‐Ⅵ.自分探しの旅って言うけど旅なんか出なくてもお前はそこにいるんだぜ‐ 6
「貴様はひとつ勘違いをしている。私は王ではない。
この体に生成された仮の人格に過ぎない」
さらに話をややこしくするヨキ。刀を振るその背中に、セラフは努めて冷静に告げる。
「ソレどういうこと。説明してくれるんでしょうね」
「詮無きことよ。いずれ何ら意味を持たなくなる」
「ちょっと!」
「それよりいいのか? こいつらが現れるのはここだけではないぞ」
「なっ!?」
寝耳に水の報せにセラフは血相を変えて掴みかかった。
「……どういうつもりよ。もし被害者が出たら承知しないわよ」
「現れると言ったのだ。まだ少し猶予はある」
眼光がやわらぐことはなかったが、とりあえずヨキは解放された。
セラフは剣を大きく旋回させて炎のバリケードを作ると、ヨキに改めて向きなおった。
「じゃあ別のことを聞くわ。コレはどういうことなの」
あたりを身振りで示しながらのあいまいな問いだったが、ほかに言葉が思いつかないようだ。もっともこの状況を理解している者がいるとしたら、それはこの事態の元凶くらいではないだろうか。
セラフの鋭い目は言外にそう突きつけていた。観念したわけでもないが、セラフがこうなると梃子でも動かないことをヨキにも容易に想像できた。
「あの空間の歪み――その女が『綻び』と呼ぶあれは、『滅び』という現象だ」
「現象っ?」
険相でオウム返しに問うセラフ。
「そうだ。それ以外に説明のしようがない」
「じゃ、あのバカみたいに痛い『音』もソレなの?」
「それはまた別の現象だ。『滅び』が生じたことで反応した、世界の保全機能に過ぎない。私たちは『星の悲鳴』と呼んだ」
「あーもー!」
質問を変えても結局は理解できないことが増えていくだけだった。頭をかきむしりながら苦悶の声を上げることしかない。
「じゃあコイツら! この変な化け物は何!」
「私は知らないな。その女のほうが詳しいのではないか」
「えっ」
半ばヤケになった質問に返ってきた思いも寄らない指示に、セラフは視線を追ってそちらを凝視する。
けねぁはやりきれない表情で、哀れむような目を化け物に向けていた。
「……あれを『綻び』と呼ぶのって、あれが異次元から進入できる空間の穴と捉える、私たち独特の表現ってことよね。そうでしょう? ヨキ伯爵」
「確信したのはつい先ほどだがな」
ヨキは至極落ち着いた様子で、目前に迫っていた敵を斬り捨てて刀を鞘に納めた。それをセラフが不審に思うより、けねぁの行動のほうが先だった。胸の前で祈るように指を絡めて手を合わせると、不思議なことにアップにした髪が自然にほどけて広がる。
「本当なら私が彼らを鎮めなければならなかった。こんな残酷な役目を、何も言わずにセラフちゃんに押し付けてたなんて、我ながら最低だわ」
「な、何を言っているのよ、けねぁ」
セラフの表情が不安にかげる。
「セラフちゃん。私、みんなに話せていないことがいっぱいあるわ。だから私はヨキ伯爵よりも先に打ち明けるべきよね」
「なっ」
けねぁは――変身もしていない彼女は、科学の光子とは違う光をまとう。蝶のリンプンのように幻想的に舞う光が、何もないところから抽出されるように集まっていくのだ。やがて彼女は、ゆっくりと地面から浮かび上がった。
セラフは息を呑み、瞠目する。
「清浄なる風よ」
けねぁの呼びかけに応えるように、やわらかな風が手元で渦を巻いていた。それだけではない。まだ夜から覚めやらぬ静かな街で、突然の突風が彼女のまわりにだけ吹きすさんでいた。
「清澄なる水よ」
今度の上ずった声はつやめいていて、周囲に集まってきた雲霞の水分に残響する。冴え冴えとした冷気にあてられ、彼女のみずみずしい肌がすぐさま赤く染まる。
「白日のもと 審らかに」
雨のあとのような澄んだ空気が、洗練された発声の静かで力強い言葉を響き渡らせる。渾然となる風と水に祝福の光が降り注いで、胸の高さに、輝く泉を作り出した。
「賜杯を聖光で満たせ」
胸の前にできた『光の水面』。両手を差し入れると、その光の源である『銀色の砂』を掬い、投げ上げた。
けねぁはすぅっと息を吸い込み、風に舞う銀砂の中、腕を広げて高らかに声を上げる。
「セイクリッド・ブルーム!」
――〔【聖輝】〕――
唄うような声を、聞き取りづらい電子的な音声がなぞった。銀の砂は光の雨となって公園一帯に降り注ぐ。見る者に神々しいほどの魅了を振りまくようだった。
化け物たちは足を止め、それを心待ちにするように空を見上げていた。
それからたった数秒のこと。あれだけたくさんいたのが嘘だったように、異形の軍勢はあとに血だまりのような痕跡だけを残して崩れて消え去っていた。
ゆっくりと着地したけねぁはよろめいたが、すぐ近くに寄っていたヨキが背中を抱きとめる。あっけに取られていたセラフだったが、我に返ると慌てて駆け寄ろうとした。
だが息つく間もなく、けねぁは告げる。
「セラフちゃん、よく聞いてね」
「な、なに……?」
背中ごしに話すけねぁと、冷厳とした視線のヨキ。近寄りがたいものを感じてセラフの足が止まる。
「あなたたちの世界は、いくつかの勢力に狙われているわ」
まるで他人事のような口ぶりだ。
セラフは息苦しさに喉を鳴らした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。アタシたちの世界、ってどういう意味よ」
けねぁはセラフの抗議が聞こえていないかのようにそのまま続けた。
「ひとつは私のいた、神話の世界」
「――ッ!?」
けねぁは自分の胸に手を当て、聞き間違えようもなく明瞭に言う。驚愕するセラフの顔をためらいがちに振り返り、すぐ視線をはずす。
「ひとつは、異次元の世界」
今度はヨキを一瞥にしながらだった。そして血だまりのような地面の染みに視線を投げかけながら、
「ひとつは、死後の世界」
そう継いで、ようやくセラフを正面に捉えた。
「赫機関は、ほかにも無数にあるそうした未知の世界からの敵を想定した特務機関よ。諜報活動は、この世界に点在する超高度最先端技術を結びつけるために行われていたに過ぎないわ」
常人の理解を超えていた。とっぴ過ぎる話だ。
言いようのない『畏れ』を感じていたセラフだったが、仲間であり友人であるけねぁの言葉をなんとか受け止めようと、必死に耳を傾けていた。
「異界の勢力はほぼ例外なく、この世界の侵略を目的としているの」




