‐Ⅱ.女が感情でものを言うときは黙って振り回されるのが男の甲斐性‐ 3
解説しよう。
能=リヒター=フェイブラッドは四人だけの組織、秘密結社イグナイトの総統である。もちろん商いなんて、ねじり鉢巻の似合いそうな商魂たくましい名前の組織ではない。
総統を引き継いでまだ日は浅い。先代の『悪事家』楽が結成した組織を、ヨキが事業として引き継いでいるのだ。彼自身は悪事などとは考えていないが。
先代の遺した『偉業史』とは裏腹にとても小さな組織で、ヨキはまだ勝手は分からないながらも、悪戦苦闘しながら自分なりに職務にいそしんでいる。
たった一人の戦闘要員でもある彼の携える武器は、黒刀・虚朧のみ。蛇が絡みつくような有機的なフォルムの黒塗りの鞘に眠る愛刀は、別に特別な力のあるものでもないごく普通の刀だ。
イグナイトの主な業務内容は三つ。
そのひとつは民間企業に扮して行う啓発活動だ。
「ドモー。無限会社イクナイでーす。良かったらー? サイトにもー? 来てくだサーイ」
いちいち語尾を上げる、うさん臭いカタコトの言葉を喋りながら、変相に加えサラリーマンに扮したヨキはビラ配りをしていた。パーティーグッズの鼻眼鏡をつけているのはひょっとすると変装なのかもしれない。いずれにせよ相貌を変えた後にはそんなオプションは不要だ。
表の顔であるダミー会社、無限会社イクナイを名乗って様々な活動をしているが、ビラ配りは最もポピュラーな活動だ。その理由は少々複雑で、サンタ社が権能として有する超法規的措置である有事特権に、裁量による逮捕権はないからだ(独自裁量による武威行動はある)。要するに法律に抵触しなければ多少はイビられても不当に逮捕されることはないと言うことだ。
分からなくてもお父さんに聞いたりしちゃダメだぞ。
「今日は三丁目のー? 小田倉さんの営業するー? 小田倉商店のビール券ついてマース」
ちなみにビラは地元商店街の割引券付きだった。
朝のラッシュアワーどきなのでほかのサラリーマンはみな急ぎ足だ。しかし小田倉商店のビール券の持つ魔性の魅力に、人々の足がピタリと止まった。最も近くに立っていた中年男性が小声で尋ねる。
「そ、それって小田倉さんちで造ってる地酒も安くなるのかい?」
足を止めて聞き耳を立てている中には、若いOLの姿もある。
「イエス! ゴンゾーさん秘蔵の『樹叢』もばっちり値引き対象デース!」
『おぉぉぉぉぉぉっ!』
まだ閑静な朝の中心街が、にわか興奮のるつぼと化した。
「押さナイ押さナーイ。きちんと並んでくだサーイ」
飛ぶように売れていくビラをヨキは快調にさばいていく。
そんなとき、闖入する声があった。
「そこまでよ!」
「ハッ、この教科書どおりの待ったのかけ方は――うっ!?」
とっさに標準語に戻ったヨキの手元のビラを、黒い光線が一瞬で焼き払った。三日三晩かけてデザインしたビラが、爆風にあおられて粉々に千切れとんでいく。
「ゴ、ゴぉぉンゾーさぁぁぁぁぁん!」
ショックのあまり、空中に霧散する紙くずをスローモーションになりながら手で追うヨキ。その脳裏には、頑固な酒屋の店主がこぼした照れ笑いがリフレインしていた。
「ノォォォォォォッ! あぁ、半分以上が……ゴンゾーさんに顔向けできまセーン!」
人だかりは慣れたもので、クモの子を散らしたようにさぁっと離れていった。少々距離をとって安全圏まで下がってから群集は改めて野次馬と化す。
「またこんなビラ撒いたりして!」
民家の屋根の上に、四人の少女が立っていた。
「あぁ、あぁぁぁ、ぁぁ」
しかしヨキはショックからまだ立ち直れずにいる。
「聞きなさいよ! ってあなたも何やってんのよ、りぁむ。聞いてる?」
短めの黒髪をポニーにしたセーラー少女そぁらは、二重に無視されて怒っていた。そぁらの手からビラを取り上げて覗きこむのは、腰まであるまっ白な髪をした小さな少女――りぁむだった。
「拝借いたしますわ。なになに――」
下フレームの、度が入っていない眼鏡を持ち上げて読み上げる。
『自宅警備業務 あっせん連絡所。業務のノウハウも教えています。
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