1実態は違った
気が付くと義理母のマリアンが自分の顔を覗き込んでいた。
「義理母様、どうしてここに?」
確か義理母と夫は数日前にこちらに帰ってはいた。
「やっと気が付いたのね。ほんと、嫌な女。わざと気を引こうとしたんでしょう?そんな事をしてルキアスが振り向くとでも?いいことマルティナ。あなたはこの家では子も産めない役立たずなの。人に迷惑をかけるなんてやめてもらえないかしら?まったく!」
「はっ?どういうことです義理母様?私がわざと気を引くとは?教えて下さい!」
「あなたまだ具合が悪いんでしょう?聞かない方がいいわ」
私はがばりと跳ね起きた。私は仕事中疲労が原因で倒れたのだろう。
「いいえ、私は大丈夫です。聞かせて下さい!」
「あのね。あなた。使用人のエドワードとの事知らないとでも?まあ、ルキアスはずっとセシリーナが好きだから。ほんとにこれならあなたと結婚せずにセシリーナと結婚させるべきだったわ」
「エドワードとはそんな関係ではありません。あくまで仕事の付き合いです!」
「いいわよ。浮気してたって。どうせあなたなんか、役立たずで石女で‥こうなったら離縁よ。いいわね!」
「どういう事です?セシリーナが好きだとか私がエドワードと不倫なんて?」
私は一気に身体の力が抜けてベッドの中に頽れた。予想していなかったわけでもない。それにエドワードがここに来るなんて知らなかった。彼は1か月前に監査役としてシュタイアー辺境伯家から派遣されて来たのだ。
私も驚いた。淡い初恋の人だった。
そんなエドワードはロクサーヌ王女の護衛騎士をしていたが王女がエドワードを慕ってそれはもう貴族界でも有名な話だった。
だからこそ私は諦めてルキアスとの結婚に踏み切った。エドワードが来たからと言ってそんな事、過去の事だと考えないようにしていた。
それなのに、不倫だなんて失礼だわ!
義理母が部屋を出て行くと結婚してからの事が脳内を駆け巡った。
腹立たしい気持ちのままでも、何があったのか?どうしてこんな事になったのか?考えずにはいられなかった。
ルキアスはモリバート伯爵家の嫡男。私はシュタイアー辺境伯家の長女。
我が家は兄がいるので嫁いでも後継者の問題はなかった。それにシュタイアーは魔石が取れる鉱山も有しているし薬草や薬で国内外から結構な取引があり資金も潤沢な家だった。
だからモリバート伯爵家から商会への出資を提案された時も、特に問題はなかったのだ。
それなのに婚約してすぐにその商会は破綻してモリバート家に火の粉が降りかかった。
その責任を取るように私は結婚をした。
最初は夫であるルキアスも優しかった。
でも、私は執務を肩代わりするようになると、モリバート家の経営があまりにずさんでおかしい事に気づき始めた。
それにルキアスの母親マリアン様についても色々分かって来たことがあった。彼女は過去に私の母ナターシャと父であるマルクを奪い合った仲らしい。そうは言っても母は私が5歳の時に亡くなっており今更そんな昔のことを持ち出されてもと思うけど。
まあ、実際にはルキアスには婚約者候補が数人いて特にマリアン様が押していたのが自分の親戚筋で従姉妹の男爵家のセシリーナ・ファルソン令嬢だったとか。
本当は自分の気に入った女性を嫁にしたかったのだろうが実際には私と婚姻させたとか。
何かがおかしい。
そしてセシリーナとの関係も。今さら、離縁って言うのも。
私との婚姻で手に入れた商会は今ではすごく人気の店になっている。若い令嬢向けの宝石やお化粧品を扱う店で、王都でもかなり人気がある。
それも、殆ど私が手掛けたもの。保湿効果のある薬草を加え自然由来の成分にこだわった化粧品、宝石はいわゆるクズと言われるカットした残りの宝石を利用して作った可愛い形のブローチやネックレスは手軽に楽しめるアクセサリーとして人気はうなぎ登りだ。
モリバート商会もシュタイナーの後ろ盾を受けてさらに大きくなった。
最初の1年。ルキアスと私の結婚生活は穏やかだった。領地に両親がいて私たちは王都オービュンのタウンハウスで暮らしていた。王都にはモリバート家の商会のだけど私名義の店があった。
モリバート伯爵家は牧羊や馬の飼育を生業にしていて特に毛織物に力を入れていたが実際には事業の失敗は毛織物の新しい工場がうまく回っていなかった。
