‐Ⅱ.女が感情でものを言うときは黙って振り回されるのが男の甲斐性‐
「お兄ちゃん、お兄ちゃーん!」
胸に深手を負った男を四人の少女が囲っていた。
セーラー姿のポニーテール少女に抱きおこされた男は、息も絶え絶えに笑って見せる。
「そぁら、そんな顔をするな……お前たちも」
少女たち一人ひとりに語りかけるように順に視線を移し、力なく微笑んで見せる。傷は手の施しようがないくらいに深く、男がもう長くないだろうことは予想できた。
「いつか、いつか分かるときが来る」
「やだ、お兄ちゃん死なないで!」
「兄さま! 兄さまぁ!」
「お兄さん!」
「スバル兄……」
少女たちは口々に呼びかける。
男は満足そうに微笑んだ。
「ぼ、僕はお前たちを守って逝けるなら……本望だ――ガクっ」
力を失った男は、それきり動かなくなった。
少女たちの悲しい叫びが、工業地帯のビル群でむなしくこだまする。残酷なことに、時間は誰を悼むこともなく時を刻んでいく。
「って言うかちょっと肩がぶつかっただけなんだが」
それらの光景を遠巻きに眺めていたヨキは、感慨もなく吐き捨てた。古めかしい正装姿は威厳を保つためだったが、今はいやな予感に少し弱腰だ。
「自分でガクって言ってたぞ。いまだかつて聞いたことのない断末魔だな」
そぁら、と呼ばれていたポニーテールの黒髪少女は、動かなくなった男を横たえると、ひとり立ち上がる。
「ゆる……ない……」
風がないのに少女が着るセーラー服は揺らめいていた。うつむいて表情は見えない。
「ヨキ=リヒター=アークブラッド伯爵! よくもお兄ちゃんを……」
「認めよう。私も大人気なかった。商売道具を折られてカッとなってしまったのは悪かった、けどね。それでなんか、感情的に詰め寄ろうとしたのも確かだ、けどね! しかしながら今日に限っては肩がぶつかっただけだ。そやつがいきなり飛び出てきて、むしろ自分からぶつかってだな」
伯爵と呼ばれたその男――秘密結社イグナイトの総統であるヨキは、投げやりながら弁明に追われた。
「車は急に止まれない。悪の総統も急には止まれないのだよ。なにせ総統だから。高級車みたいなもんだから。黒塗りのベンツには当たり屋だって飛び出してこないものだ。そこで今日の教訓。右見て、左見て。手を上げて、横断歩道を渡りましょー。さんはいっ」
「うるさい!」
「バカなっ!?」
そぁらはポニーテールの赤いリボンを力任せにほどき、上空へと投げた。
「は、話を聞け! クッ……これだから正義の味方はあぁぁぁっ!」
頭を抱えてヨキは叫ぶが、少女のどこか儀式めいたポーズは続く。
そぁらは右手を掲げ、キッと眼差しを強めた。
「アカシック・レコード、ダウンロード!」
その瞬間、どこからともなく勇壮で情熱的なBGMが工業地帯の街に響きわたった。
「セラフ!」
ぽゎ〜んと言うポップな効果音とともにリボンが燐光を帯びて、掲げた腕に絡みつく。その燐光はどういった原理か、服を光の粒子に変えていった。指先からつま先まで燐光が伝うと、今ではもう光の粒子が眩いばかりに光量を増していた。
「ちぃっ! スポンサーめ、またどこかで撮影しているな!」
お行儀良く変身が終わるのを待ち、しかし慌てたそぶりでヨキは周囲を見回した。
そうこうしているうちに、そぁらはすっかり戦闘用の衣装になっていた。
「纏装ッ! シャイニィレッド・セラフ!」
片手を腰に当て、もう片方の手は前髪を跳ね上げてから前へ伸ばすキメポーズ。ばっちりのタイミングで背後に火柱が上がり、火の粉が幻想的に舞い落ちてようやく変身が終了した。
彼女の衣装は情熱の赤を基調としており、光沢のある純白のフリルが袖やスカートをふちどる。同じ生地でできた大輪の牡丹の花が、アップにした髪を飾っていた。
BGMが終わると、いつの間にか彼女を取り巻いていた変身のための技術スタッフやアシスタントらしき人物たちがそそくさと撤収していく。それを見送ってからヨキ伯爵は汗をぬぐった。
「ちぃっ! むざむざ変身を許すとは、ぬかったわ!」
解説しよう。
セーラー服の少女そぁら。またの名をシャイニィレッド・セラフ。
公営企業『光暈叉の紋章』傘下、サンタ社中央支部広報部隊の、言わずと知れた広報隊長だ。こつこつと悪事を働く悪の総統とは対照的に、スポンサーから提供される潤沢な資金と技術供与を背景に極悪非道の悪の限りを――いや、傍若無人の正義の限りを尽くす企業戦士だ。
ただしパートタイマー。彼女のシフトは日曜日ばかりである。
都市圏を管轄する中央支部は日ごろから正義活動に励んでいるが、中でも広報部隊の『広報活動』は国の内外から脚光と賞賛を浴びている。特に近ごろ活動を再開した秘密結社イグナイトのヨキ伯爵を相手取って、報道される限りでは常勝の戦績を収めるなど、その確かな実力でも評判だ。イグナイトの規模がかつてより大幅に小さいのは知られていないが。
セラフは何もない空間で手を振るとレーザーのような赤い光条を描き、そこから灼熱の剣を抜き放った。これはファンタジーではなく、科学技術が可能にする擬似空間転移現象だ。
「やばい、やばいぞ……ただでさえ厄介なのにいつにも増して勘違いパワーが上乗せされて――」
ゴクリと喉を鳴らし、ヨキはやけに物々しい鞘から抜いた刀を両手に握った。見た目こそ豪奢で重厚、業物であることも確かだが、セラフの持つ技術の結晶とは違って何の変哲もない刀である。彼自身の肉体も、とある理由から半不死のようなものだったが、生身であることには違いない。先代のラキのように超人的な鍛え方をしていないし、もちろん痛みも苦しみも感じる。
セラフの頭についた大輪の花から垂れるヴェールが広がり、風もないのに揺らめく。
「……アタシはあなたを許さない!」
正義の味方にあるまじきすさまじい殺気を宿らせ、彼女は文字通り燃え上がった。
街はずれの工業地帯に、突如として巻き起こる火柱。
そして
「うぎゃあああああああああああああああああああああっ――」
そんな日常茶飯事はあったが、おおむね平和な一日が今日も始まった。




