‐Ⅳ.テコ入れが高じてバトルものになったらそれまでの購買層が見限るから注意せよ‐
CGの技術が目覚ましく進歩し、俳優の背景に現実の風景を違和感なく合成できるようになった今となって、ドラマの撮影で実際に屋外へ行くのは稀だ。時間がかかるし、第一お金がかかる。
そんな撮影に使われる収録スタジオの場所は、一般人に教えられることはまずない。俳優のファンが出入り口で待ち伏せ――いわゆる出待ちをするからだ。
「フフン。私の情報網にかかれば誰がどこで収録しているか調べるなどたやすい。見ておれよ、イグナイトの反撃はこれからだ」
収録スタジオの入ったビルからは少し離れた路地裏でのこと。カメラを手にご満悦の男は、はたから見れば少々危険な趣味を持つ、社会に適合できていないホニャララさんのようだった。今日は好人物を演じるべく身なりもタートルのセーターにジーンズとラフな格好だ。ちなみに変相はしていないので、普通に考えれば正体が割れる危険性もある。まじめな表情をしていれば好青年に見えなくもないのだが、今は警察の職務質問不可避なオーラを纏っていた。
「相手は政府系組織、あまりに強大。ならば弱点から狙うのは当然の帰結だ。だがそれでもあえて慎重を期して、弱点の弱点を探るべし。そう、悪を名乗るのなら徹底して悪を貫くのが成功の秘訣だ」
まわりから馬鹿だ馬鹿だと言われていると自分でも馬鹿な気がしてくるものだが、悪党と呼ばれても否定し続けていた男は、いつの間やら悪の総統としての自覚が芽生え始めていた。
悪人丸出しの含み笑いでくつくつと喉を鳴らすさまは、思わず顔を背けたくなるようなおぞましさ――いや、冷蔵庫でよく冷やしたコンニャクで顔をゴシゴシされるような気色の悪さがあった。
「その喩えはどうかと思うぞ」
ヨキはあさってを向いてありがたい忠告をする。気を取り直して前に向きなおった。
「まぁよかろう。それどころではないしな。さぁ、早く姿を現せ。……フッフッフッ、まさか日常に敵が潜んでいるとは夢にも思うまい。そんな油断が命取りになるのだ」
サディスティックな笑みを浮かべると、手をワキワキと動かしながら瘴気のようにどす黒い息を吐く。
「さぁ、嫌いなファンはどんな奴かな? 嫌悪する同性はどんなだ? ク、クククッ」
命取りと言ってもアイドル生命のことらしい。
悪のオーラを最大にしてイメトレ中のヨキだったが、ふとしたことをきっかけに素に戻った。
「ぬ、サイフの落し物か。交番に届けなくては」
目にしたとたんに頭の中の完璧なシミュレートはどこかに吹き飛んでいた。身を隠していた物陰から出てすたすたと歩みよる。だがサイフを拾い上げたところで、待ち人が裏口から出てきた。
目が合い、二人とも動きが止まった。
「シャオリン! し、しまっ――!」
「っ!?」
ヨキは慌てて自分の口を押さえるが、もう遅い。
フードつきのトレーナーと目深にかぶったキャップという姿のその少女は、名前を呼ばれた瞬間、赤面して目を白黒させた。澄まし顔ばかりで普段は誰にも見せないような年相応の恥じらいを顔いっぱいに浮かべて、しかしそれを悟られたくないのか右手を当てて口元を隠しつつ顔を背ける。
「あちゃー。またマネージャーに怒られるし」
「は?」
嬉しいのか恥ずかしいのかシャオリン――正義の味方の最後の一人ふぇむとは、相手が誰かなんて考えもつかないで落ち着いたフリをして呼びかける。
「あ、あのー、追っかけとか迷惑ですので……」
「ってそっちの正体は別に」
待てよ、と口の中で声を含むヨキ。彼にとっては敵対する正義の味方だったが、彼女のほうはアイドルの追っかけの人だと勘違いしたようだ。変身前の呼び名ではなく思わずそう呼んだヨキだったが、どうやら事態はむしろ好転したようだ。誤解したまま話を進めている彼女に、ヨキは反するように冷静になっていた。
いずれにせよ彼女の正体を一発で見抜いた怪しい人物であることは事実。ファンでなければまた言い訳を考えなくてはいけないので、ここは乗っかることにした。
「追っかけするつもりはなくてその、偶然なんだ。ほらサイフ、これ拾ったので交番に届けようと」
真実を巧妙に混ぜること。それがバレにくいウソのつき方である。現にサイフを拾うところを目撃しているため、ふぇむとのほうも疑いながら信じ始めているのが表情から見て取れた。
「……ふぅん。ホントに?」
「あぁ、やましい気持ちはない」
「そう、なんですか」
追っかけではないことに気づいて残念そうにテンションが急降下する彼女に、心の中で「どうしろと」とツッコむしかない。これまで年頃の女の子の気を引こうと駆け引きをしたことがないヨキは、脳の容量をフル稼働して次の言葉をひねり出した。
「あ、でも偶然でも会えたことは嬉しいなー、なんて」
今度は、ぱぁっと表情が明るくなるふぇむと。
熱狂的ではないが良識のあるファン、と言うのは難度の高い演技だったが、ひとまず彼女は疑ってはいないようだ。
「この機会を逃す手はないな」
「え?」
不思議そうに小首をかしげる彼女に、ヨキの真剣な眼差しは誠実そうに映った。
「交番の場所って分かるかな? このへんには詳しくなくって」
「えと、その……」
頷けばそれは案内することになる。ふぇむとは視線を伏せたままチラチラと見てヨキの真意をはかっていたが、ややあってから首肯した。




