‐サナギはいつか孵(かえ)るけど、サナギに還ることはできない‐ 2
「私は止めたわよ?」
けねぁはそう念を押す。やや丈の短い、パステルカラーのパーカー型ワンピースだ。
その前で、りぁむが背負っていた機器を机の上で展開していった。フリフリの白いドレスに違和感なくマッチしていたそれは、どうやら一種のコンピュータのようだ。薄い一枚の板の周囲に立体映像の格子が張りめぐらされ、格子を形づくる一本一本の光線上にディスプレイやキーボードが再現されていく。
これからどんな高度な技術が見られるのかと、仲間たちは固唾を呑んだ。
「さて、始めますわよ」
そう言って『ウサ耳のついたヘアバンド』を装着する少女。
「いや、待て」
思わずストップをかけるふぇむと。
「なんですの? これから少々デリケートな作業に入りますので手短に願いますわ」
「そうよ、ちょっと邪魔よ」
「いえ、そこまでは言ってませんわ」
「……」
なぜウサ耳が必要なのかという強い違和感を覚えたのが自分だけなのだと悟り、ふぇむとは閉口した。
けねぁも同じく口をつぐんでいるが、彼女が懸念しているのはまた別のところだ。曲げた人差し指を横銜えするようにして握りこぶしを口にあて、落ち着かない様子だ。
「まさか赫機関のメインサーバに本当にアクセスしようなんて」
心なしか青ざめた表情で、来なきゃ良かったと呟いていた。
「気になるのはさ、なんであの人がわざわざ調べろなんて言ったか、なんだよな」
「そうよね」
ベッドにちょこんと正座しているふぇむとに、そぁらは隣に勢い良く座って頷く。
「アタシの記憶じゃあれ以上は何も隠すことなんてないはずなんだけど」
「ふぅん。あ、あと話の内容からするとまるで当事者みたいなのに、違うって言うのも引っかかったな。それに『教えない』ならまだしも、なんで『調べてみろ』なのかな。口にしたくないって言うなら、赫機関のデータベースで余計なことまで調べられたらどうしようって考えないのかな。それと赫機関のデータベースって具体的に指示してきたのも気になったよね」
「……アタシはそこまでは気にならなかったわ。って言うか気づかなかった」
理詰めの追究は素朴なものだったが、論理的な思考に慣れていなければハードルの高い作業だ。矢継ぎ早に疑問点を提示されて、そぁらは同調より素直に感心していた。
「う~~~~ん」
りぁむがうなり声を上げたのはそんなときだ。
「珍しいわね。衛星の、ハッキングだっけ? あれだって十秒もかからなかったじゃない」
一と零。そぁらが覗き込んだ画面はその二つだけで埋め尽くされていた。
「あぁ、それはあの衛星にはすでに何度かアクセスしていたからですわ。セキュリティは完璧だ、なんて豪語する国に限って、おもしろいくらい頭と同じでゆるゆるですの。そのくせ資金はかけてあるから、いろいろな機能があってヒマつぶしには持ってこいですわ」
「そ、そう。どこの国の衛星なのかは聞かないで置くわね」
深くは詮索しないのがそぁらの生来の性格だったが、ことここにいたっては聞きたくないというのが実情だった。思わず顔をしかめる彼女を、りぁむは得意になって一瞥する。
「でもこれはわが国のインテリジェンスが面白半分のハッカーから突つかれまくって作り上げた、言わばたたき上げのツワモノですのよ」
「かく言うあんたも突っついた一人なんでしょ」
「何しろスパイ防止法がないから、足あとさえ消せば捕まることがないって話ですわ」
「あー、聞こえない聞こえない」
そぁらがとうとう根を上げてしまうと、りぁむはあからさまに不機嫌になる。先を促されて、インターフェイスを操作しながら嫌がらせのような解説を始めた。
「わが国のインテリジェンスは独自のプログラミング言語を使っているのですけれど、赫機関も基礎の部分ではそれを採用していますの。復号化してある上、データを部門ごとに小分けにして、さらには暗号鍵も数分ごとに書き換わるようになってますわ。理論上、この国の情報金庫を破るには量子コンピュータが一台は必要と言うのが定説ですわ」
「……ふぇむと、日本語に直してくんない?」
そぁらは胃もたれを感じてお腹を押さえた。後ろを振り返って助け舟を求める。
「えぇっと、言葉の意味が分からないものが多すぎて自信ないけど、じゃとりあえず。ハッキングのやり方は見当ついてるけど、機械が足りなくて実証した例がない、ってとこ? それと」
「それと?」
「自分には突破できない、とは言ってない」
「ご明察、ですわ」
やけに自信たっぷりに会話をかっさらうりぁむ。
「量子コンピュータがなくとも、世界中にどれだけたくさんのネットワークコンピュータがあるかご存知ですの? ほかにも、ゆるゆるですけれどマシンパワーだけなら周辺国の追随を許さない豪華な演算機が、それこそ無数に頭上を漂ってますのよ。あいにくここまで大規模に演算を分配するソフトは持ち合わせておりませんので、これから『組む』のですけれど」
「悪いわね、任せっぱなしで。何かあったら手伝わせてね」
気軽に鼻歌を歌いながら、りぁむは楽しそうに作業へ取り掛かった。
もはや彼女が何をしようとしているのか、誰も理解できなかった。
正直なところそぁらは自分に手伝えることがあるとは感じていない。ベッドに座りなおすと、けねぁが隣にいてそわそわと成り行きを見守っていた。
「これが執行部に知れたら一大事よ。分かってるの?」
「そんときはアタシが脅してやらせましたって言うわよ」
「……もうっ。そぁらちゃん一人に責任を押しつけるなんて、できるわけないじゃない」
いかにも不服そうな顔で、善人の理屈を当たり前に述べるけねぁ。今さらながら彼女のそんな性格に気づいたそぁらだったが、今となっては後には引けない状況だった。
「う、そっか……。ごめん」
そぁらの謝罪に、けねぁは少し考えてから言い訳っぽい笑みを浮かべる。
「うんと、もういいのよ。心配だったからこんな表情になっちゃっただけ」
そぁらは意表を突かれた顔から一転、無邪気な顔で抱きついた。




