‐Ⅵ.自分探しの旅って言うけど旅なんか出なくてもお前はそこにいるんだぜ‐ 2
「あのスーツユニットがあれば大した敵もいないしね。唯一てこずるって言っても、毎度毎度なんのためか分からないことやってギタギタになってる変なヤツしかいないし」
「でもそれは……」
「ぐぬぬっ……!」
励まそうとしたけねぁの言葉が、妙なうめき声とともに鳴り響く、木の落下するカラーンという軽い音で中断する。距離にして十数メートルほどか。見ると袴を着た男が木刀を取り落としていた。中に着たボディスーツを見せるように上半身をはだけている、ボサボサの髪の男。
けねぁは振り返りながら、男の横顔に既視感と嫌な予感を感じて脂汗を浮かべた。
「え? え?」
「あぁ。初めっからいたわよ、あれ」
そぁらは落ち着いたものだったが、けねぁはその存在にまったく気づかなかったためにびっくりしていた。
男の傍らには長いすに腰掛けた長い黒髪の少女がおり、どうしていいか分からずにオロオロとしている。男は少し固まってからのろのろと木刀を拾い、素振りを再会した。
そぁらは気を取り直して話し始める。
「しっかしあのなんとかって伯爵、全然強くないくせになんであんなにも偉そうなのかしらね。全然強くないくせに服もムダに上等なの着ちゃってさ」
「ぐはっ!?」
カラーンと、男は再度、木刀を取り落とす。
「……」
傍らの少女はそれよりもずっと狼狽していたが、やがて木刀を拾って男に持たせてやると応援の手拍子を始めた。もたもたと、ぎこちない素振りが始まる。
視線をはずせずにいるけねぁの動揺など露知らず、そぁらは続ける。
「まったく、あの伯爵きどりの変態活動家は早く消えて欲しいわね」
「そ、そぁらちゃん? そのお話はまた今度にしない?」
「がはっ!」
なぜか精神的ダメージを受けている男を尻目に、けねぁは制止の声をかける。
「『友だちはできないんじゃない、作らないんだ!』とか言うタイプね。カンだけど。どうせ自分の物語でもせいぜいエキストラにしかなれないような、ザコキャラのモブキャラの当て馬みたいなもんでしょ? カンだけど」
「え、え~っと」
「ぐぎゃあっ! って――」
けねぁの視線の先で、男はとうとう木刀を地面に叩きつけた。
「当て馬じゃなくて噛ませ犬だろうが!」
男は悲痛に叫んでから、自分のセリフにショックを受けて崩れ落ちた。
けねぁの嫌な予感は最高潮に達していた。
「さっきからうっさいわね。あんた誰よ。何をそんな興奮してんのよ」
その一方で、そぁらは先ほどから横槍を入れられて不満顔だ。隣の友人が何をそんなに動揺しているのかと怪訝に思いつつも、ストレスの矛先を男に差し向ける。
「私か? フッフッフッ、私はそう――通りすがりの者だ!」
「……」
急に語調を強めて力の限り断言する。けねぁはげんなりとなった。
男は一呼吸おいてから、やけに凄みのある眼光に言葉をのせた。
「問い続けることだ」
平静を取り戻してから男が発した第一声は、ようやく過ぎ去ったはずの暗い夜の帳――凍てつくような寒さを思い起こさせる、冷厳としたものだった。
急に深みのある言い方をした男に、彼女たちは思わず閉口する。
「正義とは何か。問い続けることが、正義を正義たらしめん」
「聞いてたの? 趣味悪いわね」
男はそれには取り合わずに、木刀を正眼に構えて深い呼吸に切り替えた。
「正義は自らなろうとするものではない」
息を鋭く吐きながら木刀を振る。
一歩、踏み込みながら。一歩、退がりながら。通常よりもふたまわりは大きな重い木刀を正眼に構え、一つ一つ丁寧に振る。どれだけの時間そうしていたのか、その足元で土の地面は踏みしめられて固まり、汗で水溜まりができていた。
そのことに初めて気づいたそぁらは、驚きのあまりとっさに言葉を失う。
「な、なろうとしなければなれないじゃない」
「はずれてはいない。しかしそれでは悪の存在が前提だ。そして正義は結果である。手段や目的であってはならないものだ」
「じゃあアタシの思いが偽物だって言いたいの?」
正義を履き違えているのではないか。男が言外に突きつける辛辣な言葉に、そぁらはつまりそうになる。それは彼女がどこかで感じていたことだったから。
真っ白な息が余韻を残してわずかにとどまるが、彼女の深い憂いを振りきってすぐに霧消する。あたりは夜から離れつつあった。
男は十分に反芻してから告げる。
「かつて正義の味方になりたがった純粋な願いは、そのときは紛れもない本物だった。だが世界のあり方が違うことを『発見』してしまった今となって、それは誤りではないにしろ自分自身の本心にそぐうものではない。学問を究めるに同じだ。新しい見え方に気づいたのなら、見つめなおさなければならない」
日が昇り始め、これからだんだんと暖かくなっていく時間帯だ。街は夜間に奪われた暖気を、これから少しずつ集めていく。
「問い続けることは、単純にして明快。しかして難解だ」
男は自分の発言に自信と責任を持っている。それが言葉の端々に満ちていた。
「だがそれこそが己の正義を確かめる唯一の道なのだよ」
朝焼けの公園はまだ寒さが厳しい。
だがそぁらの中には、すでに熱情が生まれつつある。
「そっか……今でも同じ夢を見てるけど、でもまったく同じじゃないんだ」
ふつふつと湧き上がる衝動に、そぁらの口元に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。




