‐サナギはいつか孵(かえ)るけど、サナギに還ることはできない‐ 4
「う~~~~~~~~ん」
りぁむのうなり声は、先のものより倍くらい長かった。浮かない顔でディスプレイとにらめっこしている。
「やっぱり難しいの?」
「いえ、復号化も暗号化も解けましたわ。けれどもともと隠語を使って記述されているらしくて、意味の通る文章になりませんの」
そぁらは、りぁむの話もそこそこに画面を覗き込むと、そこには確かに数字ではなく日本語の文章を見つける。
「『蛇蠍封縛鞘・虚朧』か。漢字でこう書くのね」
表示されているのはどうやら目的の説明書きらしい。
「えーなになに『異界の王がたずさえていた記憶を繋ぐ依り代で、『驪龍雷条繭』と対をなすサヤ。記憶を下位互換させる機能を有する。詳細は不明』――ってナニコレ?」
「これではまるで、使い古された単語で構成された、チープなビデオゲームですわ。けれどもこれ以上はどうやっても分析する手がかりがありませんの。こればかりは仮に量子コンピュータがあってもお手上げですわ」
大見得を切った引け目から苦笑するりぁむだった。
これほど厳重に保護されたデータで、いざ蓋を開けてみるとさらに堅実で堅固な手法で守られているのだ。これほど執拗なまでの執念深さにはあきれるしかない。
そぁらは前髪に指を突っ込むようにして右手で額を押さえる。
「これは……アタシにも暗号だって分かるわね。にしてもどんだけアナログなのよ」
暗号ではないとしたら、彼女たちが戦ってきた弱小の悪の総統は、実は『異界の王』とやらの武器に匹敵するシロモノを所有する、選ばれた戦士だったと言うことになる。ゲームで言うなら、聖なる剣を持った勇者くらいの有望株だ。
だが彼女らが実際に目にした姿は、勇者どころか遊び人さんだ。
「解析は全て終わりましたわ。あとはお好きにどうぞ」
りぁむはデジタル的なアプローチによる解析をすっかりやり終え、もう赫機関のデータベースから興味を失いつつあった。
疑いながらでも画面の文字を追い続けているのは、もうそぁらだけだ。タッチパネルの画面を四苦八苦しながら操作し、単語の意味をたどる。
『異界の王:はるか古の時代、または近い過去、あるいは近未来に来襲した(もしくは来襲するとされる)、四次元からの侵略者。その目的は、彼のもとで暮らす何億という臣民と彼自身の移住であったと考えられている。詳細は不明』
説明文の中にさらに分からない単語が表れ、そぁらは画面を操作してそこからまた別の頁へ飛ぶ。
『四次元:線(一次元)、面(二次元)、立体(三次元)と、さらにもうひとつ未知の要素から構成される次元。詳細は不明』
「分からないことばかりじゃない。逆に分かるのって何よ」
ヨキの口車に乗って危ない橋を渡らされ、得るものが何もなかった。そのことにそぁらは口を尖らせる。
「詳細は不明、ってのは共通の単語なんだな」
ふぇむとには引っかかるものがあった。
「どういうこと?」
「暗号って言うのは共通の単語の意味から解読していくんだ。文法の解読は後回し。単語の意味が分かんないままだと、普通はどこかで辻褄が合わなくなるからね。でも、これを読んでいても不思議と文法に違和感はない」
「アタシには違和感だらけなんだけど」
「そりゃ、出てくる言葉がちょっとアレだしね。そうじゃなくって、文法だよ。仮に書いてあることが事実だったとして、文章としておかしなとこはないでしょ? 試しになんか適当に調べてみてよ」
そぁらは少し考えてから画面を操作した。
『ラキ=ゲルト=ユーベルブラッド:最初に異界からの侵略を受けた個体に形成された人格が、みずからを名乗ったときの名称。詳細は『伯爵』の頁に記述』
「……なんかさっきまでと違うわね」
画面をのぞいていた二人の関心が、最後の一文に移った。誘導されるように『伯爵』の頁へ飛ぶと、先ほどまでのシンプルな情報とはケタ違いの情報が、ところ狭しと画面を埋め尽くしていた。
しかもそぁらが話したようなラキ伯爵の活動について、彼女が知っているよりもずっと詳しく記述されている。
「こんなことって……。うわーっ、ショックだわ。アタシが血眼になってやっと見つけた情報が、こんなところで簡単に手に入るなんて」
りぁむのなした業績はけっして『簡単に』手に入ったものではないのだが、そぁらが費やした労力からするとそのように受け取ったのだろう。上から下まで読み進めるそぁらだったが、ふぇむとは同じように覗き込みながら深刻な表情を浮かべていた。
「……これ、暗号は?」
ぽつりと呟いたふぇむとの言葉に、そぁらも動きを止める。
ハッとなり、悪の総統の武器について記述された頁をもう一度確認した。
「暗号化、されてない……?…」
おそるおそる口にした自分の言葉に、そぁらは薄ら寒いものを感じて乾いた笑い声を上げるしかなかった。
「あっ、いけませんわ」
「えっ! なに、なにっ!?」
急にりぁむが声を上げてモニタの前に割り込んだ。起動しているソフトを次々に終了させ、アクセスを切断していく。
「カウンターセキュリティアラームですわ。こちらのアクセスが検知されるとビープ音が鳴りますのよ」
「そんなの鳴ってたっけ?」
疑問符を浮かべるそぁらを差し置いて、パソコンはすでにアクセスを切断していた。りぁむはそれと同時に別の携帯端末を取り出して、展開した立体映像パネルを片手で高速タイピングする。
「痕跡を消すプログラムは入れておきましたけど、時間稼ぎにボットを起動して赫機関のサーバに少し負荷をかけておいたほうがよろしいですわね」
行動の軽率さのわりには慎重な念の入れようだ。
何が起きているのか分からないそぁらとふぇむと。顔を見合わせて首をかしげた。
「終わったのなら帰るわね」
そっけない声に首をめぐらすと、けねぁはすでに部屋を出るところだった。
「え? あぁ、うん。え~っと……ホント悪かったわね、けねぁ」
そぁらのうなだれた謝罪に、けねぁは困惑気味の笑みを返す。
「あら、おかしいですわ。バックアップが取れていない……?」
首をかしげるりぁむを見届け、けねぁはそっと部屋を後にした。
「それどころかログも残っていませんわね。はてはて、何か手落ちでもしましたかしら」
「ログって自動でできるんじゃないの? 詳しいことは分かんないけど」
「アタシにも分かるようにいいなさいよ」
三人はパソコンを覗き込みながら、やいのやいのと元気を取り戻していた。




