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いつか、届かない星に名前をつけるなら  作者: 明石竜


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16/23

第十六話 残された季節

 それからの数日間、私は何をしていても彗の言葉ばかり考えていた。

 百年後。時間移動。そして、未来に残っている私の観測記録。

 どれも現実味がないのに、彗のこれまでの言動を思い返すほど、否定することもできなかった。


 翌週の放課後、私と彗は部室で向かい合っていた。

 窓の外は、晩秋の澄んだ空気に包まれ、早くも夕暮れが迫っていた。十一月も終わりに近づき、日が落ちるのがどんどん早くなっている。

「彗、この間の続き、聞かせてください」

 私は覚悟を決めて、そう切り出した。

 彗はゆっくりと頷いた。その表情には、これまでにない緊張の色が浮かんでいた。

「まず、聞いてほしいことがある」

「はい」

「時間移動には、滞在できる期限があるの」

 彗は鞄から、未来で渡されたという説明資料を取り出した。

 けれど、すぐには続きを口にしなかった。

 紙の端を握る指に、少しだけ力がこもる。

「彗?」

 呼びかけると、彗は一度だけ目を伏せた。

 それから、覚悟を決めるように顔を上げる。

「……十二月三十一日まで」

 その日付を聞いた瞬間、私は息が止まりそうになった。

「十二月三十一日……大晦日、ですよね」

「うん」

「それって、あと、一ヶ月ちょっとしか」

「そう」

 彗はゆっくりと頷いた。

「年を越したら、私は強制的に、未来へ引き戻されるの」

 その言葉が、部室の空気を凍りつかせた。

「引き戻される、って」

「意思とは関係なく、時間移動の力が働いて、私は元の時代に戻る仕組みになってる」

「じゃあ、彗は、必ず未来に帰れるんですね」

 私はその言葉に、わずかな希望を見出そうとした。

 でも、彗の表情は、その希望を否定するように、暗く沈んでいった。

「それが、そうとも言い切れないの」

「どういう、意味ですか」

「時間移動の技術は、まだ実験段階のものだから」

 彗は資料の別の部分を指差した。

「無事に、未来へ帰還できる保証は、実は、ないの」

 その言葉に、私は言葉を失った。

「保証が、ない……?」

「うん。最悪の場合」

 彗の声が、微かに震えた。

「時間の狭間に、存在そのものが失われる可能性も、ゼロじゃない」

「そんな……」

 私は思わず、彼女の手を握った。

「じゃあ、彗は、消えてしまうかもしれないってことですか」

「可能性としては、あるって、聞かされてる」

 彗はそう答えながら、私の手をそっと握り返した。

「でも、大丈夫。ちゃんと帰れる可能性の方が、高いって言われてるから」

 その慰めは、あまりにも頼りなく聞こえた。

「彗」

「うん」

 私の頭の中に、これまで彗が口にしてきた、様々な言葉が蘇ってきた。


「来年も、ここで会おうね」

「来年の冬、二人でここで大流星群を見よう」

「これから遥がどんな人生を歩んでいくか、想像できる」


 そのどれもが、まるで確かな未来があるかのような口ぶりだった。

「彗、覚えてますか。文化祭が終わったあと、来年の約束をしましたよね」

「うん、覚えてる」

「あのとき、彗には、来年なんて、なかったんじゃないですか」

 その問いに、彗は目を伏せた。

「……そうだね」

「どうして」

 私の声が、震え始めた。

「どうして、そんな約束したんですか。最初から、来年なんて、ないって分かってたのに」

 涙が、抑えきれずにこぼれ落ちた。

「彗は、ずっと嘘をついてたんですね。来年も一緒に星を見ようって、来年もっと大きな観望会をしようって。全部、実現しないことが分かってたのに」

「遥……」

「なんで、そんな残酷なこと、できたんですか」

 私の言葉は、涙で震えながらも、彗を責める強さを帯びていった。

 彗はしばらく、何も言わなかった。

 やがて、穏やかに、でもはっきりとした声で答えた。

「だって」

「……」

「遥に、今年を、嫌いになってほしくなかったから」

 その言葉に、私は思わず動きを止めた。

「今年を、嫌いに?」

「うん」

 彗は、涙をこらえるように続けた。

「天文部がなくなる。学校もなくなる。そして、私もいなくなる」

 彼女の声は、少しずつ、震えを帯びていった。

「もし、それを全部、最初から知ってしまったら。遥はきっと、この一年を、すごくつらいものとして、覚えてしまうと思ったの」

「彗……」

「星を見ることまで、嫌いになるかもしれない。私と過ごした時間が、悲しい記憶だけになってしまうかもしれない」

 彗は、真っ直ぐに私を見つめた。

「だから私、存在しない来年を、約束したの。遥に、今年を、少しでも明るい気持ちで過ごしてほしくて」

 その告白に、私は言葉を失った。

 彗の「来年」が、優しい嘘だった理由を、私はようやく理解した。

「そんなの……」

 私の声は、怒りと悲しみの入り混じった、複雑な響きを帯びていた。

「そんなの、優しさじゃないです。ただの、逃げじゃないですか」

 その言葉に、彗は傷ついたような表情を浮かべた。

「彗が、最初からちゃんと話してくれてたら。私、心の準備だって、できたはずです」

「遥」

「なんで、私に選ばせてくれなかったんですか。知った上で、彗と過ごす時間を選ぶかどうか、私が決めることだったはずです」

 彗は、私の言葉に目を伏せた。

「……ごめん」

「謝ってほしいわけじゃ、ないです」

 私は、涙を拭いながら、必死に言葉を絞り出した。

「私は、彗と一緒にいたいだけです。彗がいなくなるなんて、考えたくもないです」

 彗の目からも、涙がこぼれ始めた。

「私だって、遥と一緒にいたい」

 彼女の声は、これまでにないほど、弱々しく震えていた。

「でも、私には、どうすることもできないの。時間移動の力は、私の意志とは関係なく働くから」

「未来に帰らない方法は、本当に、ないんですか」

 私は、藁にもすがる思いで、そう尋ねた。

「探せば、あるかもしれません。何か、方法があるはずです」

「遥」

「私、諦めたくないです」

 彗は、私の必死な様子を見て、悲しそうに微笑んだ。

「ありがとう、そう言ってくれて」

「彗」

「でも、簡単には見つからないと思う。未来の科学者たちだって、まだ完全には解明できてない技術だから」

「それでも、探しましょう」

 私は強く言った。

「彗がいなくなるなんて、絶対に嫌です」

 彗は、私の言葉に、しばらく黙って涙を流し続けた。

 やがて、彼女はそっと私の手を握り返した。

「うん。一緒に、方法を探そう」

 その言葉には、これまでの彼女とは違う、微かな希望の色が滲んでいるように感じられた。

 でも同時に、私はどこかで気づいていた。

 彼女がこの言葉を口にするとき、本当は、その可能性がほとんどないことを、既に理解しているのではないかということに。

 部室の窓の外には、すっかり夜の闇が広がっていた。

 残された時間は、あと一ヶ月あまり。

 その事実の重さを噛み締めながら、私たちは、これまでのように、言葉を交わし続けた。

 でも、その会話の一つ一つに、これまでとは違う、切実な意味が宿り始めていることを、私は痛いほど感じていた。

 彗との時間が、確かに終わりに近づいている。

 その現実を、私はようやく、受け止めなければならなくなっていた。


 その夜、私たちは時間移動について調べられる範囲で調べた。けれど、百年後の実験技術について、今の時代に答えがあるはずもなかった。検索しても出てくるのは空想科学やSFの話ばかりだった。

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