‐Ⅰ.魔王は勇者がいなくてもなれるけど勇者は魔王がいないとなれない‐ interval
◇ ◇ ◇
『あれを見ろ!』
『あ、あれは人質ですの!? なんて卑劣な!』
テレビの中、悪の総統がいかにも残虐そうな表情で指差す先には、二人の少女が慰めあうように擦り寄っていた。それを見た白髪の少女が驚きの声を上げている。
『今日はこれで退散しよう。だが次に会ったときは、そっ首、斬りおとしてくれるわ』
よそ見をしている白髪の少女の背後を、ヨキ伯爵は高笑いとともに駆け抜けた――
実際はそんな会話ではなかったが、それを指摘できるのは現場に居合わせた者だけだ。テレビでそんな放送がされていたら、視聴者はそのまま鵜呑みにしてヨキ伯爵が掛け値なしの悪者なのだと判断するだろう。とは言え人質をとった悪党がなぜ逃走するのか、不審に思う者くらいはいただろうか。
ヨキ伯爵の高らかな笑いと逃走劇は長続きしなかった。追っ手として放たれる、巨大な火焔のライオン。それはすぐにターゲットに踊りかかった。
『ライオンは猫科なのにポチってぇぇぇっ!?』
脈絡からするとありえない断末魔の声は、ヨキのあらゆる理不尽さをうまく言い表していて、報道が流れるとちょっとしたブームになった。
『……などと意味不明の供述をしており、終末思想を危険と判断したシャイニィレッド・セラフの機転により間一髪のところで無力化されました』
テレビの中ではアナウンサーのローテンションな女性が様子を伝えていた。重要な間一髪の危機とやらは分からずじまいのまま、今日のまとめのコーナーが終了する。
続く『今週の悪党ども』のコーナーは、ヨキ伯爵以外にも様々に存在する悪人と戦うセラフの活躍がダイジェスト、と言うか手抜き編集で紹介された。
秘密結社イグナイトの前総統、ラキ伯爵の最期から数ヶ月。悪の組織が群雄割拠した一時期からはだいぶ下火になったが、今でも悪事で一旗あげようと言う不届き者は多い。あくまでセラフは地方ヒーローに過ぎず、管轄も街ひとつぶんだったが、赫機関の広報戦略もあってその活躍はテレビを通して全国に知れ渡っていた。
『こうして今週も正義の味方の活躍により街の平和は守られました』
ダイジェストの最後で、もう一度ヨキ伯爵の戦闘が放送される。
ヨキが最後に映ったのは画面奥側へ逃げ出す後ろ姿だった。肝心の悪の総統が非業の最期を遂げたのかどうかは『ポチ』がかぶって見えなかったが、アナウンサーはそれについては触れなかった。
「なーなー。これってこの近所なんだろー? この赤いヤツ、誰か見たことあるかー?」
昼食を食べ終わった高校生にとって、実在する悪の総統もテレビを介してしまえば娯楽のひとつに過ぎない。携帯電話に映るニュース番組を見るとはなしに見ながら、四人の少年たちは早くも興味を失いつつあった。
「いや、知らんけど」「俺も知らないな」「知らん知らん。ってか本当にいるのかよ」
口々に「知らない」をくり返す彼らは、どこか気の抜けた表情だ。つまらない会話を自覚しながら、皮肉のような笑みを使い古す。
「なんだよそれ。知らなくてもいいから誰か気の効いたこと言えよなー」
「オマエモダヨ」
「アイツがいたら盛り上がりそうな話題だな」
「あー。それ俺も思った」
気だるげなやり取りがそこで少しだけ盛り上がりを見せた。
そこに緊迫感など微塵もなかったが、教室の反対側でひとり小さな弁当と向き合ったまま、そわそわしている少女がいた。日本人形のようなワンレングスの美しい黒髪をした彼女は、くだらない話をしている男子たちのすぐ横で窓の外を見ているショートボブの少女をちらちらと気にしていた。
「なーなー、この赤いセラフってヤツ、けっこーかわいくね? この近くに住んでんのかなー。セーラー服もうちの高校のだし」
ワンレンの少女はビクッとなり、半分も減っていない弁当もそっちのけにして男子たちの会話に動揺していた。気にかけているのは会話そのものと言うより、そのすぐ隣の席でぼーっと空を見ているショートボブの少女のことのようだ。
「……まじで? お前と趣味が合うとはなんかショックだ」
「どういう意味だよ」
「そいつよりメガネっ娘だろ」
「三番目と最後の子、どっかで見たような」
およそ高校生男子の標準的な会話だったが、いまいち覇気がなかった。
「そーだ、女子なら知ってんじゃね? スオウー」
その少年は手近にいたショートボブの少女に呼びかけた。
ワンレンの少女は、恐れていた事態になって青ざめる。
「ん……なに、アタシ?」
ジロリという不機嫌そうな眼差しを気にも留めないのは、クラスメイトの中でもその少年だけ。
「女子って色んなところに友だちいるじゃん。このセラフっての知り合いにいないの?」
携帯電話を指差して臆面もなく尋ねるのを、スオウと呼ばれた少女はため息で見返す。
「正義の味方なんて幻想よ。そんなの実際にいるわけないじゃない」
「えー? でもニュースになってんじゃん」
「週に一回だけね。それになんで正義の味方の三十分番組まであるのよ」
「だって、国が税金かけて作ったって親父も言ってたぜー」
「あの人たち、普段は何をやってるのよ。プライベートもあるでしょうけど、あの番組見ても、ひたすらケンカふっかけて戦ってをくり返してるだけじゃない」
かたくなに固持するスオウに何も言い返せなくなった少年は、話の本題を思い出した。
「まぁいいや。話はウソんこでもいいからセラフって人のこと知んない?」
「……知らないわよ」
つっけんどんな答えばかりのスオウに、少年はようやくアプローチを断念する。それからまた男子たちは碌々とした無為な時間に帰っていった。
「あーあ、つまんねー。なんかつまんねーなー」
「そうだな」
「アイツがいればもうちょっと何とかなったかもしんないけどなぁ」
「あぁ、確かにいろいろ知ってたからなーアイツ。オタクだけど」
「それにツッコミがいないと締まらねーよな。アイツはオタクだったけど」
彼らの関心がほかの方向に向かったことで、遠くから見ていた少女は胸を撫で下ろしていた。それから昼休みの時間が残り少なくなっていることに気づき、慌てて弁当を食べ始める。




