↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか、届かない星に名前をつけるなら  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/23

第十九話 星に名前をつけるなら

 十二月も二十日を過ぎ、残された日数は、一桁になっていた。

 その日は、めずらしく朝から快晴で、夜になっても雲一つない、澄んだ空が広がっていた。

「今日は、絶好の観測日和ですね」

 放課後、屋上に上がりながら、私は空を見上げて言った。

「うん。こんなに綺麗な夜、久しぶりかも」

 彗は、寒さに頬を赤くしながら、嬉しそうに空を見上げた。

 私たちは、いつものように望遠鏡を設置し、星図を広げた。今日は特に、まだ図鑑に書き込んでいない星座を中心に観測しようと、事前に決めていた。

「今日は、みなみのうお座を見つけたいですね」

「あの、フォーマルハウトがある星座?」

「はい。秋の星座なので、そろそろ見納めかもしれません」

 私たちは、南の空低くにその星座を探した。街の明かりに邪魔されながらも、なんとかフォーマルハウトの位置を確認することができた。

「見つけた」

「本当だ。低い位置だから、見つけにくいですね」

 彗は、その星をじっと見つめながら穏やかに呟いた。

「一つだけ、ぽつんと光ってる星座なんだね」

「秋の四辺形からは、少し離れた場所にありますからね」

「なんだか、寂しそうな星座」

 彗のその言葉に、私は少し胸が痛んだ。

 観測を続けながら、私たちは図鑑にその日見つけた星座を書き込んでいった。ページはだいぶ埋まってきたけれど、それでもまだ、白紙のページは残っていた。

「彗」

「うん?」

「一つ、聞きたいことがあります」

「なに?」

 私は、少し前から考えていたことを、思い切って口にした。

「もし、名前のない星を見つけたら、彗は、どうしますか」

 その問いに、彗は少し驚いたように私を見た。

「名前のない星?」

「はい。まだ誰にも発見されてない、新しい星です」

 彗はしばらく考え込んだあと、冷静に答えた。

「私だったら……ちょっと、迷っちゃうかも」

「迷う、ですか」

「うん。どんな名前をつければいいのか、分からなくて」

 彗はそう言って、少し困ったように笑った。

「逆に、遥はどうする?」

 その質問に、私は迷わず答えた。

「名前をつけますよ」

「どんな名前?」

 私は、夜空を見上げながら答えた。

「その時、一番大切な人の名前を、つけると思います」

 その答えに、彗は一瞬、息を呑んだような表情を見せた。

「一番大切な人の、名前」

「はい。だって、星に名前をつけるって、その星を、ずっと特別なものとして扱うってことだと思うので」

 私は、自分の中に浮かんだ考えを、素直に言葉にしていった。

「一番大切な人の名前をつければ、その星を見上げるたびに、その人のことを思い出せる。たとえ、その人がそばにいなくても」

 その言葉を口にした瞬間、私は自分でも、その意味の重さに気づいた。

 まるで、これから訪れる別れを、無意識のうちに予感しているかのような言葉だった。

 彗は、しばらく黙って、私を見つめていた。

 その目には、深い感動と、そして――何か大きな痛みのようなものが、同時に浮かんでいた。

「そっか」

 彗は、やがて小さく呟いた。

「一番大切な人の、名前……」

 彼女はその言葉を、まるで大切な宝物のように、穏やかに繰り返した。

「彗、どうかしましたか」

「ううん、なんでもない」

 彗はそう言いながら、無理に笑顔を作った。

 でもその笑顔には、これまでにない、深い切なさが滲んでいた。

「ただ、遥らしい答えだなって思って」

「そう、ですか」

「うん。遥は、いつも、大切なものを、ちゃんと大切にしようとするから」

 その言葉に、私は少し照れくさくなった。

「彗こそ、大切なものを、ちゃんと大切にしてますよ」

「そうかな」

「はい。この図鑑だって、白紙になっても、大切に持ち続けてたじゃないですか」

 彗は、その言葉に、穏やかに微笑んだ。

「うん、そうだね」

 私たちは、しばらく無言のまま、夜空を見上げ続けた。

 フォーマルハウトの淡い光が、遠く南の空低くで瞬いていた。

「彗」

「うん?」

「もし、私がいつか、名前のない星を見つけたら」

 私は、少し声を落として続けた。

「彗の名前を、つけようと思います」

 その言葉に、彗は大きく目を見開いた。

「本当に?」

「はい」

「彗星みたいに、一瞬だけ現れて、また遠くへ去っていく星だから、彗って名前、ぴったりだと思うので」

 私は、少し照れながら、そう説明した。

 彗は、しばらく言葉を失ったように、私を見つめていた。

 やがて、その目から涙がこぼれ始めた。

「彗、大丈夫ですか」

「うん、大丈夫」

 彗は涙を拭いながら、震える声で言った。

「ただ、すごく嬉しくて」

「そんなに、ですか」

「うん。私の名前が、いつか、星につけられるかもしれないなんて。そんな未来を想像するだけで、胸がいっぱいになる」

 その言葉には、これまでにないほどの、深い喜びと、そして切なさが入り混じっていた。

「彗」

「うん」

「約束します。いつか、名前のない星を見つけたら、絶対に、彗の名前をつけます」

 その約束に、彗は嗚咽をこらえながら、深く頷いた。

「うん。楽しみにしてる」

 彼女はそう言いながら、私の手を、そっと握った。

 その温もりを感じながら、私は、この約束が、これまでのどの約束よりも、確かな意味を持つことを理解していた。

 これは、実現するかどうか分からない、儚い未来の約束ではない。

 彗という存在を、私がこれから先も、ずっと大切に覚え続けるという、私自身の決意だった。

 その夜、図鑑には、みなみのうお座のページが、新しく書き加えられた。

 そして、そのページの隅に、私は小さく、こう書き添えた。

「一番大切な人の名前を、いつか星につける」

 彗は、そのメモを見つけて、穏やかに微笑んだ。

「これ、覚えててくれる?」

「はい。絶対に、忘れません」

「うん」

 彗は、満足そうに頷いた。

 その表情には、これまでの不安や寂しさが、少しだけ和らいだような、穏やかさが浮かんでいた。

 残された日々は、あと数えるほどしかなかった。

 でもその夜、私たちは、これから訪れる別れの悲しみよりも、今この瞬間に生まれた、確かな約束の温もりを、大切に胸に刻んでいた。

 冬の澄んだ夜空の下、フォーマルハウトの淡い光が、静かに私たちを見守っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。