‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐ 3
しかたなく公園のベンチに二人は腰かけ、ぼーっと時間が過ぎていた。
「悪いね、つき合わせちゃってさ」
「いえ! そんなことないです! ちょうど時間もあいていたので!」
ふぇむとは手をパタパタと振った。それから、どうしてもオーバーアクションしてしまう自分に、自省で我に返る。
「あの、警察の事情にお詳しいんですね。書類がどうとか、えっと、ジッキョウケンブン? とか」
「あぁ。年相応には知識をためこんでいるつもりだ」
「き、聞いてもいいですか?」
それほど勇気のいる行動でもないはずだが、ふぇむとはもともと大きな猫目を見開きながら身を乗り出して尋ねる。
「そう言えば私のほうから聞いてばかりだったね。どうぞ、何でも聞いてくれ」
「お仕事は何をされてるんですか?」
「……」
「ずっと冷静だから何をしてる人なのかな、って。あ、あの、聞いちゃダメでした?」
どこか真剣な様子にごまかす気になれず、ヨキは言葉に詰まる。自分の中で反芻して口にするべきセリフを選び、しっくりくる言葉がなくて困り顔になる。
「そうだな。誰の得にもならないこと、かな」
それは質問にずばり答えるものではなかった。まじめな場面なら怒られてもしかたないような回答だ。ふぇむとは予想外の返答に目をパチクリする。
「なんだかナゾかけみたいですね」
彼女はそれをジョークと受け取ったか、具体的な言葉にしないことを責めたりはしなかった。
「あぁ、うまい言い方だな。出題者は私。回答者は不在」
「そういう意味じゃ……。でもそれ、いつまでたっても答えが出ないじゃないですか」
ずっと緊張していたふぇむとが初めて笑って見せた。無邪気なようで、それでいて控えめに笑うところが大人びて見える。
「それだって構いはしないのさ。どこかで見ている誰かが、それぞれの心の中に答えを感じられれば」
「答えを、感じる? 声に出さなければ、それだけでは答えあわせができませんよ?」
素朴な疑問だが優等生の気質が見えるようだった。そのことにヨキは素直に感心し、思わず表情が綻ぶ。
「君は理論派だな」
「そ、そうですか? 初めて言われました。自分じゃそうは思えないんですけど。ただ理屈っぽいだけだし」
「リクツもヘリクツも理論だよ。君のはもう少し上品で洗練されているけどね」
「えっ? い、いえあのっあぁ、でもそんなっ――」
年上の口にするストレートなほめ言葉に、彼女は何も言えなくなって顔を伏せた。
「そういう君の仕事はアイドル……。いや、それとも女優業、かな?」
ヨキが言い直すと、彼女は驚きとともに嬉しそうに相好を崩した。
「わ、分かるんですか?」
アイドルと女優では演技の質や目指すところがまるで違う。ヨキはテレビごしに彼女に女優としての素養を感じていたのだが、ふぇむとにとってそれは自信のつく言葉だった。
弱みを見せたくなくて本心を表にできなかった少女が、見知らぬ人物にもかかわらず少しだけ心を許した瞬間だった。
「どうやら合っていたみたいだね」
「はい、今は」
「今は? 気になる言い方だね」
「ご、ごめんなさい! 別に気を引きたいってわけじゃ……なに言ってんだろーもー」
「よければ聞かせてくれないか? ってまた質問攻めにしてしまっているかな」
「いえっ、いいんです」
ヨキの優しい声音に、もう隠された意味はなかった。試すでもなく、興味本位でもない。けれんのない声が先を促すと、ふぇむとは誰にも打ち明けられず、ずっとひた隠しにしていた葛藤を口にしていた。
「分からないんです」
「……あぁ」
口の重たい彼女に肩の力を抜いてもらおうと、頭に手を置く。彼女はどうにか頭の上の手をどかそうとして宙を掻いていたが、やがて触れることもなく諦めたようだった。
「あ、あのっ、ボウシは取らないでくださいね」
「君が逃げようとしなければね」
「なんか子ども扱いされてません?」
「どんなに理知的で大人びていても、私に言わせればまだかわいい子どもだよ」
「か、かわ……。うぅ」
不満そうな表情はすぐ、口元が緩みそうになるのを我慢する複雑なものに変わる。
「迷っているんです。自分の進むべき道に。なりたい自分の姿に」
本題に入るまでにもう一度だけ行間があいた。
「母の教えでさまざまな習い事をやってきました。テレビでのお仕事も初めはそのひとつでした。それとあと、人助けみたいなことも……」
人助け。まともに聞いていればそれはボランティアでもやっているのかと思うところだが、おそらく正義の味方としての活動を言っているのだろう。ヨキは問いただしたりせず曖昧なままにしておくことにした。
正義の味方は実在しても、その素性はまだナゾだらけだ。これからテレビを通じてタネ明かしが進むにしても現時点では秘密のままなのだろう。彼女の口ぶりからそれを察するのは、ヨキにとって造作もない。
「けねぁ、って年の離れた友だちなんですけど、母を通じて知り合って、そこからさっき言った人助けとか、ドラマのお仕事のほうにもなんとか伝ができたんです」
「充実しているね」
ヨキの言葉にはぎこちない笑顔が返った。
「ですよね。なのに自分じゃとてもそうは……。そのうち学校にもあまり通えなくてクラスの友だちと疎遠になって、寂しいけどそれも夢のためならしかたないのかなって思うようになりました。でもその夢が自分で何なのかはっきりしないのにって、そう思うと何が正しいのかわかんなくなっちゃって……」
ヨキはひとつひとつ丁寧に相槌を返しながら、とめどない言葉の洪水を全身で受け止めていた。




