‐Ⅶ.悪の総統は相当な悪‐ 4
投げ上げた少女の行く末を見届けもせず、ヨキはもう一人の前衛に呼びかける。
「セラフ!」
「なによ!!!」
「なんかすいません……」
脊椎反射的に光速で謝罪する鮮やかな手並みだったが、セラフのほうは余計に不満を募らせているようだった。怒りに任せて炎の剣で斬り屠っている様は、熾天使というより憤怒の化身とでも言ったほうがよほど似合っている。
「だからなんなのよ!」
「エメラルドの結界が展開すれば遠慮はいらんぞ! 最大火力を見せてもらおう!」
「いいわ!」
「とは言え間違ってもこの私を焼いてくれるなよ!」
「いやよ!」
「なんでっ!?」
盛大にショックを受けながらも戦いの手を止めないのは見事だった。敵味方なく周囲を警戒しながら、上から降り注ぐ光学兵器のような雨あられの中から目ざとくシャオリンを見つけると、敵陣を切り開いて落下地点に回りこみ、余裕を持ってキャッチする。
「無事、でもなさそうだな。無傷ではあるようだが」
工事現場の掘削機のように猛烈な振動をしている少女を見て、ヨキはさすがに気が咎めたらしい。あれだけ毛嫌いしていた相手にしがみつき、消え入りそうな声で「許して……許して……」とうわ言のように繰り返しており、見る者をいたたまれない気持ちにさせるのだ。
「……トラウマを克服はしていないがとりあえず立ち向かう力はつけたであろう。良かったな」
どう見ても克服どころか悪化させていたが、シャオリンは恨めしい目をするだけで言い返さなかった。
「質量転化式加速器、マイ・ディア・マッドマーダー=セカンド!」
ヨキのトラウマを刺激する言葉が聞こえた気がして振り返ると、そこには銃身が円柱状にいくつも連なった、重量感のある台座付きの回転式多銃身機関銃──らしきものが堂々と鎮座していた。それにもたれかかったテトラが恍惚とした表情で銃身を撫でている。
「ご覧くださいまし、獲物を前に臨戦態勢となっているネコのようなこの愛らしい出で立ち」
「……」
「マッシヴで安定のある足元もステキですわぁ」
ヨキは薄ら寒いものを感じて、手の中のシャオリンに目を落とす。
「こわいんだが?」
「いや知らないけど。なんでちょっとボクに高圧的なんだよ」
「さあ行きますわよー! 特性のクラスター劣化ウラン燃料気化ナパーム弾を食らい遊ばせ!」
「はっ!?」
着々と発射準備をすすめるテトラのやけにリズミカルな宣言に、これから何が起きるのか察したヨキは全速力で敵陣から離脱した。肩越しに振り返る先で、ガトリング砲なのになぜかやや仰角に撃ち出された無数の弾丸が山なりの軌道を描いて、空中で何かを撒き散らしているのを確認し、嫌な予感が的中したことを悟る。セラフとエメラルドに近づくと、抱えていたシャオリンを立たせた。そして自分は鞘を解き放った。
「耳をふさいで口を半開きにしろ! エメラルド、天井をぬいて我々の盾に回せ!
蛇蝎封縛鞘──虚朧!」
それとほぼ同時のことだった。
閃光。轟音。遅れてやってくる爆風。
弾丸が撃ち出されてから数秒のタイムラグを置いて、世界は音のない白一色に染まった。
余波が収まるのに十秒以上を要し、もうもうと立ち込める煙幕はまだまだ収まる気配がない。
火をつけた爆竹を掌の上に乗せるのと、火をつけた爆竹を手に握りこむのとでは、ダメージはまるで違う。結界によって強固に閉鎖された空間で、ただでさえ見境のないテトラの兵器が、戦術兵器のような無差別破壊兵器となっていたのだ。天井が開いていなかったら、どれほどの威力となっていたのか。
エメラルドのエナジーフィールドに守られながら、さらにヨキの解き放つ蛇蝎封縛鞘が黒い濃霧となって五人の盾になる。そして彼の腕の中には、距離があったはずのテトラも抱かれていた。解放した鞘の一部を触手のように伸ばして引き寄せたのだ。
だが、そのため防御がわずかに遅れた。
「ぐっ……! 無事か、テトラ」
「わたくしは伯爵のお陰でかすり傷ひとつありませんわ。わたくしよりも生身のあなたのほうが──」
「それこそ無用な心配だ。貴様のその兵装は損害を受けると活動限界が短くなるのだろう。そのほうが戦略に支障をきたす」
膝をつくヨキの手から離れ、テトラは沈痛な面持ちで彼を覗き込む。少女がすでに純粋無垢な性格を取り戻しているのは、武器を手放しているからだろうか。




