‐Ⅲ.自由なオタク市場の中でこそオタク文化は隆盛と衰退から進化を見出す‐ 2
「お色気シーンで存在感を高めつつ、いざというときの発言力を強める。ときには主人公のライバルさえ取り込む包容力を持ち合わせ、同時に男女を問わず読者にとっても好意的な目を勝ち取らなければならない。繊細にして重要なポジションを可能にする、それが少年誌におけるヒロインだ!」
妙に自信を持って断言するヨキに、「おおぉーっ」とまたもや感嘆の声が上がる。納得できないのはそぁらだった。
「はぁ!? ってかあんたは何がしたいのよ!」
「フッ、出番ではないのなら黙っていてもらおう!」
ヨキが勝ち誇って言うと、そぁらは歯噛みして悔しがった。
「ぐぬっ……この変態伯爵めぇぇぇっ」
「何とでも言え。色恋のひとつでも患ってからならお色気シーンにも使ってやる」
「そんなのこっちから願い下げよっ!」
「はい、否定できないお子ちゃまは放っておいて次のテーマ。じゃんっ」
「誰がお子ちゃまよ!」
『漫画としての残酷表現と文学としての残酷表現の扱いの差について』
次なるフリップの登場キャラクターは白い髪の少女だった。なんか手にした大ナタ――らしき猟奇的な武器を、悦楽の表情で振り回す様子が描いてある。
スプラッター映画さながらの迫力の画風は、もとが誰だったのか分からないほど凶悪な人相に描かれている。この凄惨な笑顔は、それを見た者の恐怖が如実に表れているような鬼気迫るものであった。もちろん当の本人りぁむは、自身の白い髪を振り乱しながら激昂するしかない。
「わたくしそんな凶悪な人相をしてません! そんなことよりたったの一ページって、扱いが軽いのが許せませんわ!」
本音をポロリと付け足しつつ、けたたましく叫ぶりぁむ。
「……そっくりだっつの。扱いからなにから」
「なにか言いまして?」
少女たちの輪の後ろ、ふぇむとがぽつりと呟くのへ、りぁむはすごんで見せた。
「さぁね」
そんなやり取りを捨て置いてフリップは進む。
次に現れたのは、魔法少女の格好をしたトランジスタグラマーな猫目の少女だった。ファンシーピンクの甘々でフリフリな姿はいかにも少女趣味で、小さな女の子向けアニメの登場人物のようだった。しかしながらふわふわした衣装のデザインに隠されているが、純真無垢の代名詞ともいえる『魔法少女』と呼ぶには、我がままボディすぎた。
そのフリップの少女が誰なのかは一切触れず、ヨキは真顔でわざとらしく一拍の間を空けて、もったいぶるように観衆の興味をそそらせる。
「うぁ……!」
口数の少ない少女――ふぇむとが、奇妙な声をあげていた。先ほどまでの冷静沈着な様子とは打って変わって取り乱している。みんなの視線が集中した。
「え、えーっと」
わざとらしく顔を背けて平静を装うが、目がぐるぐるしていて動揺を隠せていない。衆人環視の目が自分に向いていることに気付いて、そぁらの背中に隠れてしまう。
ヨキはコホンと咳をして、環視を引き戻すとともにフリップをめくる。かわいらしいポーズの少女だった絵は、次のフリップでは同じ人選なのに画風がダイナミックに変わっていた。
『しとどに雨が降るのなら 降られ往くのが 女の花道』
爆発する怪人(?)をバックに、白蛇のマジカルステッキを持った少女がたそがれるイラストには、そう文字が添えられていた。同じ一枚絵でもこちらは筆で描かれており、力強い描線には語りかけてくるような風情と哀愁があった。
十四、五歳くらいだったか。魔法少女というには少し年齢が高いがせいか、先ほどのポップな絵は見ているとやや違和感がいなめなかったが、今度のそれはファンシーな衣装を差し引いても有無を言わせぬ説得力がある。
ヨキはずっと真面目な表情で淡々と続けていたが、今までの茶化したフリップとは一味違う内容に説得力はいや増す。
「文学とされるものの中にはいじめや非行、殺人や暴行を当たり前のように取りざたするものも多く、ときには障害者が悲惨な目にあうものまである。その目指すところが同じでも、漫画やアニメだと確実に規制されるのにな」
思慮深き夜――先代からその名を継いだヨキは、最低限の言葉だけで多くのことを伝えようと、含みを持たせた言い方をする。
