‐Ⅱ.女が感情でものを言うときは黙って振り回されるのが男の甲斐性‐ interval 2
◇ ◇ ◇
少女の父親は有数の資産家だった。世界的に有名な名前を挙げていけば、上位から百人目までには連なるほどだ。それだけに家庭で過ごす時間はごくわずかだった。家に仕える使用人が何十人もいて、寂しさを感じることは少なかったのを記憶している。
厳格な父。優しく包容力のある母。少女を我が子のように愛した使用人たち。
ありていに言って幸せな家庭だったと、少女は今でこそ思えるようになった。
今でこそ、あの憎むべき悲劇が、どれほどむごたらしいものだったか理解できた。
それは、少女がまだ七歳になったばかりの日のことだった。
革命を高らかに謳う陵虐者たちが屋敷に押し入ったのは、金品が目的だった。だがそれは、真っ先に屋敷の主を殺してしまった彼らのリーダーによって、叶わぬものになった。大きな金庫を開けるすべがないことを知ると、彼らの目的は殺戮に変わった。
炎に包まれる屋敷。
破壊の音。
そして、たった一人の小さな少女をかばって無残に切り刻まれる使用人たち。
(だれか、たすけて――)
純真な少女にとって、それは地獄の光景だった。
折り重なるように死体の山が積み重なる。その一番下で、すでに助かる見込みがないほどの深手を負った母親に優しく抱かれ、少女は言われたとおり嗚咽を一切漏らさずに震えていた。
(どうかおねがいします――)
震えながら、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。
(アタシはどうなってもいいから、みんなを、ママを、たすけてください――)
小さいながらに、みなを思う気持ちが少女にはあった。だが残酷なことに、屋敷の住人は彼女と彼女の母を残し、すでに全員が無垢なる魂の灯火を消されていたことを知る由もなかった。
死体の山を掻き分けて魔手が迫り、少女はとうとう自分の死を悟る。
この先どれほどの年月が経とうとも、少女は陵虐者の狂気の表情を忘れないだろう。その男はすぐに後方へ吹き飛び、顔を見たのは一瞬だったはずだ。
「女、貴様か? 私を呼んだのは」
代わりに姿が見えたのは、片眼鏡が印象的な年齢不詳の男だった。紅蓮の炎に照らされたインバネスコートが、彼自身の流す血によってそこかしこ赤く染まっている。少女の前に姿を現すまでに、屋敷の入り口からだけでもうだいぶ死線を切り抜けてきたのだろう。
「お願い……助けてください……娘を、助けてください」
「良かろう。貴様の――いや、貴様らの我が子を想う気持ち、しかと受け取った」
男はそう言うと、物々しい造りの鞘から黒い刀身の刀を引き抜いた。それは、陵虐者たちが近代的な火器で武装するのと比べて圧倒的に貧弱な武器だった。
「娘の目を閉じておけ」
肩越しにそう告げる男の顔が、ゆらゆらとたゆたう炎に照らされ凄烈なものに変わる。
目をふさがれる直前、少女が最後に見た光景だった。
◇ ◇ ◇
《サンタ社のサーバには該当する情報がありませんでしたわ》
「そっか。うーん……」
電話の向こう、りぁむの明瞭な回答に、そぁらは釈然としないながらもうなずいた。
「うん、アリガト。もういいわ」
《よろしいの? 秘密結社イグナイトにはご執心ではなくって?》
「ナニ言ってんのよ。アタシの剣、プロミネンスの二つ名と似てるなんて、気になるじゃない。……えぇっと、なんて言ったっけあの武器」
《ダカツフウバクショウ・ウロボロス、ですわね。ログを見ると。どう書くのか分かりませんけれど》
「そうソレ。数少ないオリジナルシリーズなのに、名前が似てるってなんかイヤだわ」
用件が済むと、この世代の女の子に特有なガールズトークに花を咲かせるでもなく、他愛ない言葉をかわしてからそぁらは携帯端末を置いた。
「ふー……」
目を泳がせてから、悪びれるように舌先を出した。
「変なトコで察しがいいのよね、あの子」
腰掛けたベッドから写真立てに手を伸ばす。
「みんな……」
写真には納まりきらないほどたくさんの人間が映っていた。父、母、そして何十人もの使用人たち。笑顔の『家族』たちに囲まれ、黒髪の少女は幸せそうにはにかんでいた。
――秘密結社イグナイトにはご執心ではなくって?
「……そうなのかな? ただ知りたいだけなんだけど」
余計なものがない真っ白な部屋。
彼女が興味をひかれる対照は、非常に稀有な存在であることは確かだった。




