‐サナギはいつか孵(かえ)るけど、サナギに還ることはできない‐
最後にヨキ伯爵を見てから三週間がたっていた。
テトラの攻撃にこっぴどく傷つけられたのは確かだったが、やりすぎたと言うことはないだろう。セラフによってもっと深刻なダメージを与えられても、翌日には精力的に『働いて』いたこともあった。
「ふぁ……」
悪者が一人くらい出没しなくなっても、そぁらの顔は晴れなかった。
ここはサンタ社の本社に併設された、彼女たちの居住する建物だ。潤沢な資金にあかせて建造された建物群は、植林された木々に溶け込むようにと、きれいな緑色をしている。はからずも、サンタクロースの本拠地はグリーンランドと呼ばれるようになった。
薄暗い部屋ではこれまでのヨキとの戦闘のビデオが流れていた。戦闘と言っても一方的な制圧の映像ばかりだ。だがそれはふぇむととの見事な手合わせを見た今となっては、自分たちが『変身』によっていかに多大な恩恵を受けているのかを思い知ることとなった。
「……」
何か思い立ったのか、ふと手元の端末を操作すると今度はノイズ交じりの映像に切り替わる。それは先代総統ラキとの、最初で最後の交戦の記録だった。
徹底的に事前分析しつくしたラキ伯爵に、映像の中のセラフは最初から全力でぶつかっていった。画面の中では、相当なダメージを受けているはずなのに、ラキが自分の勝利を確信しているかのように自信に満ちた笑みを浮かべている。それが非情な銃弾に打ち据えられるのはすぐのことだった。
しかし、ラキはまた立ち上がって刀を向ける。そのときのセラフの表情は、モニタを見つめるそぁらと同じ苦々しいものだった。
『貴様の正義とは、悪を仕立てあげるためのものか?』
またあの言葉だ。ラキを討ち果たした彼女に重くのしかかる問い。
『正義とは軽々しく大上段に掲げたり、ましてや、むやみやたらと振り下ろしたりできるものではない。ならば貴様の正義とはなんだ』
その答えを、はるか昔に求め、かつて見つけた気になって、今はまた手がかりさえ見失ってしまっている。敵だった男の言葉に、痛切に胸が締めつけられるのだ。
部屋の呼び出しベルが鳴った。ビデオを止め、歩いていってスライド式のドアに手をかざす。ドアが開くとやや緊張した面持ちでハンドバッグを抱いたふぇむとが立っていた。
「はいよー。呼び出して悪かったわね」
「ほ、本日はお招きにあずかり……て、うわ! なんてカッコして!」
老若男女の研究者が往来する通路で、ふぇむとは素早く靴を脱いで彼女を部屋の奥に押しやった。
「え? なに、なによ」
「いいからドア閉める!」
ショーツの上に、襟周りが広く開いた、ややダブついた大き目のシャツ一枚、そして太もも半ばまでの黒いソックスと言う無防備な格好のそぁら。
「薄着すぎ!」
体のラインが出にくいよう少なくとも二枚以上重ね着しているふぇむととは対照的だ。
「あー。靴下まで履いたところで服選ぶのがメンドくなっちゃって。寝起きだし」
「もー、これだから努力もせずにモテる天然タイプは……」
「んー? なんか言った?」
健康的なスタイルで手足の長いそぁらはモデルのようだった。竹を割ったようなさっぱりした性格で気取ったところがなく、また素材そのままで十分魅力的でありながら、人目を気にすることを知らないのだ。普段の潔癖なまでの『正義の味方』ぶりからは想像しにくいが、プライベートの彼女は飾らないところが魅力の清純な少女だ。
ふぇむとのほうはシャツにカーディガン、スカートを暖色系で統一した服装だ。スカートを両肩からフリルがついた赤のストラップで吊るしているのが数少ないアクセント。丁寧に櫛入れした短髪で隠れがちな眼差しは、恨めしそうに細められている。
「こっちは二時間も前から髪いじったり服選んだりとかしてたのに」
「さっきから何を言ってるのよ、あんたは。ま、いいわ。とにかく上がって」
「う、うん」
ふぇむとは妙にドギマギしながらあとに続いた。
きょろきょろしていると、そぁらが気づいて問いかける。
「どしたの? なんか見慣れないもんでもあった?」
「いや、あっあのっ、違くて、人の部屋に入るって初めてだから緊張して……」
「はぁ? ここ来る前だって友だちの家くらい行ったことあるでしょ?」
あっけらかんと尋ねるそぁらだったが、ふぇむとは浮かない顔だ。しどろもどろ、精一杯になりながら答える。
「ずっとお仕事が忙しかったから……それにこんな性格だし」
「ふーん。あーでも、テレビで見るとそんなでもないのに、素はホント暗いわよね。今日は一段と輪をかけてるかな」
ずばりとした物言いだったが悪気がないのはふぇむとも分かっていた。
「あ、あれは役に入りきってるし」
「難しいのねぇ。ほら、アタシってそう言うの鈍感だから。それでも良かったらだけど、いつでも部屋に来てよ。友だちなんだからさ」
「……いいの?」
思いもよらない誘いにキョトンとなるふぇむと。
「それくらい当たり前じゃない。別に来るの拒んだりしないわよ」
「そ、そっちじゃなくて……友だちって」
「? いいも何も、気づいたらなってるもんでしょ。友だちって」
そぁらの迷いのない明朗な声は、ふぇむとの中のぎこちなさを笑い飛ばすようだった。
不思議そうにしているそぁらの手を両手にとって、ふぇむとは涙ぐむ。
「急にどうしたのよ」
「不覚にも、ちょっと泣けた」
「これくらいで感動できるなんて得な性格してるわね」
そこで電子制御されているドアが急に開いて、ふぇむとは飛び上がるほど驚いた。
「それが友だちってもんですわ! 言わせんな恥ずかしい、ですわ!」
許可がないと開かないはずのドアからいきなり入ってきたのは、りぁむだった。
「なんで当たり前のように電子ロックを開けて入ってくるのよ」
「呼ばれたからですわ!」
「いや、呼んだけどさ」
あきれた声を上げるそぁらだったが慣れているのか怒りはしない。
「おじゃまいたしますわ。けねぁもいますわよ」
「ごめんねー。止める暇もなかったわ。見事な手際だったわよ」
「だからって褒めるかっ」
気後れしているふぇむとを置いて、三人は部屋へと進んでいく。
「……お、おじゃましまーす」
誰にともなく呟いて、ふぇむとは足早に続いた。




