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傷ついた黒鳳凰

神長官に気取られぬよう、鳳翔が小さな声で召喚の詔を唱えると、たちまち大きな黒い鳥が結界の外に現れた。

(黒鳳凰――――!)

そしてそれは、前世の青慎にとっては最大の恋敵であった、白華帝その人でもある。

「黒鳳凰……!」

宝珠の悪夢を見ていたという麗宝が、思わず彼に駆け寄った。

結界ぎりぎりまで彼に近付いた彼女が、まるで白華帝に触れようとしているかのように、そっと手を伸ばしている。

(麗宝…………)

現世での彼女は、間違いなく恵秀を愛している。

けれども、今や彼女の中に宝珠の欠片が潜んでいることを、この時青慎は肌で感じ取っていた。

音もなく唐突に出現した黒鳳凰に気づいた兵士達が、騒然となる。

二頭も龍を見た後に、今度は鳳凰なのだから無理もない。

彼等の動揺をよそに、黒鳳凰が結界を包み込むように翼を広げた時。

その意図を察した神長官が、背後に向って素早く命令した。

「蓮青! 黒鳳凰を阻止しなさい!」

(蓮青、だって――――?!)

「蓮青さん?!」

その名を耳にして呆然とする鳳翔達のすぐ目の前で、ふと一陣の風が黒鳳凰の背後を横切ったように見えた。

すると――――。

((グアアアアアア――――――ッ!))

黒鳳凰が突然、苦悶の咆哮を上げてのけぞった。

背中からどす黒い血飛沫が、羽根とともに周囲に飛び散っている。

その向こうで蓮青が、黒鳳凰の血を浴びた大振りの剣を片手で肩に担いだまま呟いた。

「お前さんに恨みはないんだけど、姜乎の命令を断ると後でやっかいなんで。悪いな……」

「黒鳳凰! やめて、蓮青さん!」

黒鳳凰に一番近いところに居た麗宝が、必死に傷付いた神獣に向けて手を伸ばす。

それでも彼女の繊手は結界に阻まれて、決して彼に届くことはない――――筈だった。

ところが――――。

(えっ……?!)

麗宝の手がするりと結界を突き抜けると、そのまま黒鳳凰へと伸びて行った。

それだけではなく、彼女の頭と体も。

「麗宝……?!」

とっさに青慎は、彼女を追って駆け出していた。

と同時に、結界に体重を預けていた彼女が、外へと突き抜けた拍子にバランスを崩す。

「おっと、危ない!」

蓮青が、すんでのところで麗宝を抱きとめた。

そんな二人の姿を目の当たりにしながら、麗宝に続いて結界を突き抜けようとした青慎は、その場に立ち尽くしたまま驚愕に目を見開いていた。

(――――何で麗宝だけ結界から出られるんだ?!)

目に見えぬ結界の壁に阻まれた彼が、何度外に出ようと試みても無駄だった。

まるで意志を持った鋼の塊が、彼を拒んでいるかのようだ。

瑠夏達も結界の外へと突進したが、失敗に終わった。

自分だけが結界から出られるのだと気付いた麗宝が、一瞬だけ青慎と同じ表情を浮かべて呆然とする。

けれども、すぐさまその衝撃すらも忘れたかのように蓮青へと振り返ると、彼をしっかと掴んで叫んだ。

「蓮青さん、黒鳳凰を殺さないで!」

そのまま黒鳳凰を庇うように蓮青の正面に立ちふさがると、麗宝が必死の眼差しで訴えかける。

彼女の後ろでフラフラと立ち上がった黒鳳凰が、再び結界に向って翼を広げ始めた。

黒鳳凰は、傷付いてもなお鳳翔の命令を遂行しようとしているらしい。

弱々しく開かれた両翼が、結界に接触しようとした時。

それに気づいた姜乎が、再度蓮青に声をかけた。

「蓮青!」

「……分かってるって」

蓮青が、肩に担いでいた剣をゆっくりと降ろした。

麗宝が更に強く蓮生にしがみつくと、「やめて、蓮青さん!」と涙を浮かべて懇願する。

まるで己の愛しい人を庇おうとするかのような必死の眼差しを、蓮青が無表情に眺めていた。

あたかも彼女の処分を決めかねているかのように。

麗宝を目前にしながら結界に阻まれて助けに行けない青慎が、悲鳴に近い叫びを上げた。

「麗宝! 彼から離れるんだ!」

だが彼女は、頑なに蓮青から離れようとはしない。

焦燥を覚えながらも麗宝を説得しようと試みる青慎の前で、それまで無言で彼女を見下ろしていた蓮青が、ふと呟いた。

「…………そういや麗宝ちゃんにも、白龍の血が流れてるんだっけな」

「え……?」

蓮青が懐から小さな硝子の瓶を取り出すと、彼女に差し出した。

「麗宝ちゃんがこの薬を飲んでくれたら、願いを聞いてあげるよ」

麗宝が瓶を手にとると、いぶかしげに尋ねる。

「これは毒ですの?」

「いや、ただの眠り薬だ」

「なぜそんな物を私に飲ませたいんですの?」

青慎もこれには首を傾げた。

蓮青はかなりの手練だ。麗宝を気絶させたいのなら、薬など不要のはずだ。

「……俺に白龍は傷つけられないから」

そう答える彼の瞳に、一瞬だけなぜか悲哀の色が浮かぶ。

理由はどうあれ、彼は麗宝を傷つけたくはないらしい。

(そうだ、麗宝なら、そのまま薬を飲む振りをして、結界に戻ることだって出来るはず……!)

結界は彼女のすぐ後ろにあるのだ。彼女さえその気になれば、きっと上手くいく。

青慎が微かな安堵を覚えたのも束の間。

麗宝が意を決したように瓶の蓋を開けると、蓮青に念を押した。

「分かりましたわ。私がこれを飲んだら、黒鳳凰を逃すと約束して下さるのね?」

「……ああ」

これを聞いた姜乎と青慎が、同時に叫んだ。

「連青、裏切る気ですか?!」

「麗宝、止めろ! 結界に戻るんだ!」

だが二人は、あたかも周囲の言葉など耳に入らぬかのように会話を続けた。

「蓮青さん、もう一つだけお願いがありますの」

「何?」

「史明を助けて下さいませ。今、この天宮のどこかにいる筈ですの」

「悪いけど、それは無理」

「え?」

「あいつはもう、ここにはいないから」

「それは……どういうことですの?」

「蓮青!」

業を煮やした姜乎が、二人の許へと早足でやって来る。

「麗宝ちゃん、早く……!」

焦った蓮青が小瓶を奪うと、むりやり薬を麗宝の口に流し込んだ。

「う……!」

「麗宝!」

為す術もない麗宝が、青慎の叫びも空しくその場に崩れ落ちて行く。

彼女の体を抱きとめた蓮青が、顔を歪めて呟いた。

「ごめん……麗宝ちゃん……」

「麗宝――――っ!」

結界にへばりついたまま絶叫する青慎の視界から。

唐突に、全ての景色が闇へと消えた。


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