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勝手に人を餌にするな!

 ジェンセンが一行を連れて行ったのは、戻ってきた翌日にアイラに魔法陣を描かせた皇宮内の一角だった。

「な――何よ、これ」

「かかったな」

 ジェンセンがにやりとしたのも当然で、アイラが東西南北八箇所に描いた魔法陣の内、一つがまばゆく輝いている。それは後宮の真南に描いたものだった。


「かかったって?」

「まあ、見ててみ。パパ、本当に天才過ぎて困るだろ」

「困ってるのは別の理由だけどね!」

 アイラは容赦なく突っ込んだ。アイラが今一番困っているのは、父の言動のせいでこんなわけのわからない事件のど真ん中に放り込まれていることだ。

「父さん、あの魔法陣に何をしこんだの?」

 アイラがいぶかしがるのももっともで、魔法陣の中央では何かがもごもごと動いていた。


「何て言うんだろうな。お前にわかりやすく言うと使い魔かな」

「使い魔?」

「使い魔っていうとあれよね、魔術師が低級の魔物を呼び出して使役するっていう」

「まあなー」

 ゴンゾルフが興味深げな眼差しを注いでいる先では、魔法陣の中央で蠢いていた何かが次第に形を取り始める。


「もっとも、今回は呼び出すんじゃなくて作らせてもらった――呼び出した魔物じゃ裏切られる可能性があるからな」

「作った、ですって?」

 ゴンゾルフの声が裏返った。どうして彼がそんな反応を示すのかわからないアイラは、目をぱちぱちとさせる。

「精霊も、契約主からあまり離れると勝手に暴走したりするだろ? 今回、そういうことは避けたかったんだよな」

 魔術師のローブをひっぱりながらジェンセンは一人言のように言った。


「だから、ここに俺が魔術で生み出した完璧に俺の命令を聞く使い魔を埋め込んだんだ。ま、アイラの協力がなきゃ無理だったんだけどな」

「魔法陣を描くのに、でしょ」

 父にとって自分が役立てるのはそのぐらいだとわかっている。けれど、アイラのその言葉をジェンセンは否定した。


「いやー、魔法陣に仕込んだ使い魔の餌って、人間の生命力でさー。ほら、魔法陣を描いた時、お前やたらに疲れただろ? 俺と血縁関係にあるやつの生命力じゃないと、こいつら餌にできな――」

「勝手に人を餌にするな!」

 アイラは父の言葉を遮った。道理であの時妙に疲れたと思ったのだ。

「はいはい、魔法陣描くのと餌になるくらいしか脳がないですよー」

 自分が役に立てないとわかっているだけに、こういう時には卑屈になってしまう。


「ジェンセン、いくら何でもそれはひどいんじゃないか? アイラだって――」

 イヴェリンが口を挟もうとした時だった。今まで何度も聞いていた激しい音が、見つめる魔法陣の中央から上がる。

 一瞬、地面が揺れたような気がして、アイラは側にいたゴンゾルフの腕を掴んだ。まばゆい光が、魔法陣から空へと上り、一瞬、あたりを照らしたかと思うと消えてしまう。

「――今、何があったの?」

 ゴンゾルフの腕に掴まったまま、アイラは父にたずねた。


「後宮の結界を破ろうとしているやつを見つけに行ったのさ」

 ジェンセンはにやりとした。

「本体はここにいないからな――セシリーなのか、クリスティアンなのか――他の勢力って可能性もある」

「そうなの?」

「ユージェニーが裏切ったとか」

 あっさりと父が言うものだから、アイラは一瞬きょとんとしてしまった。ユージェニーとは休戦協定を結んでいたのではなかっただろうか。


「あいつはなー、恐ろしいぞー、自分の利益のためにしか動かないからなー」

「それはお前も似たようなものだろ」

 イヴェリンのつっこみには、ジェンセンはにやにや笑いで返しただけだった。それから、彼はぱんと両手を打ち合わせる。

「よし、そいじゃ今攻撃をしかけてきているやつをやっつけてくるか」

 勢いよく肩を回したジェンセンは、ゴンゾルフに向かって何やら指示を出した。うなずいたゴンゾルフは、何やらジェンセンに手渡している。


「ねえ、父さん」

 アイラは立ち去ろうとする父を呼び止めた。

「どうして、この魔法陣が反応したの?」

 アイラが描いた魔法陣は全部で八つ。一つ一つに使い魔とやらを仕込む必要はあったのだろうか。

「ああ――この皇宮な、皇都の写し姿なんだよ」

「どういうこと?」

 素早く父が説明したところによると、皇宮は、皇都の縮小版となっているらしい。そのあたりのことはアイラにはわからなかったのだが、皇都内部で起こったことを、皇宮内部にいながら知ることができるらしい。


「遠隔攻撃をしかけてきているってことは、前回、皇宮に来た時、何かしかけをしてったんだろうな」

「ちょっと! してったんだろうなって予想してなかったわけ?」

「してたさぁ」

 ジェンセンは目を細めて、アイラを見た。

「あのな、俺たちも万能じゃないんだ。できることとできないことがある。特にクリスティアン・ルイズは、タラゴナ皇家の血を引いている。エリーシャ様の婚約者だったんだから、その血が濃いことくらいはわかるだろ」

「あ、うん……」

 エリーシャの婚約者となるからには、皇位の継承権にも比較的近い場所にいたはずだ。皇帝家の家系図なんてアイラの頭には入っていないから、どの程度近い人だったのかはよくわからないが。


「だから彼が何かしかけてたって、見つけ出すのはほぼ不可能なんだよ。血か、魔術の系統で見つけ出していくしかないからな。皇帝家の血筋の者がしかけた結界やら侵入者を撃退する守りの術がこのへんにはごろごろしてるからな。皇帝家のしかけたものなら全部反応してしまう」

「でも、セシリーの魔術なら、父さんにだってわかるんじゃないの? クリスティアン様の魔術の師匠はセシリーなのでしょ?」

 素朴なアイラの質問に、ジェンセンは頭に手をやって引っかき回した。


「それがな、あの魔女、どうやら俺と同じ系列も使えるらしいんだ。あいつの残していったあれこれを調べた結果、判明したんだけどな――俺の師匠のシモンと非常によく似た術式だ。まあ、俺達の他の弟子から学んだ、という可能性が高いだろうな。となると、クリスティアンの術式が、俺達のものと同じ系統でも不思議じゃない」

「――そんな」

 アイラは言葉を失ってしまった。あの魔女は、一体どういう人間なのだろう。


「とにかく、俺は使い魔の後を追いかけてくる。イヴェリン、皇宮内の客人達は、今夜は魔術研究所に待機させて早々に引き上げるように手配してくれ」

「わかった」

 イヴェリンは余計なことを言わず、ジェンセンの言葉に頷く。

「――父さん」

「ん?」

「気をつけて」

 アイラの言葉に、にやりとして父は姿を消したのだった。


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