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正義よ 傲岸なるその悪を討て!  作者: 斉放
‐Ⅲ.自由なオタク市場の中でこそオタク文化は隆盛と衰退から進化を見出す‐
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‐Ⅲ.自由なオタク市場の中でこそオタク文化は隆盛と衰退から進化を見出す‐ 4

 一段落着いたところで、コトハがきょろきょろし始める。

「んー。ルナリエさまがいらっしゃったみたいです」

 いまいち自信がなさそうに人差し指をくわえて小首をかしげる。コトハが百パーセントの確率で察知できるのは、どう言ったわけかヨキの気配だけらしいのだ。

「ごめんくださぁい」

 丁寧なノックからややあって玄関から入ってきたのは、学生の女の子だった。

 日本人形のようなワンレングスの黒髪が特徴的な、奥ゆかしそうな子だ。見た目からしてどれくらい奥ゆかしいかというと、前髪が長くて表情が隠れがちなほどだ。悪の秘密結社には似つかわしくないセーラー服という出で立ちで、膝上のスカートをひらひらさせながら深々とお辞儀する。

「おじゃましまぁす」

 六畳一間の狭い部屋にも行きわたらないくらい小さな声だった。

「あ、あぁ、いらっしゃい」

 ヨキはなぜか気まずそうに視線を逸らす。

 そんな様子に少女は気づかず、後ろを通って押入れの向こうの隣室へ足早に進んだ。

「すぐ着替えてきちゃうから。コトハちゃん、お願いね?」

「らーじゃです」

 インターバルは本当に『すぐ』だった。部屋を離れてから十秒ほどでコトハが戻ってくると、悪の女幹部ルナリエがあとに続いて現れる。まだ着慣れないのか、もたもたと歩く姿にはどこか愛嬌があった。

「きゃっ」

 小さな段差につまずき、ルナリエは手近にあったヨキの頭にしがみついた。

「ご、ごめんなさいっ! 大丈夫? 助かってるけど、いつもそこにいたら危ないよ?」

「いや、これしき謝ることはない。むしろいつもご褒美だ」

「?」

 実のところ彼女は幹部ではなく女王だった。つまり総統よりも位は上だ。そう考えるとたとえ足蹴にされてでも、転びそうになったルナリエを助けるのはヨキの仕事だ。とりわけ、ふくよかな胸の寵愛を受けてはなおさら文句を言う立場にはないのだ。

「実はルナリエ、私のほうこそきみに謝ることがあるんだ」

 一度転んでしまうと立ち上がるのは容易ではないらしい。そろりそろりと四つんばいでテレビの前の定位置に向かうルナリエ。自覚はないようだが、それは悩殺的なポーズだった。しかしヨキが目を逸らしがちなのは、目のやり場に困ったことだけが原因ではない。

 ヨキの視界には、ガルがいつになく丁寧に敬礼して隣室に避難していくのが見えた。コトハのことも摘まんで一緒に消えていくのを恨めしく見送る。

「え、なに? 何かあったの?」

「実は……」

 どう切り出したものか思案げなヨキ。これほど歯切れが悪いのは珍しいものだから、ルナリエは深刻そうな表情になる。彼女は姿勢良く正座し、膝の上で手をぐっと握った。

「実は、今日ももう一働きしてきた」

「えっ?」

「なんと詫びたものか」

「そう、なんだ……」

 ただそれだけの短い言葉に、信じられないように気色(けしき)を失うルナリエ。しかしすぐ我に返って手をぱたぱた振った。

「う、ううん、いいの! ヨキくんが悪いわけじゃないもの!」

「ルナリエ?」

「ほら、ヨキくんが戦っているときは応援したいなんて、単なる私のわがままだしっ」

「……」

 彼女がここを訪れる日は、彼女が来るのを待って活動を始める――。この小さな約束がどれだけルナリエにとって大切かなんて、ヨキにはいまだに想像できていなかった。分かっていれば、立て続けに約束をたがえることは思いとどまっていたことだろう。

 それでも強がっている彼女の表情からただならぬ悲哀は感じられた。

「うん、そうよ。ヨキくんにはヨキくんの都合があるもの」

「本当にすまないと思っている」

「わたっ、私なんかあんまりここに来れなくて、来ても何の役にも立たないし、だから」

「もういい、よすんだルナリエ」

「だからせめて応援くらいはって思ったんだけど……」

 気丈に振る舞おうとするルナリエだったが、だんだんと声がかすれてくる。

 顔を上げてヨキと視線が合うと、我慢できずに大粒の涙を浮かべた。

「あ、あれ? なんで? だめだな、私、泣くつもりなんて……」

「悪いのは私だ」

「う……うわぁぁぁんっ!」

 ヨキに優しく声をかけられた彼女は、とうとう堪えきれなくなってしまった。感極まってヨキの胸に飛び込む。

「ひっく。ひっく。一緒に戦うことなんてできないから、せめて応援したかったよ~」

「あぁ、全面的に私が悪かった。きみが自分を責めることなんて、何ひとつないんだ」

 その言葉に、ルナリエは一層嗚咽を大きくしてしまう。

 ヨキは彼女が泣き止むまで、丁寧に頭を撫で続けた。

 ――― ―― ―


 十分ほどだろうか。泣くだけ泣いたルナリエは恥ずかしそうに左右の五本指を顔の前で突き合わせていた。

「あ、あのね? ヨキくん、忘れてね? すぐに泣いちゃって、みっともなくって、ホントに私って自分でイヤになるくらい涙腺がゆるいの。だから、ね? 絶対だよ?」

 何が『だから』なのかは分からなかったし忘れる自信もなかったが、ヨキはとりあえずうなずいておくことにした。そうでなくとも気の毒なくらい小さくなっている彼女が、ともすれば消えてしまいかねない。

「そうだ、ヨキくん。学校のみんなが心配してたよ? もうずっと行ってないでしょ?」

 ルナリエはごまかすように強引に話題を持ち出した。

「? いずれにせよ元の姿を取り戻すまではいたしかたあるまい」

「あ。そ、そうだよね! 何を言ってるんだろ、私。あははははっ」

「今の姿は以前の私からは結びつかないだろう。それに第一、ヨキとしての名前が売れすぎてしまった。平穏だけが美徳の学校だ、わざわざそれを乱すこともあるまい」

 鷹揚な態度でうなずくヨキだったが、ルナリエの胸裏には別の懸念があった。

「ふ、フツウの学生生活……したいなぁって」

「まぁ、きみが言うのは学力の話だろう? それだって気にする必要はない。学校で得られる知識ならとうに修得――と言うか収得している」

 異性の心の機微など気にかけないヨキは、達観したような笑みで壁にかかっている武器を指差す。得意気な物言いだったが、ルナリエにはその表情がどこか寂しそうに見えた。


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