‐Ⅱ.女が感情でものを言うときは黙って振り回されるのが男の甲斐性‐ 6
テトラが気を取り直すまでにはしばらくを要した。彼女はやがて気色を失ったまま、もぞもぞと動き出す。
手で何もない空間をなでると、そこにまたインターフェイスが現れた。
「質量転化式加速器――マイ・ディア・マッドマーダー」
素早くボードを叩いてマイクにぼそぼそ低く呟いたかと思うと、バイザーに文字が躍って何かの器物が手元に転送された。今度は立体映像ではない。ポップなネコの絵が描かれたそれは、長い長い鎌首をもたげて標的を中心に捉える。
「わたくし、悪人にそこまで言われるほど落ちぶれていませんの」
ファンシーな外観のそれは、あどけない小さな手には似つかわしくない、銃身のやけに長いライフル銃――のように見えた。ジャカッ、と目にも留まらぬ速さで動作確認。それとほぼ同時に、衝撃を後方へ流すというショックアブソーバの光子がパッと弾けた。
ヨキの耳元を何かが超高速で通過していったことは、目では確認できなかった。盛大な爆風にあおられながら後ろを確認すると、地面が大きく陥没していた。
「……え?」
彼は状況が飲み込めなくて首を傾げたが、それと同じタイミングで頭のあった位置を、またもや何かが目に映らないほどの速さで通りすぎていった。今度は爆音が聞こえなかったが、それは一発目ですでに耳をやられているからだ。
聴力が戻ってくると、聞こえてはいけない声が飛び込んでくる。
「チッ。誤差修正は完璧でしたのに」
ぞわっ。
テトラの小さな呟きに、ヨキは戦慄を禁じえなかった。
周囲を見回すと、どこにこれだけ潜んでいたのかと言うくらいたくさんの黒服の男たちが、野次馬たちの避難誘導を開始している。
「なっ、携行型レールガン……!? ってか何で人払いして」
ヨキはそこまで言いかけて、先ほどまでは確かにあったはずの数台のカメラが撤収していることに気づいた。
放送する必要がなくなった? もしくは、放送できなくなった?
ここ最近で磨かれた危機を察知する能力が大きな警鐘を鳴らしていた。
「ご安心くださいまし」
ぬらり、とでも表現するような、先ほどまでとはうって変わった声色でテトラが言う。
「アイスビュレット、つまり氷の弾丸なので証拠は残りませんわ。通常の弾丸と違って自然界の土に還るので、環境にも配慮されてますのよ」
「え? ヨキ伯爵を無に還すことへの人道上の配慮は?」
ヨキの懸念は無理からぬものだった。しかし世間に悪党と受け止められている者が正義の味方に求めるには、難しい要求だった。
「や、やだなぁ。ハイリョされてって……あ、あれ? ハイリョって、はっ、ハイジンに、リョウキサツジンされる……ってコト?」
黒服たちは見事なまでの手際で、野次馬の避難誘導と周辺道路の封鎖を一分足らずで完了した。
ライフル銃――に見える気がするそれを構え、テトラは暗澹く微笑む。
「ウフ……フフフ……フハハハハハハハハハハッハ、ゲホッ、ゲホッゲハハハハハハハッ」
ゲハハって。
テトラは咳払いし、のどを整える。
「ホールドアップ! ですわ。おとなしく手を上げて縛につきなさいませ」
「……くっ、やむをえんか。今日のところは素直に敗北を認めざるを」
「あら、抵抗してくれないと困りますわ。動かない的では面白みがありませんもの」
「バカなっ!?」
遠距離攻撃の手段を持たないヨキにとって、民家の屋根の上から降りてくる気配のない敵がせせら笑うのは非道としか言いようがなかった。
一歩でも動けばそれが開始の合図になる。それを本能的に察して身動きが取れないまま恐る恐る首をめぐらせる。身を隠せるような場所は見当たらなかった。
「はは、ははははははっ」
そーっとバンザイすると、頬を弾丸が掠め、背後で三つ目の大穴が開いた。
陰惨な笑顔を浮かべる少女は、カートリッジの残弾数を確認してライフル銃――っぽい何かに再び弾丸を装填した。彼女はことさらゆっくりと繰り返す。
「動かない的では、面白みがありませんもの」
氷の弾丸は少し溶けはじめていた。りぁむは立体映像のキーボードを打鍵して抜け目なく弾道計算をしながら、ともすれば蠱惑的ですらある流し目をそそぐ。
「最後まで悪あがきをしてくださらない? わたくしからもご褒美を差し上げますわよ」
「ぎょ えええええええええええええええええええええええっ――」




