‐Ⅲ.自由なオタク市場の中でこそオタク文化は隆盛と衰退から進化を見出す‐
「またこんなビラ撒いたりして!」
あとから現れた者は高いところから大声で登場をアピールしなければならない。それが嫌ならもっとインパクトのある登場方法を発明することだ。
『想像してごらん。
趣味・嗜好に規制なんてないんだ。無限会社イクナイ』
日が傾きはじめていた。ターゲットの学生が帰宅する時間を過ぎ、彼が清々しい労働でいい汗をかいて、そろそろ啓発活動のビラ配りを終えようかというところだった。
「あ、あなたはヨキ伯爵! 性懲りもなく同じことを!」
面倒なのですぐに正体を現してやると、民家の屋根の上のそぁらはいつもどおり大げさに驚く。彼女が兄と慕う男が復活するたびに驚いているのと同じ原理なのだろうか。究明するつもりはないが、喉のつかえが取れなくて釈然としないものが残った。
下に住んでいる人の迷惑を顧みずにダンダンと屋根を踏む少女へ、ヨキは少しうんざりしながら言い放つ。
「このジャンルに下手な規制などかけてみろ。大きな経済的損失をこうむるぞ」
「どのジャンルよ! それにアタシが言ってるのはそう言うことじゃないでしょ!」
「わたくし思うのですけれど、あの方の主張っていつもジャンルが偏ってません?」
ややヒステリックな声に、物見高い住民がちらほらと集まってきた。
時間的に中高生が多い。
「まぁまぁ」
口を手で隠しつつおっとりした調子で待ったをかけるのは、透けるような美しい金髪をおさげにした年かさの少女、けねぁだった。
「止めないで! 今度こそきっちり言ってやるんだから!」
「そぁらちゃん、落ち着いて。それじゃあ話し合いもできないわ」
「いつまでもダラダラと話し合いなんて無意味よ! 対話が成立するのは背景に武力による牽制があるからなのよー、なんてニッコリ物騒なこと言ったのはけねぁじゃない!」
「うんそぁらちゃん、ちょっと黙ろうか」
ビラ配りを強化したのは最近になってだが、時期を同じくしてこのポニーテールの少女は相当カリカリし始めていた。けねぁは少しだけ表情が固まったような気がしたが、それでも柔和な物腰を保って努めて冷静に続ける。
「それはスケールが違うわ。国家間の話よ。それに……うーん、困ったわねぇ」
そう言いながらも相変わらずのニコニコ顔だ。ゆるゆると広がるのを二つのおさげにした、陽光のような金髪を揺らして首をかしげる。
「しかたないかな」
「何?」
そぁらの汚れを知らない純朴な視線を受けて、けねぁはバツが悪そうになる。それでも言わないわけにはいかないのか、小さな声でぽつりと呟いた。
「順番なの」
「……あー」
けねぁは語尾にハートマークでもつきそうな甘ったるい声で言う。
その言葉はヨキが考えるよりも大きな強制力を持っているらしかった。
年長の少女は、大道具係らしき数人のスタッフが用意したタラップを使って、ゆったりとした足取りで下りはじめた。十九歳くらいだったはずだが、たたずまいに子どもっぽさはなく、女性的なスタイルも含めて大人の女性だった。
「貴様は確か――ドM攻めの」
ヨキが何がしかを言い終えるよりも早く、階段を何かが転がり落ちる音が鳴り響いた。言葉をさえぎられてヨキは不満顔になりながら、バンザイの姿勢でうつぶせになっている少女へ声をかける。
「大丈夫か?」
「……もうっ」
怒っているのか恥ずかしいのか、彼女は体を起こすと、アヒル座りになって真っ赤な顔で自分に悪態をついた。
「降りるのなら最初から登らなければいいだろう。怒ってどうする」
「怒ってなんかいません」
いまいち動揺を隠しきれていない真面目な表情で、けねぁは彼女なりに凄んで見せた。立ち上がって深呼吸をすると、何ごともなかったように振る舞う。
「そ、それでヨキ伯爵、あなたの主張はなんなのかしら」
ヨキは軽い驚きを示した。
「正義の味方に話し合いなんて選択肢があったのか」
「あらぁ、なぜ無いと思ったのかしら」
「後ろのお仲間に聞いてみればいい」
けねぁはこれにあえては反論せず、クスクスと笑って聞き流すことにしたようだ。すっかり元の調子を取り戻している。だがようやく自分のペースを取り戻した彼女のことなど気にかけず、ヨキは道端に置いておいたジュラルミンケースをガサゴソと漁り始める。
「都合のいいやつめ。まぁいい、五ページほどで教えてやろう」
「……ページ?」
「はい、今回ご紹介するテーマはこちら。じゃんっ」
「うん?」
ヨキが自分で効果音を言いながら取り出だしたるは、紙芝居サイズのフリップだった。曰く、
『少年誌やアニメ、ゲームにおける女性キャラクターの描写について』
「う、うーんと」
けねぁはちょっと困った顔で、何がしかを言いあぐねる。
ヨキは気にしたふうもなくチープなプレゼンスを始める。
二枚目のフリップには、ドレスのように華やかな赤い衣装の、凛々しい美少女が描かれていた。それは変身後のセラフのイラストで、意外にも写実主義のやたら上手な絵だ。
周りで見ていた聴衆から感嘆の声が上がる。その好意的な反応を受けて、後ろで見ていたそぁらは照れながらも、いかにも不本意そうに腕を組んだ。
「ま、まぁまぁ可愛いじゃない。じゃなくて肖像権は会社が押さえてるはずなんだけど」
まんざらでもなかったそぁらの表情が、フリップに躍る文字に俄かに曇る。
『少年誌においてヒロインはみんなのヨメ』
「……ヨメ?」
さらに三枚目では、短いスカートの姿が下からあおるような構図で描かれていた。しかも絵の質、特に健康的な太ももの描写が格段に向上していて、気合の入りようが伺えた。
「ちょ、ちょっと!? アタシのことヘンな目で見ないでよねっ。
――で、でも、まぁそれくらいならセーフにしといてあげるけど……」
『ヒロインの存在意義は多岐にわたる。誰にも分け隔てなく接し、みなを勇気づけ、ときに叱咤し激励する。そして』
「そしてって、な、何よまだあるの?」
少し不安そうに、しかし多分に期待をはらんで、そぁらは自分を抱きしめる。
ヨキは不敵な表情で、わざわざ大きく声に出した。
「そして満を持してのお色気シーン!」(お色気シーン!)(お色気シーン!)
「お、お色気シーン!?」
ヨキはセルフでエコーをかけながらバッと大げさなモーションでフリップをめくる。だがなぜか四枚目のお色気シーン、とやらでは登場キャラクターが金髪のお嬢さまに変わっていた。スカートが風に舞うショットを、まるで本当に目にしたかのような躍動感のあるダイナミックなタッチで描いてある。
ヨキが妙に真面目な顔で、こっくりと頷いて繰り返す。
「お色気シーン!」
「まぁ」
「けねぁじゃん! なんでそこでアタシじゃなくなってるのよ!
い、いや良いのかな……? でもやっぱり納得いかないわ!」




