‐サナギはいつか孵(かえ)るけど、サナギに還ることはできない‐ 3
「そぁらちゃん、聞いていい? なんだか、前の代のイグナイト総統にずいぶん執着しているみたいだけど」
返答までに時間が空いたのは、その曖昧な語尾の意味を推量していたためだった。けねぁが何を聞こうとしているのか図りかねて、しばし考えこむそぁら。
「先代の総統ラキ伯爵は、みずからはなんら不正義を働かずして、公安のトップから現場の人間まで、一人残らず震え上がらせた男よ」
けねぁの質問に、そぁらは余談から入った。
それはなんと相槌を打ったものかと、聞き手を困らせる返答だった。
「北から南まで、公安が手を出せない悪党は本当に無数にいる。ラキ伯爵はそれらを全て併呑していった。つまり、種類によらず悪党どもを、どうやってか吸収していったのよ」
けねぁは感心した。
「そんなの良く知ってるわね」
「調べたのよ。赫機関の傘下に入ってから、気が狂うほど調べたわ。あのラキって男が悪の秘密結社の、しかも親玉って聞いて――信じられなくて」
そぁらの複雑な表情に『人助け』と言うキーワードが去来したのは、けねぁだけではなかった。ふぇむとが驚いたように尋ねる。
「もしかしてラキ伯爵が助けた人って、そぁらのこと?」
悄然とうなだれたまま、こくんと頷く。
「今だから言えるけど、アタシが正義に憧れたのは誰とも知れない人に命を助けられたからよ。子ども心に思ったわ。アタシのこの命は、同じように誰かのために使うんだって。あらゆる努力を払って、念願が叶って本当の正義の味方になったと思ったら――」
今の組織に入って、そぁらは初めて先代のラキ伯爵のことを知ったようだ。かの男が悪の総統で、自分が打倒すべき相手なのだという衝撃的な事実とともに。
そぁらの存在意義になりつつある正義への情熱。それを彼女に与えた大恩ある人物の正体が悪の総統だったと言うのなら、あまりにも因果な関係だ。しかも彼女は、その恩人をみずからの信念に基づいて手にかけている。
そぁらの友人たちはその執着にようやく納得した。
それで説明は済んだはずだが、彼女はしばらく黙り込んでから続ける。
「種類によらずってのは、例えば新興宗教の名を借りた金に汚い組織とか、堅気じゃないヤクザな奴らとか、そんなのお構いなしにってことなんだけど……果ては金で殺しを請け負うヒットマンの集団とかもよ。公安が、単純に戦力を恐れて手を出さずにいたその集団なんかも、イグナイトになってくのよ」
「さっきの、どうやってか吸収、っての、なんか気になる言いかただな」
「分からない。けど有力なのは、武力によって制圧したって話よ」
「公安が手を出しあぐねてるほどの組織なのに?」
ふぇむとはいちいち的確に言葉を引き出していった。
そぁらは我ながら信じられないとばかりに神妙な声調で告げる。
「うん、みるとどれも戦闘の痕跡が残ってたって言うの。けど状況証拠はそれを物語ってるのに、明らかな物証とか映像はどこにもないのよ」
「それだけじゃ戦闘で制圧したとは言い切れないな。偶然そう見える状況になったって言われたほうがまだ信じられるよ」
「全国で七千以上のイグナイト化した組織、全部が偶然そう見えるなんて思う?」
「……え? 全部って、全部? 全部に戦闘の痕跡があるの?」
話題が終わりに差しかかり、そぁらはベッドに寝そべる。
「そうやって次々に吸収して、組織を巨大化させた。アタシには、イグナイトはそれだけが目的みたいに思えたわ。でも資金力・武装が目に見えて大きくなっていく、それだけで公安にとっては十分すぎる脅威だった。武装蜂起とかクーデターの全国的な準備にしか見えなかったでしょうから」
「目に見えてって?」
「隠そうともしなかったのよ。昨日まで新興宗教だった組織が、公安が目を光らせているのに気づかないうちにイグナイトになってることもあったって話よ」
壮大な話だった。だが冗談だと決めつけられるほど、そぁらへの信頼は薄いものではなかった。しかし信じるにしろ信じないにしろ、証拠となるものが手元になくて態度を保留せざるを得ないのが実情だ。
しゃべり疲れたのか、そぁらは目を閉じてゆっくりと深呼吸した。
「悪が正義を育てる、か」
ふぇむとも同じように横になると、けねぁもなんとなく寝転ぶ。
「ねぇ、ふぇむと。どういう意味?」
「言葉どおりなら、ラキ伯爵がサンタ社を生んだってことになるかもね」
赫機関が広報という名の実働部隊を発足させた背景に、悪の組織の急増があったのは有名な話だ。正義の味方プロジェクトとでも言うべき計画の誕生と秘密結社イグナイトの台頭、ではどちらが先だったかと問われればそぁらには分からないが。