シュタイアー家のせいで破綻した商会は新しく立ち上げた貿易の商会だった。隣国との取引をする目的だったが後でわかった事だが、どうも商会の破綻の原因はモリバート家の商品の納品に何度も不手際があったのが原因だったと後になって分かった。あの時はモリバート家のせいだと分からないように間に別の納品業者の名前があったのだ。
だが、今さら私の結婚をなかった事にしなくてもいいと言う事になったらしかった。
実際にモリバート家は私との結婚で王都に商会も手に入れ、領地の工場にシュタイアーが雇った技術員を送り機械の不備や整備のやり方を教えてやっと順調に工場が動き始めたと聞いた。
そして隣国との取引に向かう荷馬車もシュタイアー家しか使わない鉱山の中にある地下道を特別に使う事も出来た。
辺境領は国境の近くに魔物が出る森があって多くの護衛隊なしでは通過できない場所だったのでモリバート商会は安全に荷物を運べる事で国内や隣国からも信頼を得ていた。
2年目になるとルキアスは領地を王都を言ったり来たりするようになった。
義理父が忘れっぽくなったと聞いた。工場に義理母の親戚であるセシリーナが出入りしていると侍女たちの噂話で聞いた。
何でもセシリーナ様が領地で現地妻をしているらしいわ。と聞いた時も一緒に来てくれた侍女のアンナが心配いりません。マルティナ様は愛されてますからと励ましてくれた。
2年目、まだルキアスを信じていた。
半年前義理父が本格的に認知が入り世話が必要だからと私は領地に行くことになった。
ルキアスは相変わらず王都と領地を行ったり来たりして、王都の商会の手伝いにセシリーナが行く事になった。
アンナは止めてくれたがルキアスは言った。
「マルティナ、心配ない。セシリーナは王宮の侍女を目指しているんだ。領地にいたんじゃそのチャンスもない。ずっと工場を手伝ってくれた彼女にチャンスをやってくれないか。それに母さんも一緒だ。だから安心しろ」
「えっ?義理母様も王都に?じゃ、誰が義理父のお世話をするんです?」
「マルティナさん、私もセシリーナもずっとあの人の面倒を見てたのよ。あなただってモリバート家の一員。ここは協力するのが筋ではないかしら?ずっとと言ってるわけじゃないわ。それにメイドもいるから世話と言ってもあなたは指示を出せばいいだけの事なのよ。ルキアスだって私だって領地には帰るしだからお願いね」
義理母からそう言われれば何も言い返せなかった。
「わかりました。ですが、どなたにいろいろな事を尋ねればいいのです?
「領地の執事と侍女長に尋ねればすべて教えてくれるわ。安心して」
そう言われて領地に出向いたのが半年前。
だが、義理父の面倒を見るメイドは決まっておらず執事も侍女長も私の指示を聞くように言われたと。
はっ?どうすればいいのよ。
この半年四苦八苦しながらアンナと一緒に領地の屋敷の切り盛りをして来た。
そして過労で倒れたのだ。
いきなり脳内に鮮やかな描写が浮かんだ。
ルキアスとセシリーナが抱き合ってキスしている。ここは領地にある商会の事務室。
私は倒れる前に見たあの光景を思い出した。
こっそり衝立の影から見たふたり。
数日前夫であるルキアスが帰っていたがセシリーナも領地に帰って来ていたのだった。
”ルキアス様、いつになったら私を奥さんにしてくれるの?”
”セシリーナもう少しの辛抱だ。もうすぐマルティナと結婚して3年。その間に子供が出来なければ離縁出来る。知ってるだろう?そうすればすぐマルティナを追い出してお前を次の妻として迎えるから、いいな”
机の上には白い花の鉢植えがあった。
あれは数日前私が花屋で買ってルキアスの机に置いた。彼が帰ると聞いたから。彼の好きなレースフラワーを。光に透ける繊細で可愛い花と喜んでくれた。なのに‥
ルキアスあなたは私を裏切ってそんな話をしていたの?そしてセシリーナも一緒だったのね。
ずっと信じていた。もしかしたらと思わなかったと言えばうそになる。遅い帰宅。外泊も。領地の視察。そしてセシリーナとの距離。
でも、私はそれに気づかないふりをして来たのかも知れない。それを言えば終わるかも知れないからと。
すっかり弱気になっていた。
私を裏切ったルキアス。そしてあの義理母。セシリーナ。絶対許さない!




