‐Ⅲ.自由なオタク市場の中でこそオタク文化は隆盛と衰退から進化を見出す‐ interval 2
「どうやら私の出番はなかったようだな」
《そのようで》
ヨキは目を開くと、手を添えていた刀を地面から抜き放った。
黒い霧が集まり、外套を広げるとそこにいびつな形状の鞘がどこからともなく現れる。
「しかしあの女――どこぞの来訪者だったか。どこからだ?」
刀を納めて一人ごつ。誰もいないはずだったが、脳裏に答える声があった。
《情報が少ないか、リソースが不足しています。いずれかを追加してください》
「ふむ。あの聖輝の特性だけではさすがに分からんか」
腕を組んで遠方の巨大な建造物を見据える。
彼が立っているのは、かつて先代総統ラキ伯爵が、セラフを相手に最後の大立ち回りを演じた場所だった。廃工場は相変わらず物言わぬまま鎮座しており、役目を終えたのを悟ってただ朽ちゆくのを待っているようだった。
「人知れず、それも仲間にすら打ち明けずに異物を排除、か。よもやテレビであれこれチャラチャラと軟派な活動をしておいて、こんな秘密があろうとは」
口にすることとは別の算段を整えるヨキは、どこか楽しそうだった。
彼でなくとも探究心のくすぐられる事実だったが、しかし彼の行動を左右するものではない。機会があれば利用することはあっても、寄り道する余裕はない。
「さはされども、あの異形の存在はどこから来たものだったのだ」
脳裏には気味の悪い光景がよみがえっていた。巨漢の人間の生皮を剥いだような姿は、嫌でも忘れられない様態だった。人間が生理的に受け付けないグロテスクな存在とは、男でも女でも同じような物を言うのだろう。
「思い出したくもないが、私ですら知らないとは……ん?」
物思いに耽っていたところで、何者かの気配を察して振り返る。
「ぎしゃぁ」
「あー、そうそう。こんな感じの、見た目とか臭いとか吐き気がするヤツはさすがのヨキ伯爵でも勘弁――」
すぐそこにいるソレをしげしげと観察するヨキだったが、はたと我に返って眉をひそめた。ソレは巨漢の人間の生皮を剥いだような、身の毛もよだつ化け物だった。
「え」
「ぎしゃぁぁぁ」
間近で見ると、それは見上げるほど大きな化け物だった。大人の胴よりも大きな腕をそいつが振りかぶるのを見て、ヨキは青ざめた。
「え」
次の瞬間、ヨキの体は弾かれるように吹き飛んでいた。声も上げられず、水の上を石が跳ねるように何度も地面とぶつかりながら、二十メートル以上も先で壁にぶつかってとまる。
すぐに臨戦態勢に入ろうとするが、いつの間にか抜き放っていた刀をたよりに姿勢を保つので精一杯だった。
(なんだ――確かについ先ほどまで気配はなかったぞッ)
「ぐ、くぅっ。なんだと言うのだ、忌々しいッ」
せき込みながら口の中の血を吐き捨て、鋭い目を向ける。幸いなことに得体の知れないその敵は一体だけだった。
「あの女、こんなのを何十体も相手にしていたのかッ。どっちが化け物かわからんな」
皮肉の笑みを浮かべるも、すぐにまた咳き込む。
「刀が効くのがせめてもの救いか」
刀身に赤黒い液体が付着しているのを見て小さくこぼす。同時に、化け物の腕に切れ込みが入って血が盛大に噴き出した。
初撃のときヨキは咄嗟に刀で防いでいたのだ。それも鞘から完全には抜ききらないまでも、居合いの要領で引き抜きながら受けていた。
化け物が雄たけびを上げる。だが痛がっているのとは違うようだ。明確に標的を定めたらしく、大またでヨキへ向かって迫りはじめた。
「後の先。居合いの奥義なれど、化け物相手では良い子に勧められん技法だな」
ヨキは軽口をききながら、ゆっくりと細い息吹を吐く。目にぎらついた気配を宿らせ、体からは見ることのできない凍てついた空気を発していた。
先ほどまでの、痛めつけられた貧弱な人間の闘気ではない。
「フゥ――」
刀を構える。直立の姿勢から右足を半歩踏み、そのつま先のもう一歩先に刀の切っ先を向ける構えだ。
