‐Ⅱ.女が感情でものを言うときは黙って振り回されるのが男の甲斐性‐ 2
朝早くの出来事なので、これがもし住宅街のことだったら行政へ抗議のひとつもあったことだろう。
役所の人間に抗議が行ったところで彼の知ったことではないのだが、情けは人のためならず、との言葉もある。人様に迷惑をかけないこともまた、つつがなく仕事を働く上で必要な配慮だった。
「い、たたたたたたっ――くぅ〜っ」
ほうほうの体でアジト(築四十年の安アパート。ちなみに場所が割れているのでアジトのていをなしていない)に戻り、ヨキはもう一歩も動けないとばかりに畳に倒れこんだ。
「くっそー、やつらめ。人の話を聞かずすぐ威力行為に頼るなど、公人の手法ではないぞッ。それに前回からタガが外れてない!?」
だん、と畳を叩いて悪態をついた。
愚痴をこぼしているうちにだんだん口調がエスカレートしていく。
「だいたい国の国防予算だって使い放題なくせに、スポンサーからいろんな虐殺殺戮アイテムがどんどんまわってくるなんて、パワーバランスがおかしいぞ!」
ばんばん叩いてからガバッと起き上がった。
「コトハ! 理・ニャンノ・ノンノはいるか!」
「はぁ〜いヨキさま〜」
すぐ上から返った声は、まだ幼いものだった。低い天井の裏からにょっきりと顔を出してから、すらりと音もなく着地する小さな人影。その姿は執事服だった。
「ってこら! またお召し物をこんなに傷だらけにして!」
「あるじに向かってコラとはなんだ」
めんどくさそうに叱りながらテレビをつけると、朝のニュースではもう先ほどの戦闘が放送されていた。番組マスコットのはずの女性が無愛想に記事を読み上げている。
「む」
ヨキはコートを脱いでコトハに手渡し、チェーン付きの片眼鏡の位置をくいくいと微調整した。
VTRはお決まりの変身シーンから。
〈纏装ッ! ――シャイニィレッド・セラフ!〉
ヨキは舌打ちした。彼の焼け焦げた服をてきぱきと脱がすコトハも手を休める。
画面がスタジオに切り替わると、眼鏡をかけた女性ニュースキャスターが淡々と記事を読み上げた。
〈サンタ社に所属するシャイニィレッド・セラフの活躍により、秘密結社――えー、秘密結社・商い?は倒されました〉
「なんだこの報道は……!」
ヨキの顔色がいっそう不機嫌になった。
〈アタシはあなたを許さない!〉
工業地帯だったはずの街が、CGで廃墟に書き換えられている。それはビジュアル的なインパクトを出すためだったが、一方でそぁらの持つ武器は竹刀に変更されていた。武器のチョイスがいかにも生やさしい。画面の右下にある『※人道的観点から実際の場面とは一部異なります』の文字が白々しかったが、それに気づけるのは残念ながらこの世界でひとりだけだろう。
「ぐぬぬ……人道的観点だと? だまされるか! 竹刀が赤く光ったり熱線を出したりするはずないだろう! 外見を変えただけで口あたりまったりになるか!」
一方的にボコボコにされる場面も人道的観点ゆえかカットされた。変わりに二頭身のアニメキャラが画面でほのぼのと戦い(煙の中でなんかポカポカやっている)、画面には一方的にやられているヨキ伯爵のやられ文句が踊っている。
「あ……あぁ、ぁ……なんだこの適当なイメージ映像は」
ニュアンスでなんとなく悪の総統が倒された感じになったところで、画面にはスリラーな字体のテロップ。
〈参りました~降参します~あふん〉
「言うか! 勝手に脚色するな! あふんってなんだ、あふんて!」
今度はムードのあるBGMがかかって次の場面、リアル映像に切り替わってしまう。
「やっぱりか! やっぱり都合の悪いところはカットして編集しまくりか!」
雰囲気のある音楽をバックに男が現れる。
〈よくやった、シャイニィレッド・セラフ〉
〈あ、あなたは――お兄ちゃん!〉
「お前はいつもどうやって復活するんだよ! 肩がぶつかっただけで血みどろになるのも不思議だけどね! そしてお前は毎回うれしそうに驚くな!」
ヨキはテレビを指差して怒鳴りつけた。肩で息をする彼の後ろから、小柄な執事があっけらかんと声をかける。
「でもヨキさま、戦士の人たちだけじゃなくてこの男の人にも攻撃したんですか?」
頭の上に乗っている猫耳をぴこぴこ動かしながらコトハは主人に尋ねる。
「攻撃した覚えはない。だがそれ以前に非戦闘員が戦場に踏み入れるなど言語道断だぞ」
「そうなんですか? じゃぁ戦場にあっては常に覚悟完了してなきゃなんですね♪」
「無論だ」
「敵との実力差とか、火力の差に文句つけたりしちゃダメですもんね!」
「そ、そうだな。……ア、アレ? なんだろう、目が汗をかきたがってるぞ」
ヨキは身に覚えのあるダメ出しを聞いて悄然となったが、満面の笑顔のコトハに悪気はないことは分かっている。手でパッパッと鬱屈した気分を追いやって切り替えた。
「あー! なんたる不条理、なんたる不条理か! おい、ガルはいるか!」
「はっ。ご主人の忠臣はここにございます」
薄暗い(節電している)アジトの物陰(かつて押入れだった場所を勝手にくりぬいて改造した無人の隣室)から、すぅっと現れる男。それはしなやかな体格をした、スーツをパリッと着こなすワイルドな風貌の男だった。
三人がそろうと六畳一間は少々手狭に感じなくもない。
「ガル! 例のものはできているか!」
ガルはすかさず暗がりからジュラルミンケースを手繰り寄せる。
「ふむ、仕事が早いな。私の目に狂いはなかったようだ」
「恐悦至極」
ジュラルミンケースを手渡すと出てきたときと同じように音もなく姿を消す。
ヨキは待ちきれない様子で、受け取ったそばから中身を確認した。
「おおっ! これは……想像以上だ」
感嘆の声を上げて目を輝かせる。
「どうやら神は私が悲嘆に暮れる時間すら惜しいようだな」
次の仕事の算段を頭で整えながら、ヨキはすっくと立ち上がった。
「コトハ! 私はまたすぐに出るぞ!」
「はい! ではこちらのアイロンをかけ立ての衣装をドゾー」
コトハは持っていた服をヨキの着ているものと一瞬の早業で取り替えた。
「お髪も櫛入れいたしま〜す」
ささっと手早く整髪すると姿見の鏡を運んできた。
「仕上がりはいかがで」
「……よし」
ヨキはコートをバサリと肩にかけると、ひとつ頷いて持ち物を確認し始めた。
「えーハンカチ、ティッシュ、通信端末……」
ポケットから出してはしまい、ひとつひとつ確認していく。
「ドナーカード、身分証明書に血液型の明示、と」
世間様一般に悪党と呼ばれている人間からはおよそ連想できない持ち物をしまい込むと、ジュラルミンケースを引っつかんでアジトをあとにする。その威風堂々とした姿は総統の名に恥じない貫禄を備えていた。
肩越しに手を上げ、天を指差す。
「私は全ての人々から千年の孤独を奪おう。目覚めよ、幸福は約束された」
彼の言葉に、二人の従者は深々と頭を垂れて見送った。
こうして今日も彼の孤独な戦いは幕を開けるのである。




