‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐ 4
ヨキは風に吹かれながら街を見下ろしていた。
「嫌な風だ」
上等なスーツにはおった質のよいトレンチコートが力なくたゆたう。そうしていると昼ドラの自殺志願サラリーマンのようだ。
高架道路の歩道には彼のほかに人の姿はなく、口をついて出た呟きは誰にも聞き取られないままにかき消えた。
「不思議なものだ。私の記憶ではないのに、思い出すとしか言いようがない」
冗長な独白の中に、初めて緊張が浮かんだ。服の上から心臓をぐっと押さえつける。
(フッ、この私が緊張だと? 愉快しいな)
彼にしては珍しく、力なく頭を振った。
「私はもう決意した。あとは信じるだけだ」
背中に気配を感じ、口元に微笑を浮かべて言葉をとぎる。
「来たか」
「何度も何度もこんなビラ撒いたりして!」
次はどこから現れるのかを予想してそれが見事に的中したヨキは、だんだん敵の登場を楽しめるようになっていた。ビラ撒きが芳しくなくほとんど減っていなくても、それはそれで良いことだと納得するのもやぶさかではない。
高架道路より少し背の高いマンションの屋上に、四人の少女が立っていた。中心に立っているそぁらがビラを見せつけるように掲げる。
『みんなで孤立すれば怖くない――人はみな生まれるときは孤独
どうせ死ぬときも孤独なのだから。無限会社イクナイ』
声の降ってくるほうへはあえて目を向けず、不敵な笑みを浮かべるヨキ。
「私は今日、機嫌がいい。だがふんぞり返って口にしたものは、何もかも大言壮語になるだろう。だから私は千年の孤独を抱き、おのが身の特別ではないことを思い出そう。――フッ、私の名は」
「あ、あなたはヨキ伯爵!?」
「フッフッフッ」
ゆっくりと正体を現すと、そぁらはいつも通りに驚きの声で迎える。
自殺の名所と言われる高架道路には、朝の六時と言う時間のせいか誰の姿もなかった。もとより郊外にある連絡道路が混雑する時間帯は一日のうちごくわずかだ。
「ちょっとなんなのよ、このネガティブすぎる文句は!」
「孤独そのものを恐れることはないと言うことだ。孤独しか選べないことは不幸だがな」
「……は?」
わけの分からない主張にもわざわざ耳を傾けるあたり、そぁらの正直な性格がよく現れていた。ふぇむとに視線を向けて助け舟を求める。
「煙に巻こうとしてるだけだっつの。単なる言葉遊びに近い。悪質」
一方ふぇむとのほうは達観した表情だ。行きがけで『ファンの人』を演じることになったヨキに見せた、ませているけど悩める普通の女の子としての雰囲気は微塵もない。
「な、なによそれ! そんなんで煙に巻けると思ってんの!」
「巻かれていただろう」
「くっ! そこへ直りなさ――っと。なにするのよっ」
沸点の低いそぁらを手で制して前に出るのは、ふぇむとだった。軽い身のこなしで屋上から身を躍らせると、音もなく道路に降り立つ。
それはヨキの背後、十数メートルのところだった。
「今日は貴様の番か?」
返答はなかったが気にしたものではない。そのまま背中ごしに話しはじめる。
「訂正しておくが言葉遊びのつもりはないぞ」
「どっちでもいい。あなたの言葉に興味も価値も感じないから」
冷静な――冷淡な声音が突き放すような色を帯びてヨキを責める。
「言葉それ自体に意味はない。大事なのは、どこからでも自分なりに読み解こうとする若き心だ。これが大人になってしまうと経験則から既存のメッセージと結びつけてしまい、新しいものは生まれない」
「……」
議論するつもりはないと言外に表しているふぇむと。ヨキが構わず屁理屈をこねていると、彼女はついに黙ってしまった。細められた勝気な瞳が前髪のあいだから片方だけのぞいて、じっと睨みを利かせている。
今日のふぇむとは帽子を被っていなかったが、それだけではなく少し格好が違った。露出を嫌っている点は変わらないが、前を閉じたロングコートや年ごろの女の子が好みそうにない無骨な編み上げブーツ、と物腰を含めてどこか不穏な雰囲気をまとっている。
ヨキはこのにおいを知っていた。
「齢まだ十代なかばにしてこの気迫か……恐れいったぞ」
「へぇ、分かるんだ」
「あぁ、技術はしっかりと受け継いでいる。筋力がまだないために刀は苦手だがな」
ヨキは言葉にしづらい息苦しさを感じていた。表情を見れば、ふぇむとのほうがそれをより強く感じているのが分かる。
二人を中心に緊張した空気が張り詰めるように滞留していた。
独特の空間を察知できるのは、同じくその空間を作れる者だけなのだろう。現に、だらけきった視線を適当に投げかけている少女たちは大あくびだ。
「ふぁぁぁ……。あの二人が言っていること、意味が分かりませんわ」
「アタシはもう聞いてもいないから。あふ」
ただけねぁだけが、祈るように指を絡めて見守っていた。
「変身は……まだしないようだな」
「必要なければしない。それだけ」
二人の殺伐としたやり取りはきっと、これから吹く風のゆくえを占うものだ。
「言っておくが私は女子供とて甘くはないぞ」
「そう断ってる時点で甘いっつの」
「誤解されてはかなわんからな。婦女子が好きな甘いものを、男がみなサービスすると」
「別に甘いもの好きじゃないし」
「ならばどういったものがお好みかね」
「……ふぅ」
ふぇむとは腕を組み、つま先で地面をトントン叩いていた。
今度の沈黙はきっと、問答がめんどうになったのだろう。
「……終わり? 終わったんなら――行くよッ」
ヨキは余裕の笑みを消してまばたきひとつすると、このとき初めて向きなおった。
低い声で言い放つ。
「受けて立つ」




