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正義よ 傲岸なるその悪を討て!  作者: 斉放
‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐
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‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐ 5

 ふぇむとが踏み出した。

 初めは歩くように。それが早足になり、駆け足になり、そして疾走になる。

 仁王立ちするヨキと正面からぶつかるのを避け、少女は一陣の風となってわきを掠めてすれ違った。

 それからすぐにお互いを振り返り、拳と拳が交錯する。

「フッ」

「ハァッ!」

 裂帛の気をはいて打ちだされた二つの拳は、ともに目標から外れて――いや、もう一方の手に外されていた。空を切った打撃に打ち抜かれ、風の波打つのが見えるようだった。

『へ!?』

 そぁらとりぁむの声が見事に唱和した。度肝を抜かれた少女たちが見つめる先で、二人の『戦士』が格闘戦を本格化させる。

 まずは小手調べに、間合いをとって死角を奪い合いながら、素早い単発の拳突きのやりとりがあった。そうやって徐々に闘気を高め、攻撃の質と量を上げていく。間合いを数センチ、あるいは数ミリ単位で調節しながら足を踏みだし、また退()く。まるで事前に示し合わせたかのように、隙と死角を探りあい、そして重い一撃を織り交ぜる。

 流れるような打撃のコンビネーションは密度が高く、どちらも見事な完成度だ。しかしどちらも躱し、いなし、逸らし、攻撃がヒットすることはなかった。

「カンフー――いや、武術(ウーシー)か」

「っりぁぁっ!」

 カンフー映画に言う『演武』は一打ごとにほんの一瞬の一時停止(ヒットストップ)を挟む。それがなければ常人には何がおきているのか視認することができず、エンターテイメントとして成立しないからだ。

 この二人の闘いは良くできた演武だったが、そう言った意味では大失敗だ。なにしろ傍で見ていた少女たちの目に映らなかったのだから。

「やるな」

「いちいちうっさい!」

 ふぇむとの攻撃は一様のものではなかった。裏拳が肘打ちに化け、かと思えばふところ深くに踏み込んで顎をカチ上げる掌底を放つ。体重の軽い彼女が最も威力を出せるのは、地面を踏んばって真上へ振りぬく攻撃だ。

 ヨキは仰け反りながら身を躱し、同時にバク転しながら蹴り上げを放つ。

 ふぇむとは紙一重で躱し、着地を狙って急接近する。しかしバク転にひねりを加えていたヨキは跳躍の頂点ですでに相手を視界に捉えていた。彼は上下逆さまのままコマのように回転しつつ、打ち込まれる正拳の手首をつかんでスピンに巻き込んだ。

「ッ!」

 ふぇむとは引き寄せられる腕にミシミシと過剰な圧力がかかるのも構わず、もう片方の手を添えて力任せに引き抜く。そのまま倒れこむように前へ逃れた。

 追撃はなかった。

 距離を開けてにらみ合う二人。

 息を乱しているのはふぇむとだけだった。しかしつらそうな中にも、どこか満ち足りたように薄く笑みを浮かべていた。

「首、腕、肩……三つも持っていかれるところだったか」

 腕を掴まれたとき、ふぇむとが体を深く倒したのは本能的なものだった。だがそうしていなければ死角から振り下ろされた大鉈のような蹴りに斬りおとされていたのではないか――少なくとも彼女はそう感じていた。

「ホントに手加減しないんだ」

「自分の優位と劣位を知っている戦いだな。それに思い切りもいい」

「遊んでいるつもり? ちょっとシャクだ、ねッ――!」

 ふぇむとは再び正面から挑んだ。速さを生かしたフットワークから、頬を掠める貫手(ぬきて)。懐に入って突きと肘のコンパクトなコンビネーション。休みのない攻めはしかし、相手を捉えることはない。

 かと言ってヨキの攻撃も一度も当たっていなかった。大味な攻めをしたかと思えば間合いを巧みにはずれてアウトレンジから意表を突いた足裏(スタンプ)キック。それが膝を狙ったショートなカカト落としに変化して、攻めに転じようという右足の膝を狙って相手の出鼻をくじく。

 それは玉どうしが触れないピンボールとでも言うべき光景だった。速さこそ最初の様子見のときと同じくらいのものだったが、連携の中にうまく組み込まれた強烈な一撃が急に繰り出される。それは大気を揺るがすほど重厚で、気迫は大地を震わせるほど強靭なものだった。

「むっ!?」

「ハァッ――!」

 二人の間合いはつかず離れず、常に近接と超至近距離を目まぐるしく変えて打撃を交換する。同時にくるくると回りながら、お互いを弾きあって距離をおいた。

「私の動きを読むばかりか、それを真似るか。面白い闘い方だ」

「スキがあるのに隠そうともしない。なのになんで攻めきれないかなぁもー」

 ヨキの大味な攻めはモーションが大きく見切られやすい。とは言えそれでもすいすいと躱して次々に攻撃を繰り出すふぇむとは、(たい)(さば)きが卓越していると言えた。

「ふむ。(はかま)は古流武術において歩法を隠すためのものと聞く。ロングコートはそのためのものだったか。なるほど間合いが読みきれん」

「袴のせいにするなんて大人げないね」

「まぁ、それだけではないがな。今度はこちらからゆくぞ」

 ジャブ・ストレート、そして気を吐いての蹴りはローからハイに変化する。最後までそれを見届けることなく、ふぇむとは地面すれすれに体を伏せる後ろ回し蹴り――水面蹴りで足元を払う。

「その体格で蹴りなどっ! ――くっ!?」

 高をくくるヨキの予想を裏切って、男の体が宙に浮く。息つく間もない追撃を、ヨキは到着する前の地面を手で突き放して逃れる。

「やるな。そのためのブーツか。金属を仕込んでいるな」

 ふぇむとはこのとき初めて、得意げに口元を緩めた。

「うるさいだけあるね。言うことだいたい合ってる」

 身長、体格ともに大人と子どもの差がある二人がいい勝負を演じるさまは、まるで何百回と重ねた演劇の練習の成果を目にしているようだった。

 ふぇむとは不意に攻め手を止めて言う。

「武器を抜きなよ」

 後ろ向きに歩きながら遠ざかり、袖の中に手を引っ込めた。彼女が武器を隠し持っているのだと気づいたヨキだったが、素直に忠告を聞くはずがない。

「貴様もたいがい甘いな。フェアじゃないと気がとがめるか?」

 距離にして三メートルほど。ふぇむとは問いに答えない。

「それにずいぶんと上機嫌じゃないか」

「そ? ま、遠慮なく殴れる相手ってのは、良くも悪くも貴重だし」

「死力を尽くして(かたき)を討つ、か。なるほどバカにしたものではない。今のところスポンサー頼みでもないようだしな」

 無手、つまり武器を持たない状態なら、攻めにくく守りやすい間合いだった。ふぇむとは手を袖から出す。


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