‐Ⅵ.自分探しの旅って言うけど旅なんか出なくてもお前はそこにいるんだぜ‐
朝霧の公園にて、そぁらは手すりにもたれかかって眼下の街並みを見下ろしていた。
海が近く小高い丘の上にあることから一年を通してよく霧がかかり、そのため地元の人間からは白霧公園と呼ばれている。遊具がないこともあって、広大な敷地は人工池と植物だけではもてあましているように見えた。
「なんか……実感ないなぁ」
セーラー服の上にパステルブルーをした七分丈のコートを着た彼女は、そっと白い息をこぼす。
自分がこの街を守っているんだ――
ラキを手にかけて目標を見失っていたとき、そう自分に言い聞かせて毎日を戦った。そうするうち、本当に正義の味方としての自覚が彼女を支えるものになっていった。
そのはずが最近、ラキが何を目指していたのかのかを考えるようになってから彼女の中に解消されない疑問がいくつか浮かんでいた。
自分の戦いは、街の平和にどれだけ役に立っているのか。
イグナイトが勢力の拡大を続けたあのころ、悪は統治され、今より世間は混乱していなかった。ラキはこの街だけじゃなくて国全体をも守っていたんじゃないか。
考えても答えのないことは分かっているのに、どうしても頭から離れない。いつまで戦っても反社会勢力はなくならないし、平和のための有効打を見つけられないでいる。
「アタシの目指した正義の味方って、どんなだったっけ」
今はアンニュイな気分に浸っていたい。ある種、自己陶酔のようなそんな不純な気持ちがあったことに気づいてしまったのは、ヨキの変に真面目な顔が脳裏に浮かんだときだった。
「とりあえずアイツは早いとこ片付けたいわね」
考えるだけでムカムカしてくる。寡黙なうえにほとんど会話する機会のなかったラキと違って、ヨキは思っていることを率直に告げてくる。しかもボキャブラリーが豊富で、状況に応じた適切で端的な言葉はそぁらにとって正面から否定しづらいものもあった。
意味が分からないのではなく、ときとして共感できてしまうから困るのだ。
清純なまま、純粋なままの正義の味方でいられなくなる。だからヨキの存在は、完璧であろうとする彼女にとって邪魔なのだ。無性に腹が立つ理由が分かると、その身勝手な論理になおさら苛立ってしまう。
深みにはまってしまう気がして早々に考えるのをやめた。
「アタシはどうしたいんだろ……」
鬱屈とした晴れない気分のまま、寒さに赤くなった鼻をすする。
「どうしたの? そぁらちゃん」
呼びかけに首をめぐらせる。
声の主はけねぁだった。落ち着いたベージュのコートから素足が生えているさまは、世の男性ならドキリとすることだろう。踵を高くしたブーツやアップにした髪、耳元にのぞくのは変身アイテムとは違う月型のイヤリングなど、いつもとは違う雰囲気だ。もこもこした長いマフラーをしているが、足元のせいで寒そうに見えた。
「そっか、交代……学校行きたくないな」
けねぁは時間をかけて歩みより、隣に並ぶ。
「なんだか気が塞いでいるみたいだけど、どうしたの? 私に話せないことかしら」
「う……ん」
「えぇ」
はっきりしない答えに、けねぁは急かすでもなく笑顔でただ相槌を打つ。
彼女たちが今日こうして朝早くから公園を訪れていたのは、ある情報源からのタレコミがあったからだった。情報源について司令室から詳しいことが話されることはない。正体不明であるらしいが、司令室の信頼は厚いようだ。特にイグナイト(直訳で『発火』の意)の出現はピタリとあてることから、司令室では『消防士』と呼ばれているとか。
まだ明るくならない時間帯で寒さも厳しい。けねぁは自分のマフラーを取ってそぁらに巻いてやると、胸に抱きしめて頭を撫でた。
「そぁらちゃん、今日はもうお帰りなさい。私の部屋に暖かいポタージュが用意してあるわ。学校までに、できればゆっくりお風呂に入ったほうがいいわね」
「うん、ありがとう」
「気をつけるのよ」
腕から離れ、促されても、そぁらはそこを動こうとはしなかった。
「……アタシってさ」
「なぁに?」
「小学校のころから正義の味方になりたいなんて公言してるヘンな子だったんだ」
「うん」
正義の味方とは、二年ほど前の『シャイニィレッド・セラフの鮮烈デビュー』をきっかけに爆発的に認知されるようになった、まだ新しい言葉だ。それ以前はテレビの中、しかも特撮やアニメの世界だけの専門用語だった。それを口にしてはばからないのは、小さな男の子でなければ変わり者くらいだ。
そんなかつての自分を打ち明ける気恥ずかしさからか、くるりと背を向けて街へ目を落とす。唐突に話し始めたそぁらだったが、けねぁは微笑んでいた。
「あのころって、なりたいものははっきりしていたけど、ただ漠然と悪者を退治するのが正義の味方ってくらいにしか思ってなかったんだ。だから杓子定規に、スポーツに打ち込んで、バカがつくくらい正直で真面目な人間であるように努めた」
それは彼女がそうしてきた自分の生き方を、今は否定しているかのような口ぶりだった。スポーツから学んできたフェアプレイ精神や、潔癖と言えるほどの清純さは、テレビの中の『正義』そのものだったし、何より信条として彼女の行動を支えていた。
「でも実際なってみると、スポーツを愛する気持ちとか、生真面目さって求められてないって分かった。そんなことより、指令に忠実であることのほうが重要なのよね」
上層部の指示にだけ従っていればいい、なんてとんだ正義の味方だ。そんな疑問がついこぼれそうになるのに、けれどその疑問を持っているのが自分だけで誰かに相談することもできない。
正義の味方の真価とは何か。
それはどうやら議論の余地がないくらい明確なもので、誰も疑問を抱いていない。ほんの数年前に、正義の味方になりたいと口にしたのと同じくらいばかばかしいことなのだ。だが明確な『敵』を見失った彼女にとって、避けては通れない壁だった。
「アタシの信じた正義のあり方とは全然違っちゃってさ。なんのため、誰のための正義なのか、アタシはそんな根っこの部分から揺らいじゃった気がしてたんだ」
貴様の正義とはなんだ――
いつかのラキの問いの答えが見つかると思っていたわけではない。
これを乗り越えなければ、ラキを手にかけた自分をいつまでも許せない――胸を占める強迫観念からこぼした弱音だった。
そんな自分をごまかすように、そぁらは苦笑交じりに続ける。
「まぁホント言うと司令室の指示どおり動く人間だったら誰でもいいんだろうけどさ」
「そんなことないわ」




