‐サナギはいつか孵(かえ)るけど、サナギに還ることはできない‐ 5
◇ ◇ ◇
「ポイントオブノーリターンだ」
宵闇と幻想とうたかたの寄る辺。
彼は語らいのためにそこを訪れていた。
『この世界はすでに飛び立つだけの力を持ってしまった』
『過ちだっただろうか』
『この世界が羽を欲したことは』
『過ちだっただろうか』
『私たちが彼らの背中を押してしまったことは』
『もう引き返すことはできない』
『世界は飛び立つことの欲求に目覚めてしまった』
『《もうサナギに還ることはできない(ポイント・オブ・ノー・リターン)》』
『王よ、決断を』
その体に眠る何億という声に、彼の心はいささかも左右されるものではなかった。
「決断ならすでにした。そして決断はもう、彼らにのみ残されている」
内なる声の全てに、彼はただ端的に答える。
声が戻ってくるのは少ししてからだった。
『私たちが与えたのは、はじめ打算に過ぎなかった』
『しかし、いつしか魅了されてしまった』
『彼らの、彼女らの、たくましく美しい高潔な魂に』
『それが蹂躙されることが看過できなくなった』
『だから収穫のときを待つ《 》の目を欺き、背を押して時を早めた』
彼は自分の考えを確かめるためにそこを訪れていた。何千回、何万回と得た同じ結論をまた胸に宿し、ともすれば揺らぎそうになる信念を延命する。
「長き漂流だった。それをやめたのは、いつまで流離を続けても終着がないことを悟ったからだ。今しばらく――今しばらく我が内に眠れ、私の世界よ」
『お心のままに』
何億という声は彼の言葉に恭順だった。
『いや果ての地』はたちまち静かになる。
「私の世界の命運も、すでに引き返せない選択をしてしまった。本当ならどこまでも、どこまでも逃げ続けるべきだった。王をすでに失ってしまった私たちに、討ち勝つことができるのか?」
重々しい気配が彼の中にわだかまっている。
「私たちが間接的にしか知覚できない――『滅びという現象』に」




