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いつか、届かない星に名前をつけるなら  作者: 明石竜


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17/23

第十七話 優しい嘘ばかりだった

 その日から数日、私は彗と、うまく顔を合わせることができなくなっていた。

 教室が違うから、意識的に避けようとすれば、それほど難しいことではなかった。放課後もすぐに帰ってしまい、部室に寄ることを避けた。

 彗からは何度もメッセージが届いたけれど、私はそのどれにも、すぐに返事をすることができなかった。

『遥、大丈夫?』

『今日、部室来ない?』

『心配してる』

 画面に並ぶ短い言葉を見るたびに、胸が締め付けられた。彼女を避けたいわけじゃない。ただ、彼女と向き合うことが、今の私には、あまりにもつらかった。

 三日目の夜、私はようやく、彗からのメッセージに返事をした。

『明日、部室で話しませんか』

 すぐに既読がつき、短い返信が届いた。

『うん。待ってる』

            ☆

 翌日の放課後、私は重い足取りで部室に向かった。

 扉を開けると、彗はいつもの席に座って私を待っていた。その表情には、これまで見たことのない、不安げな色が浮かんでいた。

「遥、来てくれて、ありがとう」

「……はい」

 私は彼女の向かいに座った。

 しばらく、気まずい沈黙が続いた。

「遥、ごめんね」

 やがて、彗が先に口を開いた。

「私が、ちゃんと最初から話さなかったから」

「……」

「怒って、当然だと思う」

 私は、彼女の謝罪を聞きながら、心の中で渦巻いていた疑問を、ようやく口にする決心をした。

「彗」

「うん」

「一つ、確認したいことがあります」

「なに?」

「前に、『遥はきっと、未来でも星を見てる』って言いましたよね」

 その質問に、彗の表情が少し強張った。

「……うん」

「この前、彗が知ってるのは、記録の中の断片だけだって言いましたよね。それなら、前に『遥はきっと、未来でも星を見てる』って言ったのは、本当に未来を知ってて言ったんですか」

 私の問いに、彗はしばらく黙り込んだ。

「……正直に、話すね」

 彼女は深く息を吸い込んだ。

「未来に残ってる観測記録には、遥が書いた星の記録が、確かに残ってる。日々の天候。星座の観測。そこに込められた、遥自身の言葉」

「はい」

「でも、その記録がいつまで続いたのか。そのあと遥がどんな人生を歩んだのか、私は詳しくは知らないの」

 その告白に、私は思わず彼女を見つめた。

「え……」

「記録は、ある年で、途切れてる」

「途切れてる?」

「うん。何年分か記録が残ってるだけで、その後のことは、資料には何も書かれてない」

 私は、これまで彼女が語ってきた言葉を思い返した。

「遥はきっと、未来でも星を見てるよ」

 あの確信めいた響きを、私はずっと、未来の記録に基づいた言葉だと思っていた。

「じゃあ……『未来でも星を見てる』って言ったのは」

「記録の中に、遥が大学で天文学を学びたいって書いた言葉が、あった。それは、本当」

「でも、実際に進んだかどうかは」

「……分からない」

 彗は目を伏せた。

「ごめん。まるで、確かな未来を知ってるみたいに話してたけど、本当は、そこまで確実じゃなかった」

 その告白に、私は複雑な感情が渦巻くのを感じた。

「彗」

「うん」

「私に、『遥なら大丈夫』って、何度も言ってましたよね」

「うん、言った」

「それも、根拠のない言葉だったんですか」

 彗は、しばらく黙っていた。

「……正直に言うと、そう」

「そんな……」

「でも」

 彗は、慌てたように続けた。

「根拠がないわけじゃないの。遥の書いた記録には、確かな強さがあった。困難があっても、それでも星を見続けようとする、強い意志が」

「それだけで、大丈夫だって、言い切れるんですか」

「言い切れない。正直に言うと、言い切れない」

 彗は、涙をこらえるように、唇を噛んだ。

「でも私、遥に、少しでも自信を持ってほしかった。遥は、自分に自信がなくて、いつも自分を卑下してたから。だから、確証がなくても、大丈夫だって、言い続けてしまった」

 その告白に、私は深い失望と、そして――彼女の不器用な優しさの両方を感じた。

「彗は、いつも、そうやって、優しい嘘ばかりつくんですね」

「遥……」

「来年の約束も、私の未来のことも。全部、私を励ますための、優しい嘘だった」

 その言葉に、彗は涙を流し始めた。

「ごめん」

「謝らないでください」

 私は、複雑な感情のまま、続けた。

「彗の気持ちは、分かります。私を傷つけたくなかったんですよね。少しでも、明るい気持ちでいてほしかったんですよね」

「うん……」

「でも、私、本当のことが知りたかったんです。たとえそれが、つらい真実だったとしても」

 彗は、私の言葉に深く頷いた。

「これからは、ちゃんと、本当のことだけ話す」

「はい」

「もう、優しい嘘は、つかない」

 その約束に、私は少しだけ、心が軽くなるのを感じた。

「彗」

「うん」

「私の未来のことは、もう、分からなくていいです」

「え?」

「彗が知ってる、知らないに関係なく、私は、私の意志で、これからの人生を決めていきたい」

 その言葉に、彗は驚いたように私を見た。

「彗に言われたから天文学の道に進むんじゃなくて、自分で、本当にそれを望むかどうか、ちゃんと考えたいです」

 彗の目に、確かな安堵の色が浮かんだ。

「うん。それが、一番いいと思う」

「それに」

 私は、少し声を落として続けた。

「彗がいなくなったあとも、私はちゃんと、自分の足で歩いていかなきゃいけない。誰かが決めた未来じゃなくて、自分で選んだ未来を」

 その言葉を口にした瞬間、私は初めて、彗がいなくなるという現実を、正面から受け止めようとしている自分に気づいた。

 これまでずっと、その事実から目を逸らそうとしていた。時間移動を止める方法があるはずだと、どこかで奇跡を期待していた。

 でも、彗の話を聞くうちに、私はその現実の重さを、少しずつ受け入れ始めていた。

「彗」

「うん」

「残された時間、大切に過ごしたいです」

 その言葉に、彗は目を潤ませながら深く頷いた。

「うん。私も、そうしたい」

「もう、嘘はなしで」

「うん、約束する」

 その言葉を、私は今度こそ信じたかった。


 窓の外は、すっかり夕闇に包まれていた。

 私たちは、しばらく無言のまま、その闇を見つめ続けた。

 十二月は、もう目前だった。

 その事実を胸に刻みながら、私は彗の手を、そっと握った。

 今度は、消えることのない、確かな温もりが、そこにあった。

「彗」

「うん」

「一緒に、残された時間を、過ごしましょう」

 彗は、穏やかに微笑んだ。

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