「文学は人の心を豊かにする。だがしかし漫画、アニメ、ゲームはそうではない。子どもを堕落させ、考える力を奪い、個性を埋没させる」
強すぎず、しかししっかりと頭を振った。
「果たしてそうだろうか」
ヨキは野次馬の顔を見回した。そこには、彼の言葉の真意を汲み取ろうとする者はあまり多くはないように見える。彼がどれだけ真剣に投げかけても、話の内容が共感できるものではないことなど、ヨキにも分かっていたはず。しかし、落胆や諦念に負けることをよしとしない男にとって、これが過程でしかないこともまた、分かりきっていたことだった。
「この国が発信し、世界にすら影響を与えるサブカルチャーが、なぜ文学にも並ぶ成熟した文化であると考えられないのか。外国の言語を学びたいと思わせる文化が、古今東西をしてほかにどれだけ存在した?」
「あんたは何と戦ってるのよ」
けねぁは困り顔で閉口しているので、代わってツッコんだのはそぁらだ。予断のない彼女だからこそできた切り返しだろう。だがヨキは意味ありげに笑みを浮かべるものの、それに答えることはしなかった。
「子どもたちの学力やモラルが下がっている原因が、それらサブカルチャー、特にゲームのせいだと言わんばかりの風潮がある。その狭い了見こそが問題をぼやかしていると言うのだ」
ヨキは言葉をいったん区切り、反論がどこからも上がらないのを確認してから続けた。
「勉強しかしてこなかった者にも、学業成績は良くても社会性の乏しい者がいるだろう。それと同じだ。ひとつのことしかしないのがいけない、ゲームしかしないのがいけないのであって、サブカルチャーそれ自体が悪者なわけではない」
ツッコミ以外では、そぁらも大人しい。けねぁが黙っているとヨキの独り舞台だった。順番という強制力もそれなりに大きいようだ。
「よく食べ、よく寝、よく学ぶ。武天老師はそう言っていたが、私はそこによく遊ぶことを付け足すべきだと思っている。物事の善悪を判断するバランス感覚は、それらを含めたあらゆる経験の中でみずから学び取るものだ」
ヨキはフリップを足元のジェラルミンケースにしまった。
あたりを見渡すと、結構な人だかりができていた。予想外にも若者だけでなく幅広い年代が集まっている。はじめ興味本位でしかなかった群衆はおとなしく聴き入っていた。
「健全性の保持、情操教育、一般常識などのバランス感覚。子どもを育てる役割は――親だけではない、むろん教師だけではない――社会全体が担ってきた。しかし今は近所づきあいがなくなっただけでなく、年寄りと同居しなくなり、小さなうちに経験する社会がとても狭いものになってしまった。それなのに大人はみずからの役割を果たそうとせず、悪者探しをするばかりだ。だから私は、忌憚なくこう断言する」
一方的に話しつづけることは、実は非常に難しい。
「サブカルチャーは子どもの将来にとって好と悪、両面の影響を与えるものである」
ヨキの話術は卓越しているわけではなかったが、真剣に訴える者をむげにはできない国民性が、彼のささやかな声を静かに行きわたらせた。
「そうだろう? 悪影響だけを与えると言うなら、これだけサブカルチャーが繁栄したこの国が犯罪大国になっていないことに説明がつかん。有害だのなんだのと騒ぎたてて封殺し何もかも規制したいなんて考えは、その是非の議論すら許さずいかにも短絡的でよっぽど不健全だ。犯罪の少ない成熟した現代社会にそぐわず、あまりに拙速すぎる結論だよ」
ヨキは軽くあごを引く。
「ご清聴、感謝する。願わくば、全ての人々から孤独がなくならんことを」
抑揚の少ない淡々としたプレゼンスが終わると、観衆からちらほらと拍手が飛んでいた。
それがほかの人間に伝播するよりも早く、パンと手を叩く音が鳴った。たったそれだけで、ヨキの演説に聞き入っていた聴衆は現実に引き戻されていた。
音の出所――けねぁは、にっこりと微笑む。それだけで周囲の人間を惹きつけていた。
「論点がズレちゃってるわね。少し話を戻しましょうか」
「……フン」
けねぁはおそらく、拍手の余韻を意図的にかき消して声を上げた。
カチリと、ヨキの頭の中のパズルがひとつ組み合う。
「趣味や嗜好に規制がない世の中なんて、本当にありえるのかしら」




