光条が殺到する敵を屠る。
ヨキは戦線から下がっている二人を守りながら、怪訝な目で呟く。
「以前は呪文のような謎の一文があったような気がするんだが……うおっ!?」
手元が狂ったのか、一発だけヨキの足元へと突き立った攻撃に声を上げる。驚いて彼が見返すと、シャオリンは口をとがらせてぷいっとそっぽを向いた。
「なんかその、すまないな。そんな状態なのに」
なんとなくヨキは申し訳ない気持ちになってそう告げると、立つ瀬がなくなるのはシャオリンのほうだ。恨めしそうな目で見つめ返し、しかしバツが悪そうに口をつぐむ。言葉にならない声で唸っていた。
「む~! む~!」
「だが死中に活を見いだせるぞ。人間はおしっこを我慢しているとき思考力が加速するらしい」
「それはもしかしてフォローのつもりなの!? しかも胡散臭い!」
今度こそ間違いではなく、シャオリンはヨキを狙ってステッキを全力で振るった。
「うおっ! こっちを狙うな!」
突然襲った熱量のない無数の光線にも、ヨキは素早く反応し連続して身を躱す。危なげなく躱すことができれば、それは頼もしい援護射撃であった。流星群により周辺の敵が一掃されると、ようやく一息つく。
そこでヨキははっとなった。
「その力、異界の構文を読み上げているのか!」
「な、なんだよ急に! ってか近寄るな!」
食ってかかられたシャオリンは声を裏返し、いや、本来の歳相応の少女の声で、ガードしながら後ずさりする。
「熱量も質量もないままどのように斥力場を生じているのかが分からなかった。やはりその装備、そうだったのだな……!」
「ちょっと待て! 今は揺らさないで! 待ってったら!」
ヨキはしきりに得心した様子で、珍しく高揚しながらシャオリンの肩を揺すっていた。彼女のほうは掴まれた肩を気にしながらストップをかけているが、声が届いていないようだ。
彼はひとりで納得していた。胸に手を当て、自信に満ち満ちた晴れやかな顔で、大仰に天を仰いだ。
「我が意を得たり! 王よ! 我が王よ! 私の勝手を予見し、あまつさえ許したか! フハハハハッ!」
それから刀を置き、恭しく傅いて頭を垂れる。何を言っているのか分からない少女たちだったが、茶化すことなどできず気圧されながら見ていた。
静寂が訪れた。それはどこからともなく敵が再び現れるまでの、ほんの数秒のことだった。
ヨキは武器を手に立ち上がると、徐々に大きくなっている時空の歪み──『滅び』という現象へ、黒刀の切っ先を向けた。
「さあ正義の味方よ、準備は良いか。フィナーレだぞ!」




