‐Ⅱ.女が感情でものを言うときは黙って振り回されるのが男の甲斐性‐ 5
踏み出しかけた足が止まる。
彼が振り返ると、すぐそこに変身したセラフがいて肩を掴んでいた。
「逃げられると思ってんの?」
「……ちッ」
先ほどまでの堂々とした態度は消え去った。
「って、あれ? いつの間に変身した?」
「話が長いのよ」
不機嫌そうに告げる彼女に強く言うことができないヨキは、感触を探りながらムードをやわらげようとする。
「そのー、なんだ。なにやら目が据わって見えるが。なにかあったか?」
「危うく催眠術で眠らされるとこだったわ。じゅるっ」
「眠いのかよ! 私の含蓄ある話を校長先生の退屈な長話レベルに落とすな!
……ってかジュルってなんなの?」
忍耐を持って譲歩を引き出す。その交渉の基本を忘れそうになったところで、なんとか平静を取り戻してかぶりを振る。
「もう同じ手は食わないわよー! プロミネンじゅるっ!」
ヨキの隠忍はそこで簡単に崩壊した。
「オイ、またジュルって言ったぞ! うら若き乙女がヨダレ垂らしてるんじゃありません! だいたい話も聞かずに戦闘モードって、一方的な思い込みの正義は独善だぞ! 武器を手にする以上は広い視野と多岐にわたる見識に基づいてだな! 人の話を聞けぇぇっ!」
ぺかー、と輝く武器を呼び出した少女を叱りつけるが、当人は気にしていなかった。
「あっ、またおいしいところを持っていくつもりですの!? そうはさせませんわ!」
さっさと変身を決め込んだそぁらを見て、りぁむが声を上げる。何もない空間を手で撫でると立体映像の文字入力インターフェイスが現れ、彼女はそれを高速でタイプした。
「こいつら話を理解しないどころか聞きもしないんですけど」
ヨキは誰にともなく真顔で呟いた。
にぎやかな和気藹々ムードが漂っているかに見えるが、決してそんなことはない。平和な国にあってこれほど平穏無事を渇望している悪の総統というのも哀れなものだった。
「さぁーちゃっちゃと終わらせるわよ!」
剣を掲げて意気込むセラフ。だがヨキが目をむいたのはその向こうの光景だった。
りぁむがヘッドホンからマイクを伸ばして叫ぶ。
「アカシック・レコード、ダウンロード!」
音声入力による声紋認証と並行し、立体映像のインターフェイスを高速で叩く。
「ちぃっ、セラフのほかにも変身できる者がいたのかっ!?」
動揺しながらも、やはりそこは律儀に変身が終わるのを見届けるヨキ。うわぁ眩しい、などと言いながら、長い変身をずっと眩しがって待っているのだ。
BGMに合わせ、りぁむのヘッドホンから伸びたウサ耳が光の粒子に分解しはじめる。粒子は降り注ぎながらピンクハウスの服を空気に溶かした。少女を取り巻くようにつかず離れずただよい、まるでいたずらな妖精が集散を繰りかえしているようだった。
「テトラ!」
妖しいBGMが風に乗る空へ両手を差し出す。
光源に照らし出した少女は、いつの間にやら姿を変えていた。おぼつかないしぐさでかわいらしいポーズを取ってウィンクをする。
「纏装ッ! ――ギョティーヌロマンシア・テトラ!」
どピンクだった先ほどまでとはうって変わって、今度は黒と白を基調としたゴスロリファッション。にもかかわらずヘッドホンから伸びるウサ耳やら大きなボタンを模した飾りやらでファンシーさを演出しつつ、さらにはサイバーテイストを付加してあって、まるでひとり多国籍軍のようだった。
「よけいにしぱしぱするようになったぞ……」
ヨキの呟きは、幸か不幸かBGMにかき消された。
ヘッドホンマイクはスモールサイズに形状を変え、文字情報を出力できるバイザーを備えたヘッドセットになった。精一杯の笑顔で少女、テトラは芝居がかったかわいらしいポーズを決め、天を指差す。
「お覚悟なさい、ヨキ伯爵!」
やたら声を張りたがるのは彼女たちの気性のようだ。
指差す先に何もないことを確認したヨキは、改めて彼女に半眼を向ける。
「なんだそれは」
「は、はい?」
冷たい視線を向けられたテトラだったが、意味が分からず問いかえす。
「なんなんだそのていたらくは。節操がない。趣旨がわからない。名前から姿に至るまでなんらアイデンティティが感じられない。正義の味方としての矜持がないのか」
「うくっ!?」
「だいたいにして、貴様からは信念というものが感じられないな。ただ自分の好きなものを詰め込んでいるだけではないか。主義、主張、主文、貴様には『主』――つまりメインとなるものが決定的に欠けているのだ。今日びアマチュアだって明確なメッセージを持っているぞ」
「わ、わたくしが……ラノベライターみたいな評価をされるなんて……!」
それまでの話の本筋とは関係のない予想斜め上すぎるツッコミに、テトラの笑顔が氷りついた。がっくりと膝を突いて絶望に声を震わせている。
「わたくしが……このわたくしが……!」
「あらぁ~、振りきれちゃった」
そうこぼしたのは年長者の少女、けねぁだ。彼女はおさげを揺らして上品に口を手で隠し、ヨキの怪訝な視線を避ける。セラフも困り顔で避難しながら、指で作ったペケのサインをどこかへ送っていた。
「む? 誰に合図をしているんだ。何がバツなんだ。おかしなことでも言ったか?」




