‐Ⅲ.自由なオタク市場の中でこそオタク文化は隆盛と衰退から進化を見出す‐ 3
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《アカシック・レコード、ダウンロード》
けねぁはそう唱えると、リッチなおさげ髪をほどいて優雅な所作でかきあげた。髪の中で見え隠れするイヤリングが輝いて内側から光を漏らす。
パイプオルガンの厚みのあるBGMが降り注ぐように一帯を包みこみ、その場に居合わせた者たちを荘厳な聖堂にいざなった。
《エメラルド!》
それは神話に出てくる女神をモチーフに、少し露出を多くしたような出で立ちだった。純白のシルクの薄布であつらえたドレスは両肩から胸元までを大胆にカットし、白い手袋は陶磁器のような腕と白さを競って手の甲まで伝う。
背中からまわしたストールを肘から先へ絡めて手にさげ、髪留めから開放されたふわふわの髪とスカートが風に揺らめくのを手で押さえて、穏やかに名乗りを上げた。
《纏装 ――賜杯エメラルド・カテドラル》
変身が終わるとすぐに画面がニュースキャスターに戻る。キャスターは淡々と記事を読み上げた。
《エメラルドの活躍により、てんやわんやで秘密結社・商売は倒されました》
「てんやわんやって楽しげだな! それにそもそもエメラルドとは戦っていないぞ!」
ヨキはテレビに食いつきながら目の色を変えて怒っていた。
場所は変わって秘密結社イグナイトの本拠地(六畳一間の和室)だった。彼はいつもどおりと言えばいつもどおりにボロボロの出で立ちになっていたが、口やかましさはますます絶好調だった。
画面ではワイプ(小さなウィンドウの画像)の中で、ヨキがボロクソになって地面に倒れている映像が流れる。そして画面に踊るのは『参りました~降参します~あはん』の文字。
「デジャヴ!? それとオマエ、適当すぎんだろ! 無限会社イクナイだよ!」
《えー、秘密結社・売買の総統、簿記はカメラに向かって》
「この短時間でまた変わった!? しかも私の名前まで関連語になってるぞ!」
あくまでキャスターは情感を交えず、情感なく記事を読む。
《「なに撮っているんだよ、見せ物じゃねぇぞ。ばか」などと叫びながら、前かがみで逃げていきました》
意味が分からなくて一瞬考え込む。
「なんだ前かがみって……なんだ、逃げ帰るのになぜ前かがみなんだ! 逃げてないけどね! 逃げ帰ったりしてないけど! 仮にもメチャクチャに負けて帰るときになぜ前かがみなんだ! ドMか!」
正義の味方を前にしては思慮深き夜を貫き通すことができても、エセ報道番組に対してはツッコミが容赦なかった。全力で叫んでぜぇはぁと息を整えていると、後ろからおそるおそるコトハが声をかける。
「ヨキさまぁ~。ご機嫌なおしてくださいよ~」
「ご主人、低俗な報道などに努々(ゆめゆめ)心を惑わされぬよう」
腹心たちの存在を思い出すと、急速に冷静さを思い出してくる。
「フー……。そ、そうだな政府の息のかかった報道などで心揺らすなど、まだ私も青いな」
「御意に」
「……そこで『御意』はおかしくないか?」
自らの不徳を恥じているところで『そーですね。かっこ笑い』と言われた気がして忠実なはずの腹心を見る。
「ところでヨキさま。戦っていないって仰っても、メチャク……じゃなくてケチョンケチョンになって帰ってきたのはなんでですか?」
「ぐっ――!?」
コトハの悪意のない物言いに怒ってもしかたない。ヨキはそう自分に言い聞かせてなんとか堪えた。
「エメラルドと戦っていないのは本当だ」
「と仰いますとー?」
「なにがせっかくなのか分からんが『せっかくなのでー』とか言いながら変身したエメラルドの次に、なぜかこの前の二人まで『ついでなのでー』とか変身しおってな。あとはもう阿鼻叫喚の地獄絵図だ」
「そしておめおめと逃げ帰ったのでございますな」
「……ガル。お前はわざとだろう」
「御意に」
「……」
余談だが『ドM攻め』なるものを目にする機会はなかった。