「この体での実戦は初めてか。ふっ、今までは一方的に蹂躙されていただけだからな」
苦い経験も今日に繋がっているのならヨキは肯定的に受け止められる。
彼は全てを是認して、今ここに立っているのだ。
「少しくらい」
敵はもう目の前だった。
悪の総統、と世間から呼ばれるにしては清冽な気配を刀身からにじませ、ヨキは言う。
「正義の味方とやらの尻拭いをしてみるのも、また一興か」
◇ ◇ ◇
テレビのチャンネルを変えるとちょうど、高視聴率をキープする国営放送の連続ドラマの宣伝番組が終わるところだった。もう最後の数分になっているのを見るとはなしに見届ける。
テレビには流麗な金髪を太陽に透かした、きらきらと輝くような笑顔の女性が映る。
《まだね、私もわからないの。自分がどうしたいのか。だからこうしましょう?》
コトハが耳をピコッと立て、画面を指差した。
「あっ。なんかこの女優さん、見たことあります!」
「こいつはサンタ社のエメラルドだ。それと肩書きに『さん』をつける必要はないぞ」
「えぇぇっ! それがなんでテレビに出てるんですかぁっ!」
「少しは頭を使え。すぐに答えを求めたがるのは今どきの若い者の悪いクセだ」
「はぁ~い」
《私が大学を卒業するまでにはこの街も変わるわ》
テレビのけねぁは両手を重ねて胸にあて、恥じらいを押し隠しながらニッコリと微笑んでいた。
《そのときまでに私の心も変わったら――恋をしてみてもいいかなって思えるようになったら、私はこっそり合図を送るわ。それに気づいたら、もう一度あなたは全然似合わないスーツを着て、笑っちゃうくらい真面目な顔で花束を買いにいくの。そしたら》
語尾をあいまいに濁したまま、番組はエンドロールに入った。
二十歳を前にして彼女はすでに演技派女優として才覚を現していた。透けるような金髪や碧色の瞳とあいまってどこか神秘的な雰囲気をまとうが、それでいて女性としての魅力を最大限に発揮する艶技派女優としての素養も持ち合わせており、それらの内包する矛盾や侵しがたい禁忌をこえて人々を魅了する。
「やはり政的広報を兼ねているな」
ヨキはつまらなそうに鼻を鳴らした。エンドロールの最後に流れる文字、エンドクレジットに『ダブ・ハレ!制作委員会』『SNHK』に続いて、『サン・ハレーション』とあった。サン・ハレーションはサンタ社や、別に組織されたダブル・ハレーションといった広報部隊の上位組織だが、一般的に名前が知れ渡っているわけではない。
ヨキはこれこそが赫機関ではないかと睨んでいた。
彼はそれから、ラップトップコンピューター、いわゆるノート型の小さいパソコンに向かった。
「サンタ社広報部隊。末梢にしては意外にも磐石な組織だ」
「そうなんですか? 女の子ばっかりでコトハにはそうは思えませんが」
「プロパガンダだからな。見える部分が強そうである必要はない」
すらすらとキーボードを叩く。真っ黒の画面に緑色の英文のコードを書き連ねながら、次の作戦のためのアイデアを実行に移していった。
「だがこの四人、まとまりの欠ける四人がそれでもバラバラにならないのは、年長者であるこの女の影響によるところが大きい」
自作プログラムとネット上の無償ソフトをいくつも同時に起動して駆使していると、わけの分からない英文が突然、爆発的に画面を埋め尽くす。
自走を始めたプログラムからテレビに目を戻すとすでに連ドラは終了しており、今度はややツリぎみの目をぱっちりと開いた少女が、元気いっぱいの笑顔で映っている。その姿はヨキが作った紙芝居の魔法少女と同じフリフリ姿だった。
《はじまるよ♪ てくてく魔法少女隊》
アイドルの扮する魔法少女が下町を散策する、街かど人情ドラマが始まった。
「フッフッフッ。アイドルなどと軟派な者を二人も組織に入れおって。我が毒牙をもって二度と衆人環視におれなくしてやろう」
確実に誤解される邪悪な笑顔を浮かべ、ヨキは落書き用の水性ペンとデジタルカメラを握りしめた。
次は3月2日アップです。




